小売・流通業や製造業など多くの産業が、現場で働く人の長年の勘や経験に支えられている。素晴らしい職人技がみられる一方、スキルの属人化や継承者の不在により全社的なノウハウの蓄積・展開ができないという課題も散見される。そうした課題を解決すべく、AI技術の「ディープラーニング(深層学習)」をベースにしたサービスを展開し、最適な企業経営を支援しているベンチャー企業がABEJAだ。同社の創業者であり代表取締役社長CEO兼CTOの岡田陽介氏に、起業ストーリーやAI時代を生き抜くために必要なスキルや心構えを聞いた。
岡田陽介(おかだ・ようすけ)
株式会社ABEJA 代表取締役社長CEO兼CTO
1988年生まれ。愛知県名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタート。高校で、コンピュータグラフィックスを専攻し、全国高等学校デザイン選手権大会で文部科学大臣賞を受賞。大学では、3次元コンピュータグラフィックス関連の研究を複数の国際会議で発表。2011年、友人と株式会社響を設立し、取締役CTOに就任。サービス開発など技術全般を担当。東京のベンチャー企業に入社し、6カ月で最年少事業本部マネージャー昇格。その後、シリコンバレーに滞在し、最先端コンピュータサイエンスをリサーチ。人工知能(特に、ディープラーニング)の革命的進化を目の当たりにする。帰国後、日本で初めてディープラーニングを専門的に取り扱うベンチャー企業である株式会社ABEJAを起業。
ものづくりから小売・流通業まで、100社を超える企業にサービスを展開
ABEJAは、コアとなるAIプラットフォーム(PaaS)「ABEJA Platform」、そしてこれを活用した業界別SaaS「ABEJA Insight」を展開。小売・流通や製造の現場に設置したカメラなどの各種センサーで得られる膨大なデータをAIで解析し、マーケティングや業務改善・効率化に活かしている。顧客には、ダイキン工業、コマツ、パルコといった業界のリーディングカンパニーをはじめ、100社を超える企業が名を連ねている。さらには、Salesforce、NVIDIAといったグローバルIT企業との資本提携も果たしており、2017年にはシンガポールに海外拠点を設立。現在は約50人(2018年4月末時点)の従業員がおり、資本金は11億円超(資本準備金含む)。AIをコア技術とするベンチャーの中でも特に注目度の高い存在だ。
ABEJAが多くの企業から支持を得られる理由は、「本番を見据えたAI運用ができていること」だと、同社の岡田陽介氏は語る。つまり、ビジネス現場への実装がうまくできているのだ。「AIベンチャーの多くが、本番適応まで行かず、PoC(Proof of Concept:概念実証)で終わってしまっています。我々は創業が早かった分、本番環境で試行錯誤することで隠れたノウハウを積み上げ、最適な運用の方法論を導き出すことができました。例えば、画像解析を行うためには、まず適切な画像データを手に入れなければなりません。しかし実際にカメラを取り付けてみると、例えば夏と冬で光の環境が異なるため、設置状況によっては画像が白飛びしてしまうことがあります。そういった小さな失敗や経験があるからこそ、実際のビジネス現場で正しく機能するサービスを提供できているのです」
コンピュータに夢中になった少年が、起業を夢見るまで
岡田氏は、子供の頃からコンピュータが好きだったという。「初めて触れたのは小学校5年生の頃、学校のコンピュータ室です。衝撃的な体験でした。それまで私の行動範囲は、自転車で行ける半径2~3㎞程度。近所のごく狭い世界でしか情報を得られませんでした。それがインターネットによって世界とつながることで、視野が大きく広がった。これは革新的だと思いました」
すぐに家族にコンピュータを購入してもらった岡田氏は、「なぜコンピュータは動くのか」と疑問を抱き、プログラミングを独学で勉強し始める。最初は雑誌を見ながら見様見真似で、技術が向上するたびにコンピュータの世界に夢中になっていった。高校では多くの生徒が普通科に進学するが、岡田氏はコンピュータサイエンスを学ぶために、地元・愛知県の愛工大名電高等学校の情報科学科に進学を決める。その頃から、将来はコンピュータで人を幸せにしたいと考えていたという。「コンピュータという道具を使ってどのように人に幸せをもたらすことができるのか、社会をどう豊かにできるのかを考える方に、強い興味がありました」
岡田氏は、大学ではコンピューターグラフィックスを専攻。高校、大学と最新のコンピュータに関する知識を得るうちに、次は自分の作ったサービスを世の中に送り出したいという気持ちが高まっていったという。そして大学3年で仲間と共に起業を果たす。
苦い経験を経て、経営者修業。そして、ディープラーニングとの出会い
「コンピュータで、世の中に影響を与えるサービスを生み出したい」10代の頃から描いていた夢を、20代に入ってすぐ実現した岡田氏。しかし、初めての起業は成功とは言えなかった。「当時アメリカで流行し始めていたInstagramのような画像シェアリングサービスを立ち上げました。そこまでは良かったのですが、ユーザーが増えれば増えるほど画像保管のためのサーバーコストが増大し、すぐに資金がショートしてしまったのです。経営視点が完全に抜け落ちていました。テクノロジーがあっても、ビジネス感覚がなければ成功できない。それを痛感しました」
