「CASE(コネクテッド・自動運転・シェアリング/サービス・電動化)」というメガトレンドにより、自動車業界の変革が加速している。自動運転領域ではレベル3(条件付運転自動化)の法整備が整い、2020年にはレベル3搭載車が販売される予定だ。産学官が手を携えてイノベーションを進める中、全国各地で自動運転の実証実験に取り組むのが、埼玉工業大学発の自動運転ベンチャー、フィールドオート社だ。「まさか自分がベンチャーの社長になると思わなかった」と語る渡部大志教授に、自動運転の展望、そして大学発ベンチャーが果たすべき役割を聞いた。
渡部大志(わたべ・だいし)
埼玉工業大学 工学部情報システム学科
大学院工学研究科情報システム専攻 教授
株式会社フィールドオート 社長
1970年東京都生まれ。東北大学大学院理学研究科修了 博士(理学)。専門分野は「自動運転」「画像工学」「バイオメトリクス」などの情報工学。2018年6月、埼玉工業大学発ベンチャー株式会社フィールドオート創業。2019年4月、埼玉工業大学自動運転技術開発センター センター長に就任。主な所属学会は、電子情報通信学会、映像情報メディア学会、日本感性工学会、自動車技術会、IEEE。趣味はスキー。
私立大学初となる自動運転ベンチャー
埼玉工業大学とJR岡部駅を結ぶAI自動運転バスが、2019年12月に実証実験を開始
埼玉県深谷市のJR高崎線岡部駅ロータリーから、一台のバスが出発した。「SAIKO」という鮮やかな色彩のロゴをまとったこの車両は、埼玉工業大学が開発した自動運転バスだ。遠目で見ると一般的なバスと変わらないが、近づいてみると様々なセンサーが搭載されているのが分かる。安全確保のためにプロのドライバーが運転席に乗車しているが、ハンドルやアクセル、ブレーキはAIによる自動制御。一定条件下でドライバーに代わってシステムが運転主体となる自動運転「レベル3(条件付運転自動化)」で、岡部駅と埼玉工業大学の間約1.6㎞の公道を走行する。レーザー光によって対象物との距離や形状まで正確に検知できるセンサー「LiDAR(ライダー)」、画像データをディープラーニングによりリアルタイムに解析した結果や自動運転AIの仕組みが分かる各種情報が表示されるディスプレイが車内に搭載されている。しかしその乗り心地は、自動運転と言われなければ気が付かないほどだ。
埼玉工業大学は自動運転機能を持つ車両開発や、AI技術を活用した自動運転技術の研究に取り組み、内閣府主導による戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)をはじめとする産学官連携の取り組みを進め、全国で多数の公道による自動運転の実証実験に参画。2019年4月には「自動運転技術開発センター」を創設した。そのセンター長を務め、同大学の自動運転研究・開発を統括するのが、同大学工学部教授の渡部大志氏だ。そして渡部氏は、大学発ベンチャー、株式会社フィールドオートの代表でもある。
フィールドオート社は、株式会社ティアフォーが100%出資し、2018年6月に埼玉工業大学内に設立された私立大学初の自動運転ベンチャーだ。同大学の学生も活動に参加している。高齢者等の交通弱者に優しく交通事故のない社会の実現を事業目的として、自動運転実証実験のサポート事業を中心に、自動運転に関わる教育・出版事業を展開する。これまで、損害保険ジャパン日本興亜などによる自動運転車の遠隔監視・操舵介入の公道実験を皮切りとして、KDDIの5G回線を活用した複数台の遠隔監視型自動運転の実証実験、播磨科学公園都市の自動運転バスの実証運行のオペレーションなど、数々の実証実験に参画している。
自動運転技術の発展が社会課題解決の一翼を担う
こうした実証実験を経て、「車両のみならず、法律、そして交通文化など、多様な課題が見えてきた」と、渡部氏は語る。自動運転車両を実用化するにあたり、ひとつキーワードとなるのが、どのような条件の範囲で自動運転を利用可能とするのかという、「Operational Design Domain(ODD:運行設計領域)」だ。自動運転技術は発展途上であり、現状、あらゆる環境で完全かつ安全に走行できるわけではない。交通環境、道路環境、気候、時間帯など、複雑な条件が絡み合う中でODDをどう設定すれば、多くの人の役に立ち、かつ安全性も保った自動運転車両を普及させることができるのか、産学官で議論が進められている。
これまで渡部氏が一般道を中心に全国各地の実証実験に関わる中で特に難しいと感じたのが、「日本の交通文化は複雑で、微妙なコミュニケーションで成り立っている」ことだという。ドライバー同士、そして歩行者との譲り合いや阿吽の呼吸、そして地域によって異なる暗黙のしきたりなど、明文化されていないルールが無数にある。法定速度に対する認識も甘く、「実証実験では法定速度で走行したが、地域によってはクラクションを鳴らされることもあった」という。世の中が自動運転車両をどう受け入れていくのか、心理的なハードルもあるだろう。こうした状況の中で、自動運転車両の市販化を、安全を確保しながら進めていくためには、ODDをどう設定すればいいのかが重要な問題となる。
