トップインタビュー(株式会社DeepX 代表取締役 那須野 薫)


人口減少や少子高齢化が進み、様々な産業で働き手不足が深刻化している日本。特に、多くの熟練技能者に支えられている生産現場は、働き手不足に加えて技術継承の課題も抱えている。様々な工程で自動化・省力化が進んではいるが、未だに複雑な作業の多くは人の手で行われている。これら生産現場が直面する課題に、ディープラーニング技術で立ち向かおうとしているのが、株式会社DeepX(ディープエックス)だ。日本の人工知能(AI)研究をリードする東京大学 松尾豊研究室出身の那須野薫氏が代表を務める。那須野氏はなぜ、AI活用の対象として“ものづくり”に着目したのか、起業の背景を聞いた。


PROFILE

那須野 薫(なすの・かおる)
株式会社DeepX 代表取締役

 

東京大学工学部を卒業後、同大学大学院工学系研究科修士課程で工学系研究科長賞を受賞し卒業。東京大学松尾研究室にて、ビッグデータ解析、機械学習、ディープラーニング技術の応用研究等、幅広い研究開発に従事。松尾研究室にて博士課程在籍中に、人工知能技術を応用して社会課題の解決に貢献したいという思いから、2016年4月にDeepXを創業。

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AIであらゆる機械を自動化する


「人工知能であらゆる機械を自動化し、世界の生産現場を革新する」というビジョンを掲げ、働き手不足という社会課題に挑むDeepX。同社を代表するプロジェクトが、「建設現場で使われる油圧ショベル操作の自動化」と、「食品加工工場のパスタ定量盛り付け作業の自動化」だ。
掘削、積込、整地など、土木作業全般に使われる油圧ショベル。建設業界での働き手減少に伴い、多くの企業が、その自動化に挑戦してきた。しかし、操作には熟練技術者の経験と勘が必要であり、完全自動化は未だ成し遂げられていない。そのような中、準大手ゼネコンの株式会社フジタが、DeepXに依頼したことから、油圧ショベル無人自動操縦のプロジェクトがスタートした。ゼネコンとAIスタートアップ、異なる領域での協業には、業界文化や認識のすり合わせ、ハードウエア全般知識のキャッチアップ、現場作業に対する理解など、多くのハードルがあったという。那須野氏らは現場に足を運び、人と機械がどのように動き、そこにどんな課題があるのか、現場を徹底的に知ることで、自動化技術の開発に取り組んできた。先日、「盤下げ」という、掘削底面を指定領域で掘り下げる実証実験に成功し、大きな手ごたえを感じているという。
続いて「パスタ定量盛り付け作業の自動化」は、食品製造加工分野を中心に圧倒的なシェアを誇る機械メーカー、株式会社イシダとのプロジェクトだ。イシダはポテトチップスやミニトマトといった食品を高速かつ自動で計量し指定量を取り分ける機器を開発しているが、そんな同社の高度な技術力をもってしても実現できていなかったのが、パスタの定量盛り付けの自動化だった。軟性や粘性がある非定型のパスタ麺は機械での扱いが難しく、未だに人の手による盛り付け作業が行われている。そこでDeepXが、盛り付け機器のアームを制御するAIアルゴリズム開発を行っている。「R&Dフェーズはほぼ終わり、2020年中の製品化への道筋がみえてきた」と、那須野氏は語る。DeepXの技術が実際の生産現場で活かされる日が、間近に迫っている状況だ。

油圧ショベル無人自動操縦とパスタの定量盛り付けの自動化

【1】人工知能による画像認識モデルで、オペレータ視点の画像から機体の状態を認識し、制御モデルで状況に応じて機体の制御を行う様子 【2】ロボットでパスタを盛り付ける作業を行うイメージ図


DeepXには、ロマンがある


働き手不足が深刻化する建設や食品業界を中心にプロジェクトを進めているDeepXだが、「まずは土台の技術を高め、生産現場に貢献できる水準にする」ことを目指し、そこで培った技術や知見の他の産業への展開を見据えているという。たとえば油圧ショベルの自動操縦技術を応用すれば、物流、林業、鉱山のマイニングなどにも応用することができるだろう。
しかしながら、生産現場へのディープラーニング技術活用というのは、押さえるべき技術領域が広範にわたり、非常に難易度が高い。様々な領域でAIの活用が進む中、なぜDeepXはあえて難しいテーマに挑戦しているのか。那須野氏は、「DeepXの活動は、大きくてロマンがある」という。日本はソフトウエア領域では世界で勝てていないが、一方でハードウエア領域にはまだまだ強みがある。「AI技術をものづくり産業と掛け合わせて戦えば、日本にもまだチャンスがあるのではないか」と考えたのだ。これは日本の経済成長と同時に、国内の働き手不足や熟練技術者の不足という社会課題の解決にもつながる。「自分が研究してきたディープラーニング技術で日本のものづくり産業をレバレッジし、世界に挑む」――そこに那須野氏は大きなロマンを感じている。


