トップインタビュー(野村アセットマネジメント株式会社 投資開発部長/資産運用先端技術研究室長 角間和男)


1980年代初頭のアメリカ。莫大な国家予算を投じられたアポロ計画の終了、さらには東西冷戦の終息により、多くの優秀なロケットサイエンティストがウォール街に流れ込んだ。彼らは量子力学などを金融分野に応用し、金融業界にイノベーションを起こした。これが「クオンツ」の起源といわれている。1988年の日本。大学で宇宙空間物理学を専攻した角間和男氏は、日本におけるクオンツの草分け的な組織でキャリアをスタートさせた。それから30年。現在の角間氏は、クオンツ組織の部長と社内イノベーション組織の創設者という2つの顔を持ち、「資産運用業界のデジタルトランスフォーメーションを推進したい」と語る。


PROFILE

角間和男(かくま・かずお)
野村アセットマネジメント株式会社 投資開発部長/資産運用先端技術研究室長

 

1988年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、㈱野村総合研究所入社、1998年野村證券㈱、2008年ポートフォリオ・コンサルティング部長、2011年エンサイドットコム証券㈱代表取締役社長、2014年野村アセットマネジメント㈱。2015年12月より野村アセットマネジメント㈱投資開発部長。2017年4月のイノベーション・ラボ準備室設置に、同年10月の資産運用先端技術研究室(イノベーション・ラボ)設置に中心メンバーとして関わり、現在は、投資開発部長 兼 資産運用先端技術研究室長。

 

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天体望遠鏡から見た土星に感動し、天文学に興味を抱く


幼い頃から、理科や数学が好きだったという角間氏。小学生向けの科学雑誌を定期購読しており、「内容もさることながら、付録がなかなか優れもので。『次号の付録はカメラ』と聞くと、待ち遠しくて勉強が手に付かなくなるほど」だったという。そして高校入学直後、友人の天体望遠鏡を通して土星の環を見て感動し、天文学や惑星科学に強く惹かれるようになる。 「天文雑誌を貪るように読んだり、NASAが打ち上げたボイジャー1号から送られてくる木星や土星の写真に興奮を覚えたり。大学では天文学や惑星科学の勉強をして、将来は天文台などで働きたいと考えるようになりました」

東京大学に進学した角間氏は、麻雀とアルバイトに明け暮れながらも、希望通り理学部地球物理学科に進む。周囲は自分とは比較にならないほどの“天文オタク”ばかりで驚いたという。大学院では、学部時代の演習で数値シミュレーションに強い興味を持ったことから、宇宙空間プラズマの数値シミュレーションの研究室に所属。「オーロラ粒子の加速メカニズム」をテーマとして研究に取り組んだ。


メーカーの技術職でも、純粋なアカデミアでもない、クオンツとの出会い


宇宙空間物理学を専攻した角間氏は、どのようにクオンツの仕事に出会ったのだろうか。大学院に進学した当初から、博士課程に進学する気はなく、2年で就職することを決めていたという角間氏。その理由は、優秀でありながらもポストに就けず苦労している人材が多数いるというアカデミアの厳しさを目の当たりにしていたからだ。しかしメーカーに就職するのも今一つピンとこず、就職先にはかなり迷っていたという。

そんな時にOB訪問で話を聞いた先輩が、野村総合研究所(NRI)に新設されて間もないクオンツ部署に所属していたのだ。「最初はNRIという会社を良く知らず、先輩も白衣を着て試験管を振っている研究職だと誤解していました。しかし、会社や仕事について幅広く説明をしていただくことで、メーカーの技術職でもなく、純粋なアカデミアでもないクオンツの仕事に強い興味を持ったのです」。同時に、それまで考えもしてみなかった宇宙空間物理と金融との接点に可能性を感じたという。何より、先輩が楽しそうに仕事を語ってくれたことが重要な判断材料となり、角間氏はNRIに入社を決めたのだ。


野村アセットマネジメント株式会社 投資開発部長/資産運用先端技術研究室長 角間和男


クオンツの草分け的組織で、エキサイティングな経験を積む


1988年、角間氏はNRIに入社し、「システムサイエンス部」に配属となる。この部署は1986年、野村グループの金融イノベーションの中核を担う組織として創設された、日本のクオンツの草分け的な存在だ。アメリカにクオンツが誕生したといわれるのが1980年代なのだから、NRIの先見性がうかがえる。当時入社3年目までの若手だけで20名ものクオンツが所属、部署全体で30名ほどの組織だったという。

角間氏のキャリアは、債券のセルサイドクオンツからスタートする。野村證券の債券トレーディングルームがリニューアルされたことを機にスタートした、債券市場分析プロジェクトのメンバーに選出されたのだ。まだ入社4カ月目、金融に関する知識はほとんど身に付いていない状況で、トレーディングルームに足を踏み入れた時の緊張感は今でも忘れられないという。

「トレーディングルームでの日々は非常にエキサイティングでした。見るもの聞くものすべてが新鮮。ルーム内を飛び交うディーラーやセールスの叫び声を解析し、必死で勉強しながら分析して報告書を作成。それを元に議論し、新たな問題設定を行って分析……ということを繰り返していました。まさに市場の中に身を置いて分析できる幸せを感じられる日々でした」

