トップインタビュー(ミリマン 日本代表/日本アクチュアリー会正会員 吉村雅明)


高度な数理能力を活かし、社会に貢献する仕事として理系学生の注目が高まる“アクチュアリー”。その活躍の場として、生命保険、損害保険、年金といったフィールドが代表的だが、近年アクチュアリーの活躍フィールドはさらに広がり続けている。住友生命に約30年勤務し、主計部、国際業務部、国際投資部、企画調査部、リスク管理統括部の他、保険計理人、ニューヨーク駐在員事務所長などを務め、収益管理、リスク管理を含む経営管理の幅広い業務を経験。現在は世界最大規模の独立系アクチュアリー・コンサルティング会社ミリマンの日本代表を務めるとともに、国際アクチュアリー会(IAA)において、世界各地域を代表する8名の一人としてエグゼクティブ委員会で活躍する吉村雅明氏にアクチュアリーの展望について聞いた。


PROFILE

吉村雅明(よしむら・まさあき)
ミリマン 日本代表/日本アクチュアリー会正会員
京都大学理学部卒業/米国ボストン大学経営学修士課程修了

 

新卒で住友生命に入社し、主計部、国際業務部、国際投資部、企画調査部、リスク管理統括部の他、保険計理人、ニューヨーク駐在員事務所長等として収益管理、リスク管理を含む経営管理など、多岐にわたる業務に従事。日本アクチュアリー会では事務局長を務め、現在はERM委員会とERM資格委員会の委員長。国際的な活動としては、国際アクチュアリー会(IAA)のプロフェッショナリズム委員会の副議長を務めた後、現在はエグゼクティブ委員会の委員として活躍。2012年4月よりミリマン日本代表に就任し、エンタープライズ・リスク・マネジメント(ERM)関連のコンサルティングなどを担当。

 

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時代によって変化するアクチュアリーが果たすべき役割


アクチュアリーといえば、高度な数理能力を駆使して保険、年金商品の設計・開発を手掛ける仕事をイメージする方が多いかもしれない。もちろん、これらの仕事はアクチュアリーの重要なミッションだが、近年では金融や保険領域にとどまらず、アクチュアリーの活躍フィールドは大きく広がり続けている。

「2000年前後から、アクチュアリーの世界では“Wider Fields”ということが言われ出しました。これは、アクチュアリーとは何かと考えた時に、『アクチュアリーは数理技術を、不確実性を伴うファイナンスやビジネス、また社会の諸問題に適用する専門家である』と定義することで、保険や年金にとどまらず、さらに広い分野に活動領域を広げ、積極的に社会に貢献していこうという考え方です。こうして、まずはヘルスケア、投資分野、銀行業務など、比較的従来に近いところに活躍の場が広がりましたが、近年のIT技術の急速な進歩とそれに伴う利用可能なデータの爆発的な増加で、アクチュアリーの数理技術を適用できる分野は飛躍的に広がり、今ではエネルギー、鉱工業、通信、酪農業界、また気象モデルの作成・分析に携わるアクチュアリーも出て来ており、海外では保険業界以外のクライアントにデータをもとにしたビジネスコンサルティングを行うケースも珍しくありません。日本においても、このような潜在的な需要は大きく、アクチュアリーの活躍の場を広めていくのが私の仕事でもあります」

そう話すのは、自らアクチュアリーとして活躍する傍ら、日本アクチュアリー会や国際アクチュアリー会のメンバーとして長年アクチュアリーの世界を内外から目の当たりにしてきた吉村雅明氏。アクチュアリーの活躍領域がもっと広がると確信する吉村氏は、時代によってアクチュアリーが果たすべき役割は変化を遂げてきたと語る。

「アクチュアリーのミッションは時代によって変化してきました。第一世代は、決定論的な計算を中心とする生命保険や年金、第二世代は確率モデルを用いた損害保険、第三世代は確率過程を理解する投資アクチュアリーでした。第四世代はこれら全てを包含するERM(Enterprise Risk Management/統合的リスク管理)に関わるアクチュアリーでしょう」

