トップインタビュー(株式会社PKSHA Technology 代表取締役 上野山 勝也)


「AI(人工知能)が囲碁の世界トップ棋士に圧勝した」「AIでコールセンターやチャットでの問い合わせ対応を自動化」「高度な自動運転機能を市販車に搭載」「AIスピーカーで生活がより便利に」-近年、AIの技術進化やビジネス活用のニュースを目にする機会が増えている。まさに、空前のAIブームだ。こうした状況の中で、様々な業界から注目される東京大学発のAI技術ベンチャーがある。ソフトウエア自身がデータから学習する「機械学習・深層学習」技術を用いたアルゴリズムを提供するPKSHA Technologyだ。AIにより、世界はどう変わるのか。そして、AI革命の時代を生き抜くには、何が必要なのだろうか。


PROFILE

上野山 勝也(うえのやま・かつや)
株式会社PKSHA Technology 代表取締役

 

1982年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後の2007年、新卒でボストン コンサルティング グループに入社。約4年間、コンサルタントとしてビジネス・インテグレーション等のプロジェクトに携わった後、米国にてグリー・インターナショナルの立ち上げに参画。Webプロダクトの大規模ログ解析業務を担った。その後、東京大学に復学し、松尾豊特任准教授の研究室にて機械学習を学び、工学博士号取得。2012年、PKSHA Technology(パークシャテクノロジー)を創業し、機械学習、言語解析技術を用いたアルゴリズムソリューションを大企業向けに提供している。

 

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設立5年で上場を実現した、東大発のAI分野の技術ベンチャー


AIの歴史は、意外に長い。概念としてのAIが提唱されたのは、1947年にさかのぼる。その後、2度のブームと冬の時代を経てAIは着実に発展してきた。そして現在は、ディープラーニング(深層学習)技術の出現による第3次ブームの最中だ。日本は少子高齢化による労働力不足といった社会課題に直面していることから、国際競争力強化のためにも早急なAIの社会実装が期待されている。AI革命は特定の分野だけではなく全ての産業におよび、その構造を大きく変えようとしているのだ。

こうした中、トヨタ自動車、NTTドコモ、LINE、リクルートホールディングスといった業界を代表する企業と取引を行い、2017年9月に東証マザーズに上場を果たしたAIベンチャーがPKSHA Technology(パークシャテクノロジー、以下パークシャ)だ。2012年10月、日本のAI研究をリードする東京大学の松尾研究室出身者によって起業され、アカデミック領域で高い専門性を有するメンバーが在籍していることが強みである同社。2012年の創業以来黒字経営を続け、業績は右肩上がりだ。創業者である上野山勝也氏は、東大卒業後に新卒でコンサルティングファームに勤務した後、東大に復学し、最先端の機械学習技術を学んだという経歴を持つ。

パークシャは、自然言語処理、画像認識、機械学習/深層学習技術に関わるアルゴリズムソリューションを自社開発し、顧客にライセンスとして提供する“アルゴリズムサプライヤー”だ。具体的な用途としては、チャットアプリの自動対話、ECサイトでの利用者の好みに合わせた商品レコメンド、画像・映像識別エンジンによる医療画像診断などだ。例えばLINEの法人向けカスタマーサポートサービスにおける日本語の自動応答領域では、パークシャのカスタマーサービス領域の汎用型対話エンジンが連携している。

汎用型対話エンジン・画像/映像認識エンジン

【1】自然言語処理技術を用いた汎用型対話エンジンは、チャットやFAQ対応の自動化を実現。【2】業界やユースケース特化型の深層学習技術を用いた画像/映像認識エンジンは高い識別精度を誇る。



ソフトウエア自体が知能化する「アルゴリズムの時代」


デジタル技術は長らく“インターネット”を中心に進化を続けてきたが、現在インターネット単独での進化は終わり、知的な処理をするソフトウエア―つまりアルゴリズムの時代を迎えつつある。

「これまでは、人間がキーボードで入力することにより、コンピュータに情報をインプットしてきました。しかしディープラーニングの出現により、ソフトウエアに帰納的推論能力を埋め込むことが可能となりました。人間がわざわざ情報を入力して命令を出さずとも、コンピュータ側が音声や画像など様々なものを認識することが可能となったのです。コンピュータインターフェイスも劇的に変わり、新しい製品・サービスが数多く出現するでしょう」(上野山氏、以下同)

そのような時代の中でパークシャは『未来のソフトウエアを形にする』をビジョンとしてデジタル進化を加速させ、アルゴリズムの力で社会課題の解決を目指す。具体的な戦略としては、「アルゴリズム製品の品質強化」と「適応する領域の拡大」の二軸だと上野山氏は語る。

「我々が提供するアルゴリズムは、使えば使うほどヒトが持つ知識・経験を学習し、精度が上がるという特性を持つソフトウエアです。そのため一度導入すると使い続けてもらいやすい。この特性を活かしてアルゴリズムを進化させ、品質を向上させていくというのが1つ目の軸です。また、現在はコールセンターやマーケティングといった領域でアルゴリズムを提供していますが、今後は少子高齢化による労働力の減少といった社会的背景により、人材不足となる領域が出現してくるはずです。こうした新たな領域に合わせて、製品を横にずらして事業を展開していく。これが2つ目の軸です」


