トップインタビュー(株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役 加藤百合子)


日本の農業は、後継者不足、旧来の商習慣や流通、食の安全など、様々な問題に直面している。こうした農業の複雑に絡み合った課題解決に挑むのが、エムスクエア・ラボだ。創業者の加藤百合子氏は、食糧難への問題意識から東大農学部へ進学。その後NASAのプロジェクト参画や産業機械の研究開発など様々な経験を積んだ後、起業。現在は農業の流通改革に取り組む「ベジプロバイダー事業」、農業ロボットの開発、そして教育までも視野に入れた事業を展開している。そんな加藤氏の原点やモチベーションについて伺った。


PROFILE

加藤百合子(かとう・ゆりこ)
株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役

 

千葉県生まれ。東京大学農学部では農業システムの研究に携わる。英国Cranfield University, Precision Farmingの分野で修士号を取得。NASAのプロジェクトに参画し、帰国後はキヤノン㈱に入社。その後、結婚を機に退社し静岡に移住。産業用機械の研究開発に従事した後、2009年にエムスクエア・ラボを創業。専門分野は、地域事業開発、農業ロボット、数値解析。2012年青果流通を変える「ベジプロバイダー事業」で日本政策投資銀行第1回女性新ビジネスプランコンペティション大賞受賞。

 

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まずは「流通」から。日本の農業改革に挑む


静岡県西部に位置する菊川市。人口5万人弱の町から、日本の農業に変革をもたらそうとする会社がある。それが、2009年に加藤百合子氏が創業し代表を務めるエムスクエア・ラボだ。同社の主力事業は、「ベジプロバイダー」。生産者である農家と、購買者である飲食店や食品加工会社などを直接つなぐサービスだ。

独自開発したITデータを活用し、購買者がいつ・どんな野菜を求めているのかを事前に把握し、最適な納期・量・価格を調整する。通常、農場で収穫された野菜は、生産者、卸売市場、仲卸業者、小売業者など、様々なプレイヤーを介して消費者に届くのだから、ベジプロバイダーは革新的な取り組みだ。また、生産者に代わって要望に合った売り先を開拓したり、実際に畑に足を運んで生育状況を確認しながら、購買者が求める品質を実現できるようアドバイスも行っている。

実際、生産者である農家からは「精魂込めて育てた野菜を食べてくれる人の声が聞ける。納品先が決まっているため安心できるし、収入も増えた」、購買者である飲食店からは「食材の生産者やその想いなど、ストーリーをお客様に話すことができるため、ファンやリピーターが増え、売上が増加した」といった、喜びの声が聞こえてきている。

日本の農業は様々な課題を抱えているが、特に流通の課題が根深いと、加藤氏は言う。農産物は、天候などの不確定要素が多く、生産量も価格もギリギリまで決まらない。そして生命に関わる重要な『食』にもかかわらず、流通の過程で単なる『モノ』や『お金』として“取引”の材料になってしまう。産地偽装や食の安全の問題は、そうした意識から起こるのだ。

「生産者は売上が増えない。中間業者も業績が振るわない。消費者は不信感を持ってしまっています。農業に関わる全員が苦しんでいるのです。この構造をまず根本的に改革し、みんながハッピーな状態で収益を上げられるようにしたいんです。利益が出なければ、農業ロボットの導入など、その他の課題解決手法も導入できませんから」(加藤氏、以下同)


ロボット、教育…新たな領域にも積極的に取り組んでいく


ベジプロバイダー事業は、これまで静岡の農家を中心に東京・大阪の購買者に納品をしていたが、今後は多地域の農家と連携する仕組みをつくろうとしている。

「刻一刻と変わる状況の中で、いかに農産物を安定供給できる仕組みをつくるか。これは海外を含めてどこも解決していない課題です。だからこそ、挑みがいがありますね」

加藤氏は、どこまでも前向きだ。また、ベジプロバイダー事業の延長で、中小規模の生産者を悩ます物流費の問題を解決すべく「やさいバス」事業を2017年にスタート。これは野菜の共同配送を実現し、従来の物流の半額を目指す取り組みで、農産物配送のシェアリングエコノミーともいえる。

エンジニアとして培った経験もフルに発揮していく。農業ロボットはその一つだ。農業と工業の連携を目指す「日本農業ロボット協会」の創設も手掛けた。さらに、農業ベンチャーのテラスマイル(宮崎市)と人工知能(AI)による出荷量予測システム「ライトアーム」を共同開発。信用金庫と連携し、農家の経営安定に役立てていく取り組みも始めている。そして、「教育」も重要なキーワードだ。

「従来の日本の教育では、全体を俯瞰してデザインできるような人が育ちません。日本が変わっていくためには、教育の仕組みから変えていく必要があります。農業×教育で、それができると信じています」

やさいバス/ベジプロバイダー

【1】2017年にスタートした「やさいバス」は、農産物の小規模物流の効率化を目的として、共配システム構築を行っている。【2】「ベジプロバイダー」では、実際に畑に足を運んで生育状況を確認し、購買者が求める品質を実現できるよう生産者にアドバイスすることも。