ERMは企業を経営していくうえで起こりうる様々なリスク要因を包括的に認識、可視化し、その可能性や影響度を評価して適切な対策を講じる取り組みだ。「予定を超える死亡や病気等の発生、株価、為替や金利の急激な変動や、大規模な自然災害といった多様なリスク。保険業界において、ERMは経営そのものです。アクチュアリーはそのようなリスクと向き合い、定量化することで、適正な価格で保険商品の提供を行い、健全性を確保するとともに、保険会社における事業戦略の立案遂行に貢献してきたのです」

現代社会において企業が直面するリスク要因は多様化するとともに日々変化しており、その対策如何によっては経営を左右しかねない重要な問題となっている。そんな潮流をふまえ、吉村氏は国際的なアクチュアリーのERM資格「CERA(Chartered Enterprise Risk Actuary/セラ)」の日本導入を推進した。

「アクチュアリーはリスクを定量化する理想的なスキルセットを持っていますが、誰もがアクチュアリーほど効率的にリスクを分析・把握できるわけではありません。今後CERA資格を有するアクチュアリーが増えれば、保険、年金といった枠を超えて『リスクマネジメントの専門家』として、様々な業界でCRO(Chief Risk Officer/最高リスク管理責任者)のポジションを与えられたり、グローバルに活躍するアクチュアリーが増えていくでしょう」

近年、膨大なデータを分析して経営戦略に活用する「データサイエンティスト」の注目が高まっているが、「アクチュアリーが過去200年以上もの間やってきたことはデータサイエンティストそのもの」と吉村氏は言う。金融の制度や現場業務に精通し、ビジネスの最前線でデータを扱ってきたアクチュアリーの経験は、世の中の様々な領域で求められているのだ。

吉村雅明


数学を駆使して社会に貢献する


吉村氏が数学の世界に魅了されたのは、大学受験時代。数学の受験雑誌『大学への数学』で目にした複雑な問題のエレガントな解答に魅了され、数学への関心が高まったという。

「当時は時間もあったので、ひたすら問題を考え、『学力コンテスト』へ解答を投稿していました。どんな問題でも論理的に捉えれば解を導けるのが面白く、時々自分の解答や名前が掲載されたりして、夢中になっていました」

その後、京都大学理学部に合格するが、「決してまじめな学生とは言えなかった」そうで、バンド活動など“社会勉強”に励んでいたという。数学に関する興味はあったものの、大学院を目指す優秀な同期と同じ道を目指すイメージは持てず、学部卒で就職を選択する。

「当時は本当にのんびりしていて、学部4年の夏くらいまで、どこに就職しようかと考えていて、生命保険会社がアクチュアリーという職種で理系を採用しているという話を耳にしました。その時初めてアクチュアリーの存在を知ったのですが、好きでやっていた数学が社会の役に立つのは面白いと思い、入社試験を受けることにしました」

1981年に住友生命保険に新卒入社。主計部に配属され、責任準備金の計算や保険料のチェック、契約者配当金の計算といったアクチュアリー業務に従事する。入社7年目にはアクチュアリー試験にも合格し、吉村氏はアクチュアリーとしてのキャリアを順調に歩み始める。そして、入社9年目に世界を見るチャンスが巡ってきた。

「1980年代後半に日本でMBAブームが起こり、当時の三洋電機が米国ボストン大学経営学部大学院と提携し、神戸市の研修センターで数カ月のMBA合宿『ボストン大学IMP(International Management Program)コース』を開催し、住友グループの各社にも参加を呼びかけました。募集の要件に数学と英語が必要というようなことが記載されていたので、人事部門も悩んだのかも知れませんが、アクチュアリーで、少し英語を話せるということで、私が参加させて貰えることになりました。授業は英語のみで、宿題も多く、最初の1~2週間は寝る暇もないほどハードな合宿でしたが、非常に刺激的な経験でした。希望すればアメリカに留学し、本格的にMBAを学べるということだったので、仕事がひと段落した翌年、ボストン大学に留学させて貰えることになりました」