乗り越えるべき壁は多いものの、自動運転の普及は世の中の様々な課題を解決する可能性を秘めている。「現在、バスの運転手は深刻な人手不足です。その一因には免許取得や運転技術のハードルがあります。レベル3の自動運転バスが普及すれば、普段は普通自動車に乗っている人でも、バスのドライバーができるようになるでしょう」。そうなれば、人手不足を解決するとともに、スクールバスやデイケア施設の送迎など、隙間時間で副業をする人も増えるかもしれない。超高齢社会が進む日本においては、免許を返納した高齢者の移動の課題もある。自動運転車の普及は、そうした課題解決にも効いてくるだろう。自動運転は技術変革という側面のみならず、日本が抱える社会的課題の解決にもつながるのだ。「様々なプロフェッショナルと共に、世の中のドラスティックな変化に携わり、より良い世界を創っていくことに、この上ない喜びを感じます」と、渡部氏は語る。
想像もしていなかったベンチャー社長就任
渡部氏の専門分野は「自動運転」「画像工学」「バイオメトリクス」だが、これらは自ら強く望んだというよりは、「縁あって」取り組んできたテーマだそうだ。東京・八王子、両親ともに教員という家庭に生まれた渡部氏は、理科系の教員だった父親の影響を強く受け、「いつの間にか理系だった」という。幼い頃から工作が好きで、野山で遊ぶ中で手に入る自然のものも、工作の材料にしていた。東北大学では純粋数学を専攻し、博士号取得後、埼玉工業大学で講師となる。当初は数学を中心に教えていたそうだが、「この大学の教員という立場で世の中に貢献する人材を送り出すことを考えた時に、純粋数学だけでなく情報工学の領域も始めた方がいいと考えた」という。そこで、数値計算やシミュレーションに加え、画像処理やバイオメトリクスといったテーマにも取り組み始めた。
自動運転との出会いも、「縁」である。2016年頃、埼玉工業大学で「自動運転プロジェクト」を立ち上げることとなり、そこで画像処理を専門としていた渡部氏に声が掛かったのだという。「画像処理は、自動運転に不可欠な要素。この分野を研究したからこそできる工夫を、自動運転車両の中にふんだんに取り入れている」と、渡部氏は言う。そうして自動運転技術の研究を精力的に進める中、ティアフォー創業者の加藤真平氏からの要請を受けてフィールドオート社の立ち上げを決意したのだ。「まさか自分がベンチャーの社長になるなんて、考えてもいませんでした。しかし、周囲の人や世の中に必要とされているのなら、やってみようと」。自らを「風見鶏」と称する渡部氏だが、「同じ時間を生きるのならば、世の中を変えることに関わりたい」という想いは、ずっと抱き続けている。世の中の変化に合わせて専門性を柔軟に磨き、常に最新の状態にアップデートすることで、そうしたチャンスを引き寄せているのではないだろうか。
大学発ベンチャーならではの重要な役割
昨今、自動運転領域やAI領域などで、大学発ベンチャーが増加している。渡部氏は、大学発ベンチャーの役割や社会的な意義を2つ挙げる。1つは、大学における研究開発を社会に広めていく窓口、つまりアカデミアと実社会とのパイプという役割。そしてもう1つ、大学発ベンチャーに関わる学生たちが世の中との接点を持ち成長の機会を得るという、教育機関としての側面だ。「もちろん、真理の追究として長期的な研究を続けることも重要ですが、社会に必要とされる人材を育て、送り出すということも、大学が世に果たす重要な役割です。そうした観点から、自動運転技術のような世の中に必要とされる研究開発を行う事業に学生が参加するということは、大きな意義があると感じています」。未来ある学生と共に研究開発や社会課題解決に取り組むと同時に、世の中の発展に資する人材を育て、社会に貢献する。これは渡部氏のモチベーションの源泉でもある。
激動かつ不確実な時代を生き抜くために
渡部氏が日頃学生と接する中で大切にしていることを聞いた。「世の中は、教科書通りに答えが用意されていることばかりではありません。初めて出会う問題、未解決の課題に直面することばかりです。そういった問題に対して、臆することなくチャレンジする精神性こそが、これからの時代を生き抜くにあたって必要な力だと考えています。学生のうちから未解決の課題に取り組む時間を大切にして、積極的に追求できる人を育てたいと考えています。グローバルで競争力が落ちていると言われる日本ですが、一人ひとりが生き抜く力を持つことができれば、日本はまだまだ輝けるはず。どんな人にもチャンスや出会いはあります。自分で『これしかできない』と限界を決めず、一生勉強だと思って新しいことに果敢に取り組んでほしいですね」
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