しかし岡田氏は、諦めない。経営者としての修業をすべく、すぐに次の一歩を踏み出した。「起業した時に色々と相談に乗っていただいたあるベンチャー企業の社長に、『経営者になりたいのなら、うちで修業をしたらいい』と声を掛けていただきました」入社後は、システム開発をはじめ、営業やマーケティング、新規事業立ち上げといった様々な経験を積み、ビジネス感覚を磨いた。短期間に成果を上げた岡田氏に、社長から運命の一言が告げられる。「シリコンバレーにいってみないか?」―ふたつ返事で渡米した岡田氏は、そこでABEJA事業の核となるディープラーニングと出会うことになる。
「渡米したのは、2011年~12年頃。ディープラーニングが出現し、人工知能における歴史的なブレークスルーが起こる絶好のタイミングでした。コンピュータが自動的に特徴量を抽出(学習モデルの構築のため、特徴集合のうち意味のある部分集合だけを選択する手法)することで、今までできなかったことができるようになる。破壊的なイノベーションが起こると確信しました」
“新しすぎる”がゆえの苦労の中、小売・流通業界向けに突破口
シリコンバレーで新たなAI時代の幕開けを肌で感じた岡田氏。アメリカでは既に、ディープラーニング技術を核としたベンチャーが生まれていたが、日本ではまだどこも取り掛かっていなかった。そこで帰国後、すぐに起業準備をスタート。2012年9月に共同創業者と共にABEJAを立ち上げた。
まず開発したのは、ABEJAのコア技術となるディープラーニングを活用した「ABEJA Platform」だ。このサービスで様々な企業に営業をするが、なかなか取り合ってもらえなかったという。当時は、ディープラーニングが認知されておらず、事例などもなかったからだ。「2012年の10月時点でアメリカでは既に、ジェフリー・ヒントン教授をはじめディープラーニングの先鋭的な論文がパブリッシュされ、現地ニュースでもセンセーショナルに取り上げられていました。しかし、日本の企業では誰も知らないんです。東大の松尾豊先生らの啓蒙活動により2015年頃から認知が進んできましたが、最初は『よく分からない』と門前払いを受ける日々でした」
苦労が続く中で、まずは業界を絞って導入を進めようとアイディアが浮かんだ。そこでターゲットとしたのが、小売・流通業界だった。当時、ECサイトでは分析されていたコンバージョンレート等の指標が、実店舗では導入されておらず来店人数すらカウントされていなかった。一方で、店頭にカメラやデバイスを設置することで、ディープラーニングの強みである画像解析を活用し、来店人数、年齢性別等の属性等が科学的に解析できる。小売・流通業を対象としたパッケージサービスを開発しアプローチを続けた結果、三越伊勢丹ホールディングスでの実証実験が決まったという。「小売・流通業のビジネスを見て違和感を抱いたのは、来店人数を把握せずに経験と勘で売上を追っていることでした。『3人が購入した』という結果があったとしても、来店者数が100人なのか1,000人なのかで打つべき施策はまったく異なりますよね。Webの世界で言うと、PV数やUU数が分かっていないのにメディア運営をしているのと一緒です。そこで数値に基づいた経営をしていこうと提案し、導入をしていただきました」
2018年2月には、小売・流通業向けに開発した「ABEJA Insight」を、製造、インフラ業界にもサービスを拡大、「ディープラーニング」の認知向上およびパートナー制度の構築により、「ABEJA Platform」の導入先も増加していった。
これからのAI時代を生き抜く、「テクノプレナー」という人物像
岡田氏は、重要なターニングポイントでのチャンスを確実に掴んでいるように思える。その秘訣は、非常にシンプルだ。「一番は、素直になることですね。いいと思ったら、すぐに取り入れればいい。知らないことがあれば、勉強すればいい。だいたい頑固さやプライドが邪魔をして、聞けなかったり勉強できなかったりするんです。でも結局、人やもの、技術を含めた出会いってタイミングじゃないですか。チャンスを逃して、後になって『あの時やっておけばよかった』とは絶対に思いたくないですから。また、信頼できる人のネットワークを作ることも大切です。自分だけですべての知識を網羅することは不可能ですから、何かあった時に『この分野はこの人に聞けば間違いない』という人とつながる。そうすれば、あらゆる局面で正しい意思決定が可能になります」
近い将来、AIによって産業構造や職業体系をはじめ社会構造が激変するといわれている。こうした時代を生き抜くために、理系人材にとって必要な力を岡田氏に聞いた。
「『テクノプレナー(Technopreneur)』という人物像を、ABEJAでは掲げています。これは、『テクノロジー』の知識と、『アントレプレナーシップ』のビジネスセンスを併せ持つ人材という意味です。スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような人材ですね。理系人材はテクノロジーに偏重する方も少なくないですが、今その技術が最先端だとしても、近い将来、陳腐化する時代が来るでしょう。『テクノロジー』一辺倒では、早晩キャリアの行き止まりに来てしまうのです。そこで必要なのが、ビジネスとして実行できる『アントレプレナーシップ』です。当社では、例えば、博士号を持つ研究者が営業アポイントを取り、積極的に顧客接点を持つなど、多様な経験を積むことを重視しています。同時に、最先端のテクノロジーを人類の発展や幸せに正しく活用するには、高い倫理観も求められます。そこで『リベラルアーツ』の習得も重視しています。テクノロジー、アントレプレナーシップ、リベラルアーツ。この3つを併せ持つ人材は、どんな状況でも生き残っていけると思います。ぜひ、若いうちから多様な経験をして、テクノプレナーとしての力を磨いていってください」
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