合宿の単位と合算可能だったので、1年半で卒業単位を取得し1991年に帰国。この海外留学、MBA取得が吉村氏の視野を広げ、アクチュアリーとしての可能性も大きく広げるきっかけとなる。


世界最大級のコンサルティング・アクチュアリー会社へ


吉村氏が現在日本法人の代表を務めているミリマン社は、世界最大級の独立系コンサルティング・アクチュアリー会社だ。コンサルティング・アクチュアリーとは、保険会社などを対象にエンベディッドバリュー(企業価値の指標)の算出や、商品開発の支援などを行う、アクチュアリーの中でも高いノウハウを有するスペシャリスト。アメリカでは、生命保険、損害保険、ヘルスケア関連企業の経営に欠かせない存在となっている。ミリマン社は、蓄積してきた金融リスク管理のノウハウを他業界にも展開したERM領域にも力を入れており、金融に限らずあらゆる企業が抱えるリスクマネジメントにも対応している。

吉村氏がミリマン社と出会ったのは、MBA留学から帰国した1991年。ミリマン社は初の海外拠点となる日本拠点の立ち上げ準備をしており、吉村氏と日米両国のアクチュアリー事情について情報交換をしていたという。その後も、ミリマン社の手がけた日本の保険会社のM&Aに生命保険協会のスタッフとして関わったり、吉村氏が2004年にニューヨーク駐在員事務所長を務めていた際には、ミリマン社の変額年金に関する高度なリスクヘッジ手法について話を聞いたりといった交流を通じて、ミリマン社の先進的な取組みとそれを生み出すフラットで自由な社風に感嘆したという。

「30年以上勤めた住友生命からミリマン社に移ることを決意したのは、海外でアクチュアリーが様々な領域で活躍しているのを目の当たりにし、自分も広いフィールドでこれまでの知見を活かしてみたいという想いが湧きあがってきたから。アクチュアリー・コンサルティングはクライアントや業務内容が広がり、面白い仕事ができると感じています」

IAAエグゼクティブ委員会メンバー

 IAA(国際アクチュアリー会)エグゼクティブ委員会メンバーとともに。


アクチュアリー業界の活性化に尽力


吉村氏は自社内の業務だけでなく、アクチュアリー専門職の活性化にも貢献してきた。住友生命在籍時には、国内生保から成る生命保険協会のスタッフとして保険業界と官公庁(当時の大蔵省等)をつなぎ、保険業法の改正や保険相互会社の株式会社化に関する折衝・業務連絡を担当。日本アクチュアリー会では、保険相互会社の株式会社化に関連する実務基準の作成などを手掛け、また事務局長として日本国内におけるアクチュアリーの認知度向上や活躍環境の整備に尽力した。国際アクチュアリー会(IAA)のメンバーとしても、プロフェッショナリズム委員会の副議長を務めた後、現在はエグゼクティブ委員会の委員として活躍。現在もアクチュアリー専門職全体の活性化や、環境整備などに意欲的に取り組んでいる。

「ITの進化で様々なデータを取得できるようになり、数理的な視点で物事を分析できる人材の需要はどんどん高まっています。私がこの世界に入ったころに比べるとアクチュアリーの活躍の場は大きく広がりました。リスクマネジメントの領域では業態に関係なく、すべての企業に対してアクチュアリーが培ってきたノウハウを活かすことができます。これからアクチュアリーを目指す方は、コアスキルとして、『リスクマネジメント』を習得し、第四世代のアクチュアリーをさらに開拓していってくれると嬉しいです。国や業界を飛び越え、様々なフィールドで活躍できるアクチュアリーを目指してください」