自由に街を歩き、旅行やイベントへ行き、友人と食事に出かけ談笑する——1年前は当たり前だった生活が、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、当たり前ではなくなった。就職活動も同様に、合同説明会は続々と中止となり、面接などのオンライン化が進んだ。何が起こるのか分からない今、理系学生たちはどのようにキャリアを考えるべきか。ベストセラー『地頭力を鍛える』の著者であり、フェルミ推定やアナロジー思考など「思考力」についての出版・講演を数多く行うビジネスコンサルタント細谷功氏に話を聞いた。
細谷 功(ほそや・いさお)
ビジネスコンサルタント/著述家
1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業後、東芝に入社。その後、アーンスト&ヤングコンサルティングに転職し、2012年より株式会社クニエ コンサルティングフェローを務める。現在はビジネスコンサルティングに加え、国内外の企業や大学などに対して講演やセミナーを実施。著書は『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)、『具体と抽象』(dZERO)、 『具体⇄抽象トレーニング』(PHPビジネス新書)など。
VUCA時代に必要なのは、「問題発見力」
少し前からビジネス領域で言われている「VUCA(ブーカ)時代」が、まさに到来している。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から成る言葉で、もとは軍事用語だ。2010年代からは、急速なデジタル技術の進展やグローバリゼーションによる「変化が大きく先の予測が難しい時代」を表すキーワードとして用いられている。
「解決すべき課題が目の前にあった時代とは異なり、先を見通せないVUCA時代に必要なのは、『問題解決力』よりも、課題自体を発見する『問題発見力』だ」。ビジネスコンサルタントの細谷功氏は、そう主張している。そのような思考方法についての研修プログラムを企業向けに提供している細谷氏のもとには、様々な業界からの依頼が来るという。
しかしながら、日本の教育には「全員が同じことをする」「正解を見つける」という考え方が染みついている。根底から変えていくことは、いわばOSをアップデートするのと同じで、非常に困難だ。それでも、「簡単には変わらない困難な問題だからこそ、ビジネスとしても成立する。一人でも二人でも、変わるきっかけを提供できれば」と、細谷氏は10年以上この取り組みを続けている。
さらに近年は、大学の非常勤講師として学生向けに講義をしたり、タイの大学で講義を行ったりと、活動の範囲を広げている細谷氏。仕事の原動力を聞いてみたところ、即座に「好奇心」と返ってきた。同じ場所にじっくり留まるというよりは、好きなことにどんどん挑戦して、“食い散らかす”タイプ。だからこそ、新しい挑戦を続けられるのだろう。
王道を行く優等生が、本来の自分に気付くまで
好奇心を原動力として精力的に活動を続けている細谷氏だが、意外なことに幼少期から30歳くらいまでは“はみ出さない”、本流を歩む「優等生」だったという。東京大学工学部を卒業後は東芝に就職したが、研究室のOBが多かったのが大きな理由だったという。「今になって思うのは、就職ランキングに名を連ねるような企業への就職は、世の中の数多ある職業の中のほんの一握りにすぎないということです。その前に色々考えるべきだったのに、見えている世界しか見ようとしていませんでしたね」。東芝に入社後は、原子力プラントの設計技術者として働き始める。終身雇用が当たり前の時代、細谷氏も定年まで勤め上げることに疑問を持たず、周囲の人と協調しながら働いていた。
「優等生」の王道としてのキャリアを歩んでいた細谷氏は、当時最新の技術だった3D-CADの導入に携わることになった。それは非常に刺激的な経験で、後から振り返ると、これが新しい道に踏み出すきっかけになったという。「大企業の中で、既存の枠組みを変えることは、品質保持の観点でもリスクが大きく難しいものです。しかし3D-CADは新しく前例がないからこそ、自分の提案が通りやすかったのです。今までに感じたことのないやりがいのある仕事で、自分は本来こういった新しいことの方が向いているのではないかと考え始めました」
本流で上司から言われた通りに成果を出して認められるよりも、人とは違う新しいことをやっていきたい―自分の本質に気付いた細谷氏の中には、次第に大企業で働き続けることへの違和感が堆積していった。そして入社8年目の正月休み、「今までと違うことをやろう」と思い立ち、コンサルタントへの転職を決めたという。
自分で考え学ぶ、知的好奇心を刺激される環境へ