ビジネスの世界を経験した後、大学に復学。そして起業へ。


上野山氏がデジタル技術に興味を抱いたのは、修士時代に行ったシリコンバレーでの体験からだという。「知人がシリコンバレーのツアーを勧めてくれて、面白そうだと思って行ってみたんです。そこでデジタルの第一線で活躍する人たちの仕事を間近で見て衝撃を受けました。インターネットってこんなにすごいんだって。日本にいたら絶対にできなかった経験でしたね」この衝撃的な体験が、後のキャリア選択にもつながっていく。

修士課程修了後はボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社し、コンサルタントとして4年勤務する。BCGを志望した理由は、最も面白い仕事ができそうだと感じたからだという。「まだ世の中を知らない頃から、10年20年先のキャリアをプランニングしても意味がない。そこで、数年の短期スパンを一区切りと考え、その中で最も濃い経験ができそうな場を選択しました」

BCGではデジタル業界を中心にしながらも、伝統的な製造業のコンサルティングにも携わった。それぞれ異なる強みを持つ多様なプロフェッショナル達とチームを組み、問題解決に挑む、非常に濃密な時間を過ごした。その中で、デジタル業界に携わる面白さを再確認しつつ、製造業の世界でもデジタル業界のノウハウが求められていることに気付いたという。「ソフトウエアが、世界を飲み込み始めている」―この感覚を抱いたことから、一度大学に戻りプログラミングを含めてやり直そうという決断をする。そして東京大学に復学。日本のAI研究における第一人者である松尾豊氏の研究室にて博士号を取得する。

「デジタルの世界で生きていこうということは決めていましたが、復学当時は会社を立ち上げようという決意までには至りませんでした。ひとつ大きなきっかけとなったのは、2012年に起きた深層学習技術(ディープラーニング)のブレークスルーです。この出来事に背中を押され、研究室のメンバーで起業に至りました。崖から身を投げるような決死の覚悟とはちょっと違いますね。デジタル技術が好きでそれを続けていたら、ふわっと飛行機が離陸するような自然な流れで起業に至りました」


上野山氏イメージ


10年後の未来図を描こうとするより、キャリアを切り拓くコンパスを持て


AIの発展により、近い将来これまで人間が担ってきた仕事の多くが機械に奪われてしまうという予測がある。世の中がめまぐるしく変化する時代、上野山氏はどのようにキャリアを築いていくべきだと考えているのだろうか。

「マサチューセッツ工科大学教授・MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏の『地図よりもコンパスを持て』、まさにこの言葉に尽きると思います。10年先のキャリアプランを立てようとする人がいますが、変化の激しい今の時代、10年後の未来を予測することは到底不可能です。そんな意味のない地図を描こうとするよりも、“コンパス”つまり『好きなこと』『得意なこと』をしっかり持って欲しい。

こんな話をすると『好きなことが見つかりません』と学生さんから相談されます。その理由は、情報革命前の親の世代から、『皆同じが良い』『大企業が良い』という画一的な価値観を押し付けられているからではないでしょうか。しかし今は、自分が好きなものを大事にする時代。皆が良いと言う『一般解』のパラダイムから脱却して、自分が良いと思う『個別解』を大事にするべきです。

好きなことが見つからない理由はもう一つ、異文化や異なる価値観とのぶつかり合いを経験していないからです。だから学生さんたちには『他者と格闘しよう』とよく話すんですけどね。研究室に籠って同質的な相手としか接していない人も多い。例えて言うなら、画面が白黒の状態です。しかし他者と格闘すれば、色んな感情の動きがあります。すると、『これはめちゃくちゃ好き』『これは大嫌い』『これは得意』と、白黒の画面にビビットな色が付いていくんです。その色の濃淡が自分の固有性であり、キャリアを築くコンパスになるのではないでしょうか。大人は『仕事やキャリアに好き嫌いするな』と言いますが、それは違うと思います。何の感情も色もない世界より、カラフルな世界の方がハッピーですよね。

起業を考えている人に対しても、同じことが言えます。自分の中の好き嫌い・得意不得意を貪欲に探索し続けることは、アントレプレナーシップを養うことと似ていると思います。『自分が好きだけど、皆が嫌い』とか『皆は面白いというけど、自分は大嫌い』というように、一般解と個別解の価値観にズレがあるところに、チャンスが潜んでいるかもしれません」


同時に2つの組織に所属する選択肢も


研究の世界と、ビジネスの世界、その狭間でキャリア選択を迷う理系学生がいる。また、起業を見据えて技術領域とビジネス領域双方のスキルを磨きたいと考えている学生もいるだろう。「だったら、同時に2つの会社に所属するのも、今後は面白いんじゃないでしょうか。もう少し現実的に、理系学生向けに言えば、研究室に在籍をして博士号を目指しながら企業で働くという選択肢もあります。これはお勧めしたいですね。当社にも何人かいますよ。ベンチャーをはじめとして、多くの企業が複業OKになり始めていますから、勝ちパターンの1つになるのではないでしょうか」