『ドラえもん』から、環境問題に興味を持つ


農業が抱える様々な課題解決に向け、精力的に活動している加藤氏。そのパワフルさは家庭環境が影響しているのかもしれない。「アパレル事業を営む父と、専業主婦の母、そして兄が2人の5人家族。放任主義の家庭で、誰も人の話を聞かない(笑)。勉強しろと言われたことは一度もありませんね。兄たちと一緒に秘密基地をつくったり、池で遊んだり、活動的な子供時代でした」 勉強はまったくできなかったという加藤氏だが、小学校6年生の時に受験をしようと決心し、そこで初めて算数の面白さに目覚めた。「問題を解くのがとにかく好きで、ハマりました」

高校は慶應義塾女子高等学校に進学。当初は慶應義塾大学への進学を考えていたが、ある時たまたまテレビで見た『ドラえもん』が環境問題に関するストーリーで、「このままでは地球から酸素が無くなり、食糧難が訪れるのでは」と危機意識を抱く。そこで環境・食糧問題に取り組める農学系の分野を志すが、慶應義塾大学では該当する学部がなかったため、東京大学農学部に進学したという。

「大学時代は旅行が好きで、しょっちゅうバックパッカーで世界を旅していました」という加藤氏だが、農業機械を専攻しロボットを製作したことは面白い経験だったという。秋葉原に買い出しに行き、電子基板に自らはんだ付けをして作ったロボットが動いた時の感動が、後のキャリアにもつながっていく。大学卒業後は、イギリスのクランフィールド大学に留学する。そこで先生からNASAの植物工場のプロジェクトを紹介され、一も二もなく引き受けた。「面白そうだと思ったら、すぐに行動します。新しいことにチャレンジすることに迷いや躊躇いは一切ありません」

その後、加藤氏は工業寄りのキャリアを築いていく。イギリスから帰国してすぐキヤノンに就職するも、結婚を機に退職し、夫の実家がある静岡に引っ越す。そこで親族が経営する産業用機械メーカーの研究開発リーダーとして結果を出すが、出産・育児中に仕事から離れた時に自分を見つめなおし「やはり農業がしたい」という気持ちを再確認する。そこからは持ち前の行動力で、地元の大学の社会人講座で農業を学び、2009年に起業に踏み切った。


持続可能な社会を目指して


臆せず次々と新しいことにチャレンジし、乗り越えていく加藤氏のモチベーションは、課題解決への飽くなき探究心だ。「目の前に課題があると、とにかく解決したくなるんです。絡み合った毛糸玉を一つひとつほぐしていくような感覚ですね。数学の問題を解くのが楽しいのと同じモチベーションなのかもしれません。また、実行する上では様々な壁に直面しますが、くじけそうになった時は『あの方に助けていただいたのだから、なんとしてもやらなければ!』と、サポートいただいた方への感謝の気持ちが踏ん張る力になります」

複雑な課題を抱える農業だが、加藤氏は「だからこそ、解きほぐしていくのが面白い」と言う。課題は可能性の裏返しだ。そうした農業の面白さを、加藤氏は「農業×ANY=HAPPY」という方程式で表し、企業理念としても掲げている。「ANYは何でもいい。他の産業や技術と農業を掛け合わせることで、色んな事業が生み出せます」

加藤氏が見据えているのは、日本だけではなく地球レベルで持続的な社会をつくっていくことだ。「農業をベースに様々な機能をつなげていき、それが地域のインフラになるような仕組みを作っていきたいですね。まずはプロトタイプとして日本の農業を変え、それを世界に展開していければと考えています。例えばアジアでこれから豊かになっていく国は、将来的に日本と同じ課題を抱えないように、最初からデザインしてインストールしていくのです。そうして発展を支援することで、人口の爆発的な増加による食糧危機も、世界で力を合わせて乗り越えていけるのではないでしょうか」

株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役 加藤百合子


20代のうちに、自分に投資をすること


「誰にも負けない自分の強みを、20代のうちに作っておく」。これが、加藤氏が学生に伝えたい、キャリア形成におけるアドバイスだ。社会に出ても、20代のうちなら教えてくれる先輩もいる。学生時代ほどではないにせよ、自分のために使える時間もある。これが30代になるとマネジメントなど自分以外に費やす時間の割合が大きくなってくる。

「20代のうちに集中できる時間を使って、自分に投資することが大切ですね。自己投資とは、決して習い事などではなく、まだ誰も取り掛かっていない課題に果敢にチャレンジすること。それが困難でも、取り組んで結果を出すことで自信やキャリアになりますから」

チャレンジし、成果を出し、次のステージに進む。そうして自分の強みを掛け合わせで増やしていく。これは加藤氏も自身のキャリアを通じて行ってきたことだ。

起業に興味を持っている学生にもメッセージをいただいた。「自分で責任を持って、0を1にする面白さは格別です。また、スタートアップは会社名というより個人名で真剣勝負するため、本当の意味での人脈が構築できます。こうした社会的な資産が増えていくことは、何物にも代えがたい自己投資ですよね。今は起業のチャンス。やりたいことがあって、自分の武器も持っているのであれば、ぜひチャレンジしてください」