アーンスト&ヤングコンサルティングは、細谷氏が入社した当時、日本国内で20名程度の組織だった。「関連会社も含めると数十万人規模の東芝とは、環境も文化も、まったく違いました。一人ひとりのバックグラウンドもバラバラですし、日本の大企業のように決まった研修プログラムがあるわけではなく、自分で調べて勉強するしかありません。しかし私にとっては、その環境が本当に楽しかったのです」
日本では小規模な組織だったとはいえ、同社の母体であるアーンスト・アンド・ヤングはグローバルでは“BIG4”の一角を成すコンサルティングファームだ。世界中に先進的な事例が豊富に蓄積されており、そのデータには日本からもアクセスできた。そうした先進的かつ実践的な事例を吸収し、日本の顧客に応用することで、細谷氏はコンサルタントとしての経験を積んでいったのだ。そして、コンサルタントとして考え、日々実践してきたことをまとめた書籍『地頭力を鍛える』を2007年に上梓し、ベストセラーとなった。
細谷氏は、コンサルタントとしての自分自身を「色々なモノを結びつける存在」だと表現する。「たとえば、スタートアップと大企業、日本と海外、実業とアカデミー。そうした異なる両者の間にいて、理論を実践に落とし込んでいくことが、コンサルタントの仕事です。だからこそ、本ばかり読んで理論に傾倒するのも良くないですし、現場にばかり出て理論をおろそかにするのも良くありません。理論と実践、具体と抽象をバランス良く行き来する存在だと考えています」
「川上」タイプか、「川下」タイプか
自分が本来どういうタイプの人間なのか、細谷氏は社会に出てしばらくしてから改めて認識した。だからこそ、これから社会に出る理系学生には、「自分がどういうタイプなのかを、就職活動の前に把握しておいた方がいい」とアドバイスを送る。その時に意識するといいのが、「川上」「川下」という視点だという。ビジネスで言えば、「川上」は新たなビジネスの種が生まれる0から1のステージ。そこからだんだんと事業がカタチになり、「川下」では安定したビジネスとして成立する。企業で言えば、「川上」はアーリーステージのスタートアップ、「川下」は伝統的な大企業だ。
「キャリアの視点で言えば、大きく3通りあります。1つは、学生起業をするなど、最初から世の中のルールに縛られない生粋のイノベータータイプ。これはほんの一握りです。2つ目に、定められた枠組みの中で与えられた仕事をするオペレータータイプ。今、多くの人がこのタイプにあたるでしょう。そして3つ目が、最初は大企業に就職してオペレーターとして社会に出るが、後に事業を興したりして川上に行く、後天的なイノベータータイプ。私が今、企業研修などで行っているのは、この3つ目の人材を増やしていくことです。このタイプのメリットは、世の中がどんなルールで動いているのかを、頭に入れた上で動けるということです」
就職活動の時には、「どの業界にするのか」といった視点で企業を選びがちだ。しかし、AIをはじめとしたテクノロジーが急速に発展し、既存の産業の概念が崩壊してきている今、そうした既存の切り口で未来の仕事を考えることはリスクが高い。だからこそ、細谷氏の言うように、まずは自分がどういうタイプなのかを把握してから考えると、思わぬところに自分に合う仕事が見つかるかもしれない。自分の専門領域を、いきなり具体的な業界に結び付ける前に、一旦抽象化して考えてみるといいだろう。自分が本質的にどんなことに喜びを感じるのか、何をコアスキルとして社会で活躍していきたいのか、どんなことを成し遂げたいのか、それはなぜか、見つめ直す。新しい切り口での就職活動が、これからの学生には求められている。
キャリアにおいても、仮説検証を繰り返すことが重要
新型コロナウイルスの流行は、VUCA時代を象徴する出来事だった。ほんの数カ月で世界が変わってしまい、私たちは今まで持っていた「当たり前」を、強制的に転換せざるを得ない状況にさらされた。このような時代の中、社会に出てからキャリアを築いていく上で重要な考え方は、「仮説検証とリセット」だと細谷氏は強調する。
「私が新卒の頃は、就職イコール一生その会社で働くことを意味しました。しかし、今は転職や独立が当たり前の時代。だからこそ、とにかくやってみることが大事です。もちろん、自分が行きたい企業や仕事があったら、徹底的に調べることも必要です。しかし念頭に置いていてほしいのは、事前にどれだけ調べても、自分はその領域のほんの一部しか理解していないということです。まずは仮説を立てて実行してみて、違ったら一度リセットして、現状に合わせてまた新たな仮説を立てて、試行錯誤する。面白そうだと思ったら、知らない世界にも飛び込んでいく。古い仮説や経験にとらわれず、一度ゼロの状態にできるかどうか。それによって、キャリアの可能性は格段に広がるでしょう」。理系学生が学問の中で行っている仮説検証のプロセスは、キャリアにおいても応用できるのだ。
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