それから10年、市場環境の変化に伴い、長期国債の競争入札における分析・提言をはじめ、債券のリスク管理や投資戦略立案、商品開発、市場改革の提案など、債券のセルサイドクオンツとして様々な業務に関わることになる。その後は、NRIから野村證券への転籍を経て、2002年に債券クオンツのマネージャーとなり、分析業務を行いながらクオンツの採用と組織拡大に尽力。2008年には、金融機関の顧客に対してポートフォリオ提言をするポートフォリオ・コンサルティング部長に就任。そして2011年に、債券の電子取引プラットフォームを運営するエンサイドットコム証券の社長として、経営的な課題解決に挑み、ビジネスを軌道に乗せていった。


金融業界の今後に対する強烈な危機感から、イノベーション組織を立ち上げ


エンサイドットコム証券の任期を終えた角間氏は、野村アセットマネジメントの投資開発部というクオンツ組織に異動。そこで初めて、バイサイドクオンツを経験する。そして2015年12月に投資開発部長に就任、クオンツ組織のマネジメントが中心業務となる。そこで痛感したのが、「運用付加価値向上のためには、ITを含めた先端技術の活用が欠かせない」ということだった。

「テクノロジーの進歩は目覚ましく、10年前にはなかった企業やサービスが、世の中を席捲しています。資産運用業界を見ても、ロボアドバイザーなどITと金融技術を融合させたフィンテック企業が新たなプレーヤーとして参入しており、我々のような既存の運用会社を脅かす存在となるかもしれません。さらに世界に目を向けると、海外の運用会社はテクノロジーを活用して新しい運用手法、アイデア、判断基準をスピーディーに生み出しています。例えば、クオンツ系ヘッジファンドの中には、人工知能活用強化のために優秀な科学者を採用するなど、サイエンスやテクノロジーによる新しい運用の仕組みを研究・実践しているところも増えており、今後そういった相手と競合していくためには実験的なイノベーション組織が必要だと考えました」

角間氏は2016年、同じ考えを持ったメンバーと議論を重ね、経営陣に対して提言を行った。経営陣の意思決定は非常に早く、角間氏らの提案にはすぐにゴーサインが出た。そして2017年4月にイノベーション・ラボ準備室、同年10月に資産運用先端技術研究室(イノベーション・ラボ)が新設され、角間氏が室長に就任した。


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資産運用会社のデジタルトランスフォーメーションを目指す


イノベーション・ラボでは先端技術を活用し、デジタル化時代における資産運用業の新たな姿を模索している。人工知能(ディープラーニング)、自然言語処理、画像処理、ネットワーク技術、ビッグデータ処理技術などを資産運用の各方面で活用するプロジェクトが既に30ほど生まれているという。一橋ビジネススクール金融戦略・経営財務プログラムと共同開発する「金融データサイエンス・プラットフォーム」、東北大学と共同で取り組む「量子コンピュータによる資産運用の実証実験」をはじめとする産学連携プロジェクトや、テクノロジーを応用したファンド開発、社内業務の効率化など、イノベーティブな取り組みが進行中だ。社内からの注目も徐々に高まっており、相談や問い合わせも増えているという。

「技術を用いて金融業界にディスラプティブなイノベーションを創出する。今やろうとしていることは、30年前に私が配属されたシステムサイエンス部で上司がやってきたことそのものです。当時に比べるとテクノロジーは飛躍的に進歩していますが、コンセプトとしては通じるものがある。先輩たちの慧眼に頭が下がる思いです」


数学や物理や統計を、ダイレクトに適用できる魅力


最後に、日本におけるクオンツの先駆けとしてキャリアを築いてきた角間氏から、理系学生に向けたメッセージをもらった。「メーカーもしっくりこないが、アカデミアの世界にどっぷり入るのは不安。そんな理系学生の方もいるのではないでしょうか。ちょうど、就職先に悩んだ頃の私がそうだったように。クオンツはそういった学生に合った仕事です」。そしてクオンツの面白さは、世の中の動きと自分のリサーチが非常に近く、そして比較的短い時間で連動していることだという。

「極端な場合、自分のモデルから予測されたことが、翌日、または数秒先の市場価格の変動になって現れる可能性があります。基礎的な理系のバックグラウンド、特に数学や物理や統計が、これほど身近な問題にダイレクトに適用できる分野は、他にあまりないのではないでしょうか。『正解』のない市場という不思議なものを相手にしていることも魅力です。投資のプロセスの一部に関わることで、社会の重要な目標に貢献しているという意識を持つことができます」

キャリアを築いていくために必要な考え方としては、「あまり長期的なキャリアを考えすぎないこと」と、意外な答えが返ってきた。「決して将来を考えるなということではありません。先を見すぎて今目の前にあることを疎かにしたり、大切さを見失ったりしないように、ということです。先のことは不確定要因も多く、スティーブ・ジョブズの有名な『Connecting the dots』の話のように、将来何と何が繋がっていくのか、今の時点では分かりません。ですからあまり先読みせず、そしてあまり戦略的にならず、目の前のことに誠実に向き合うことが、何より大切だと思います」