日々研究に取り組み、高度な専門性を備える博士号取得者。アカデミアだけではなく、ビジネスにおいても活躍できる可能性は大きいはずだ。しかし、民間企業における博士人材の受け皿はまだまだ少なく、問題視されている。そうした中、博士人材の能力に注目し、積極採用する企業もある。例えば、野村證券および野村アセットマネジメントでは博士人材向けの採用プログラムを2018年からスタートさせた。今回は野村ホールディングス株式会社 瀧川氏に、博士人材のビジネス領域における可能性とキャリアについて伺った。


1本の数式が約600兆ドルもの市場を創り出す世界

マクロな経済動向からSNSで個人が発信するつぶやきまで、昨今の金融業において分析対象となるのは「この世のすべての情報」と言っても過言ではありません。野村グループではリサーチ、トレーディング、アセットマネジメント、リスクマネジメントなど、幅広い分野で理系博士が活躍していますが、近年は“データサイエンス領域”の知見を持つ人材の重要性が特に高まっています。今や、世の中で流通するデータは毎月約1億2千万テラバイトと言われます。膨大なデータの中から必要なデータのみを抽出し、最も当てはまりの良いアルゴリズムを選択・開発していく、そうしたコンピュータ・サイエンスの力が金融業でも求められているのです。

金融業の歴史を振り返れば、サイエンティストの活躍は今に始まったことではありません。例えば、1970年代に拡散方程式から派生する1本の確率微分方程式が「デリバティブ」と呼ばれる金融商品・金融市場を創り出しましたが、現在その市場規模は約600兆ドル(約6.6京円)とも言われます。1本の方程式がこれほどまでに大きな市場を創り出すという業界は、おそらく他には無いのではないでしょうか。なお、この方程式を考案した研究者は後にノーベル経済学賞を授与されましたが、実務とアカデミアが非常に近い距離にあるというのも金融業の魅力の一つかと思います。

博士課程で培った経験や技術こそ新しい価値を生み出すために使いたい

ソフトウェアのライフサイクルを、課題の解決方法をプログラムに落とし込んでいく「開発」のフェーズと、開発したプログラムを維持・管理していくという「メンテナンス」のフェーズに分けた場合、私たちは博士課程で培った経験や技術を、新しい価値の創造が求められる「開発」に、より注ぎ込んで頂きたいと考えています。金融市場は日々目まぐるしく変化しており、そこで生まれる課題には果てがありません。そのような環境の中で、多種多様な課題に好奇心と探求心をもって向き合う力が求められています。

また、野村グループは、創業以来90年以上の伝統の中で培ってきた幅広い外部パートナーとの関係に恵まれており、グローバルなビジネス基盤もあります。実際に、入社1年目で国家プロジェクトに参加したり、入社3年目で米国の電子取引所のプロジェクトにアサインされたりと、博士人材の入社後の活躍も多岐にわたります。そういった野村グループのアセットを活用しながら、より大きな価値、より大きなインパクトを社会に生み出していきたい、そんな思いを持った人材を募集しています。

なお、短期的な価値の創出だけでなく、例えば量子コンピュータを活用した実験のような中長期的な価値の創出を前提とした基礎研究にも力を入れています。こうした研究も許容されるのは、経営体力のある当グループならではかもしれません。

理工系博士人材に特化した採用プログラム「野村パスポート」

博士課程まで進まれる多くの方は、やはりアカデミアでのキャリアを希望されているかと思います。ただ、前述したように、博士人材の活躍の場はビジネスの世界にも広がっています。しかしながら、企業の一般的な新卒採用スケジュールは、研究スケジュールやアカデミア・ポストへの応募を検討するタイミングに合わない面が多いのが実情です。そのような課題をクリアしつつ、ビジネス領域ならではの面白さを伝えたいという思いから当社の採用プログラム「野村パスポート」は生まれました。

「野村パスポート」は、博士後期課程在籍者のみを対象にした採用プログラムです。AI・データサイエンス関連部署で実施するワークショップに参加していただき、その後に続く選考を通過した方には、卒業予定年月までの好きなタイミングで入社できる「野村パスポート」をお渡しします。ワークショップが有給であり、どの部署を希望するか自分で選べる点も、学生の皆さんへおすすめしたいポイントです。最終的に他の進路を選択された場合にもその選択を尊重し応援します。 2018年に実施した第1期では、コンピュータ・サイエンス、宇宙物理学等を専攻する方々に同パスポートをお渡ししました。参加者からは、「大学では扱うことのない多様かつ膨大なデータに触れ、刺激を受けた」「金融がデータビジネスだと肌で感じることができた」といった感想をいただいています。

現在の最新技術が「最新」である期間は非常に短いです。重要なのは、現時点の情報技術に関する「知識」そのものではなく、ものごとの本質をつかむために、自ら知見を得て仮説を立て、徹底的に検証し新たな仮説を得るという「経験」だと考えています。博士課程で皆さんが積まれたそのような「経験」は、研究室の外でも大いに活きるのだということを「野村パスポート」を通じて広く伝えていきたいですね。

プロフィール

瀧川孝幸

野村ホールディングス株式会社
金融イノベーション推進支援室 課長
瀧川孝幸(たきがわ・たかゆき)