ゲームが好きだった少年が、AIに出会うまで


横浜市出身の那須野氏は、幼い頃は外で遊ぶのも好きだったが、テレビゲームやカードゲームも好きだった。特にのめり込んだのは『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン シリーズ』。「家庭の方針で1日に10時間ほど睡眠をとっていた」ことから、常に頭がフレッシュな状態で攻略手法に考えを巡らせることができたという。中学受験をして、東京の中高一貫校に進学した後はサッカー部に在籍し、忙しい日々を過ごす。とにかく時間がないが、成績は高く維持したい。そこで効率の良い学習法を編み出し、中学・高校と首席をキープしながら、サッカーも続けたという。
ひとつ転機となったのは、2011年の春。東大工学部の3年生になった那須野氏は、東日本大震災の影響で授業開始が1カ月ずれ込んだことから、空いた時間でWebプログラミングを始めた。SNSが普及し始めた頃でもあり「Web開発ができればマーク・ザッカーバーグになれる」と考え、仲間とWeb開発に取り組んだという。また、松尾豊氏のWeb工学の授業を受けて興味を持ったことから、4年生の時に松尾研究室に入った。当時から企業との共同研究を積極的に行っていた松尾研究室の中で、那須野氏は教育、アドテク、金融、医療、メディアなど、多岐にわたるテーマで共同研究に取り組んだ。そして、ビッグデータ解析やディープラーニングに出会い、技術を身に付けていった。

那須野 薫1


どの切り口で起業するか。の末誕生したDeepX


「学術領域で培われた技術は、社会に還元されるべきである」―これは、松尾氏が研究室の学生に説いていることだ。その手法は主に2つ。1つは、企業との共同研究。そしてもう1つは、学生自らが起業し、社会実装していくことだ。だからこそ、松尾研究室からは続々と起業家が誕生している。その思想に共感した那須野氏も博士課程に進んだ2016年4月にDeepXを立ち上げた。とはいえ、起業の道を迷いなく選択したわけではない。AIやデータサイエンスの技術を身に付けた学生は、就職市場でも有利であったことから、那須野氏も修士1年の頃、様々な企業のインターンに参加してみたそうだ。しかし、ピンとくるところはなかったという。
「データサイエンティストは世界一セクシーな職業」とシリコンバレーで言われていた当時、起業の切り口も数多くあった。アドテクやフィンテックなどの領域は、企業との共同研究でも行っていたことから、面白さも感じていた。しかし、どれも「長い間勉強してきたことの行き着く先」としては、決め手に欠けたという。「長い人生の終わりに、『あの時チャレンジしたことは正解だった』と思える道を選択したい」、そう考える中で生まれたのが、「人工知能であらゆる機械を自動化し、世界の生産現場を革新する」というビジョンだった。
起業という選択をしたのは、環境が良かったことも大きい。「松尾先生のサポートもありましたし、グノシーやPKSHAといった、研究室の先輩が創業した企業が成功していたことからも、起業を現実的な選択肢として考えることができた」。かくしてDeepXは誕生したのだ。


起業は手段であり、目的ではない


大学在籍中に起業をした那須野氏だが、必ずしも「学生起業を積極的にすべきだ」とは考えていないという。「確かに以前と比較すると、学生起業の土壌は整ってきています。しかし、起業にこだわりすぎると、大切なものを見誤る可能性があります。起業はあくまで、自分が幸福になるための手段でしかありません」。何かやりたいことがあって、それを実現する力とチャンスがあるのなら起業すればいい。まだ訓練が必要であれば、大学で研究を続けることも1つの方法であるし、企業への就職という選択肢もある。自分の技術や能力に磨きをかける努力を続ける中で、絶好のチャンスに巡り合える可能性もある。「自分の幸福と、やりたいことのために、何が足りないのか。世の中でどれだけ求められているのか。実現の可能性があるのか。そこをしっかり考えて選択してください」

那須野 薫2


変化の激しい世の中を生きるために必要な2つの力


少し前と比較して、理系学生が強みを活かせる場は大きく広がった。一方で世の中の変化は激しく、「大企業に就職すれば一生安泰」「起業さえすれば勝ち組」というわけではない。そこで、変化のスピードが速い時代に、どんな場所でも継続的に価値を発揮し続けられる人材でいるために必要なことを那須野氏に聞いた。すると、「英語力」と「論理的思考力」という答えが返ってきた。
「まず英語力ですが、世界には英語を話す人が、日本語を話す人の20倍いるとも言われています。Webで様々な情報にアクセスできる時代、単純計算でも英語で得られる情報の方が、日本語の20倍あるということです。また、発信する立場としても、英語を使えれば働きかけられる相手が20倍になります」。グローバル化が進む中、英語力を活かした情報アクセス力・発信力による差は、ますます大きくなっていく、といえるだろう。
「次に論理的思考力ですが、変化のスピードが増しているということは、少し前の常識が通用しなくなるということです。今まで経験のない課題に直面するケースが増えてきますし、人から教わったことや過去の成功体験がそのまま適用できる領域はどんどん狭まってくるでしょう」。そこで必要なのが、論理的思考力だというのだ。「教わったことや成功体験を表面的に捉えるのではなく、裏側にどのような仕組みがあるのかを深く理解することが必要です。その上で、何をすべきかを自分の頭で考えていく。その能力を身に付けられれば、変化する局面にも対応できるはずです」