トップインタビュー(株式会社 Preferred Networks(PFN)/株式会社 Preferred Infrastructure(PFI) 代表取締役社長 最高経営責任者 西川 徹)


「人工知能(AI)」と「IoT(Internet of Things)」によって近い将来、我々の生活は劇的な変化を遂げるだろう。加速度的に進化を遂げる人工知能とIoTは、すでに様々な領域で実用化が進められている。その人工知能×IoTの分野で世界の最先端を走っているのが、西川徹氏が代表を務めるベンチャー企業、プリファードネットワークスだ。人工知能によってどのような世界が実現され、その中で人間はどんな価値を発揮すべきなのか――


PROFILE

西川 徹(にしかわ・とおる)
株式会社 Preferred Networks(PFN)/株式会社 Preferred Infrastructure(PFI) 代表取締役社長 最高経営責任者

 

東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 修了
大学院在学中にプログラミングコンテストの世界大会に出場したメンバーと株式会社Preferred Infrastructureを設立。情報検索、自然言語処理、機械学習、分散システムなどの技術を用いたソフトウェア開発、顧客パートナーとの共同研究・開発を行う。IoTの発展に伴い生み出される大規模かつ多種多様なデータを処理する技術として注目される機械学習、特に深層学習への取り組みを加速させるため2014年に株式会社Preferred Networksを設立。IoT時代に相応しいコンピュータ&ネットワークアーキテクチャ確立を目指す。

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自分で学習し、成長する人工知能が知的労働を担う


自動車の自動運転、産業用ロボットの動作最適化、記事やレポートの自動作成―自ら学習し、人間に代わって知的労働を担う「人工知能(AI)」。その精度は近年飛躍的に進化しており、産業への導入が進みつつある。そして、人工知能の可能性をさらに広げるのが、「IoT(Internet of Things)」だ。あらゆる“モノ”がインターネットにつながり、そしてデバイス自体が考え、進化することで実現される世界は、我々の想像を超えたものとなるだろう。

この潮流に注目し、研究開発に取り組んでいるのは、GoogleやIBM、アップルといったIT系企業だけでない。自動車、産業ロボット、サービス、広告など、あらゆる業態が自社の事業に“人工知能”を掛け合わせることの重要性を認識している。そのような状況下、トヨタ自動車やパナソニック、ファナック、NTTなど日本を代表する大手企業が人工知能の技術を求めて共同研究や事業提携を次々と締結しているのが、プリファードネットワークス(以下PFN)だ。

PFNは人工知能の中でも、コンピュータ自身が環境に応じて自力で学習していく「ディープラーニング(深層学習)」の領域で国内随一の技術力を有している。ロボット自動車を例に挙げると、車には走行するために必要なプログラムを一切組み込まず、人工知能が必要と思われる情報をセンサから収集し、最適な運転手法に近づけていく。コース取り、スピード、ブレーキのタイミング、車間距離といった多岐にわたる判断材料を独自に収集し、運転手法を進化させていくのだ。実験用のミニカーを用いたシミュレーションでは、1時間程度で他の車や交差点の特性を理解し、スムーズな運転を習得できるという。

ロボット自動車

「ディープラーニング(深層学習)」で自ら最適な運転手法を学習していくロボット自動車。1時間程度で他の車や交差点の特性を理解し、スムーズな運転を習得できるという。


「自動車」「産業ロボット」「ライフサイエンス」を人工知能で変える


人工知能の応用対象は今後様々な領域に広がっていくと考えられるが、西川氏は「自動車」「産業ロボット」「ライフサイエンス」の3領域が人工知能のポテンシャルを特に発揮できる領域と考え、研究に注力していきたいという。

「やるからには、社会的インパクトの大きな領域に挑みたいと考えています。自動車に関しては完全な自動運転は5~10年くらいで実現できるでしょう。すべての自動車が自動運転になれば、交通システム自体がリアルタイムで最適化されるので、渋滞や交通事故といった問題の解決にもつながります。

ライフサイエンス領域では、京都大学の山中伸弥教授の研究室と共同研究を行っており、膨大なデータの収集・分析において人工知能を活用し、iPS細胞の研究を支援しています。将来的にはディープラーニングで、新薬の設計なども自動化したいと考えています。

産業ロボットにおいても、工場自身が学習・成長することで歩留まり向上のためのプロセス改善や、設備故障を予測しての事前の修理対応など、モノづくりのあり方が大きく変わっていくでしょう。現在はロボットごとに動作プログラムを書き込む必要があり、それが大きな負担になっていますが、人工知能の導入が進めば、ロボットに“教える”必要がなくなり、もっと多くの場面でロボットを活用できるようになります」


賢くつなげるネットワーク


PFNと産業ロボットの共同研究を行っているファナックの稲葉清典専務取締役は「クラウド上にデータを集めて解析できる企業はいくつかあるが、複数のロボットが互いに協調して学習し、制御に必要なリアルタイム性を備えた機械学習技術を持つのはPFNだけ」と同社の技術を高く評価する。クラウドベースの人工知能は、インターネット上でデータを集約・処理してから、デバイスにレスポンスを行う。一方、PFNはデバイス上で人工知能がデータを処理し、さらにデバイス間での連携も可能だ。

「センサの高度化が進み、デバイスが収集するデータが膨大になってきていて、クラウドでAIを運用しようとすると近い将来限界が出てくるでしょう。デバイス自体が必要な情報を賢く処理し、重要な情報だけをネットワークでやり取りする形にしていく必要があると考えています」

西川氏が見据えるのは人工知能とIoTが融合した社会だ。「あらゆるモノをネットワークで『賢くつなげる』ことで産業界のみならず日常生活は大きく変わります。そのためにはインターネットの再構築が必要。インターネットはもともと拠点間をつないで“人”が使用するという前提のもと設計されています。デバイスからどんな情報を収集するか、機器同士をどのようにつなげるかなど、IoTにとって最適なネットワークなわけではありません。IoTにとって最適なインターネットの再設計にも取り組んでいきたいですね」“プリファードネットワークス”という社名には「新しいコンピュータネットワークを構築しよう」という理想が込められている。

産業用ロボット

産業用ロボットの世界的メーカー、ファナックと人工知能を搭載した産業用ロボットの共同研究を行う。



幼少期からコンピュータの世界に没頭


西川氏がコンピュータサイエンスの世界に魅了されたきっかけは、小学校4年生の時に父が持ってきたFM︱7(1982年に発売された富士通の8ビットPC)のBASIC入門書だった。

「面白くて夢中で読み込みましたが、パソコンは買ってもらえなかったので、家でペーパープログラミングをしていました。初めて買ったパソコンはジャンク品で900円のFM-7。キーボードなどが割れていたのでハンダで直し、毎日コンピュータと向き合っていました」

中学ではコンピュータ部に入部し、オリジナルのパズルゲームやシューティングゲームを制作し、CGやWEBブラウザの開発などにも取り組んだ。様々な経験を通じ、ソフトウェアよりもOSやコンピュータそのものの構造への関心が高まっていったという。大学は、「CPUからコンピュータを作れる授業がある」と聞いて東京大学の理学部情報科学科への進学を決意する。

大学時代にはICPC世界大会(国際大学対抗プログラミングコンテスト)に挑戦。ICPCは世界中の大学生を対象に毎年開催されているプログラミングコンテストで、西川氏は大学一年の時から東大チームのメンバーとして参加し、5年目に念願の世界大会出場を果たす。

「世界大会の成績は88チーム中19位。世界で戦えるという手ごたえを感じると同時に、チームで戦うことの重要性を痛感しました。自分一人ではとてもここまで戦えなかったのですが、専門や得意領域の違うメンバー3人がカバーし合うことで世界と戦えた。この経験は大きな収穫でしたね」

また、西川氏はバイオベンチャーでソフトウェア開発のインターンもしていた。そこで、ベンチャー企業で働くことの醍醐味を実感する。「自分たちの作ったソフトが製品化されて売られることが単純に嬉しく、アイデアをスピーディーに事業化できるというやりがいも大きかった。枠にはめられない働き方が自分には合っていると感じました」


大事なのは、実現したい世界観を持つこと


起業のきっかけは、西川氏と同じ研究室に在籍し、PFNで取締役副社長を務める岡野原大輔氏が開発した大規模全文検索エンジン『Sedue』だった。

「非常に面白い製品だったので、どうにかして実用化できないかと考えていました。そこで、ICPCで知り合った京大の学生と東大の仲間を集めて学生起業することにしたんです」

しかし、現在に至るまでの道のりは決して順調ではなかった。最初の1年は自信作の『Sedue』がまったく売れなかったのだ。もともと人見知りだったという西川氏だが、営業として駆けまわり、お客様の声に耳を傾けて機能を追加するなどして、徐々に売り上げを伸ばすことができたという。

「最初は自分たちの作りたいものを作っていましたが、お客様のニーズを聞くことで一定の評価を得ることができました。とはいえ、お客様のニーズを聞きすぎると製品としては無難な、面白くないものになってしまう。バランスを取りながら自分たちの作りたいもの、世界観を持つことが大切だと感じましたね」

会社を運営していく上で一番重要なのは「実現したい世界観を持つ事」だと西川氏は言う。いまPFNが掲げているビジョンは「賢くつなげるネットワーク」。自社の強みを洗練し、目指すべき世界を明確にすることで、PFNに多くの企業が共感し、集まってきている。

西川 徹


“仕事”が大きく変わる時代。複数の専門性を掛け合わせよう


人間の手掛けている仕事の多くが、人工知能によって代替されてしまうとの将来予想がある。今後5年後、10年後には仕事を取り巻く環境は大きく変化しているだろう。そんな時代をどう生き抜いていけばいいのか。これから社会に出る理系学生に向けて、西川氏からメッセージをもらった。

「かつては電話交換手やタイピストといった職業がありましたが、技術革新とともに消えていきました。『自分のやっている仕事は将来どうなるのか』ということを考え続ける必要があります。環境が変化しても生き残っている会社は事業や組織を柔軟に変化させているところが少なくありません。社員も変化し、成長を続けなければ、これからの社会で生き残っていくのは難しいでしょう。

キーとなるのは、技術の変化に対応できる柔軟性と、幅広い知識。自分の得意分野だけ勉強し、一つの分野でスペシャリストになればいいという時代は終わりました。これからは複数の専門性を組み合わせ、新しい価値を発揮していくことが求められます。これこそが機械にはできない仕事ではないでしょうか。私自身もコンピュータサイエンスをベースに、働き始めてからライフサイエンスの専門性を深めています。当社のメンバーも、人工知能だけでなく自動車や工作機械、ネットワークなど様々な分野の知識を蓄積することで“人工知能”の価値をさらに高めています。

第4次産業革命とも称される人工知能×IoTのイノベーション。環境の激変は見方を変えれば、新規チャレンジャーにとって大きなチャンスです。特に理系人材はテクノロジーでイノベーションを起こす側に回れるので、このチャンスに飛び込んでほしいですね」