“宇宙”と聞いて、あなたはどんなイメージを抱くだろうか。人類の夢、未知の領域といったワードを思い浮かべる方がいるかもしれないが、いずれも私たちの生活から縁遠いものと感じている方が大半だろう。事実、これまでの宇宙開発は国家主導で莫大な予算と時間をかけて取り組むというのが常識だった。しかし、そんな常識を打ち破り、宇宙をもっと身近な存在にしようとしているベンチャー企業が、中村友哉氏が代表を務める株式会社アクセルスペースだ。
中村友哉(なかむら・ゆうや)
株式会社アクセルスペース 代表取締役
1979年、三重県生まれ。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。在学中、超小型衛星XI-IV、XI-V、PRISMの開発に携わる。卒業後、同専攻での特任研究員(大学発ベンチャー創成事業)を経て、2008年にアクセルスペースを設立。
小型衛星で宇宙の民間活用を加速させる
アクセルスペースは世界で初めて民間商用超小型衛星の開発・運用を行った民間宇宙ビジネスのパイオニア企業だ。同社は2015年11月、19億円の大型資金調達を完了させた。その目的は衛星群によるデータプラットフォーム事業「AxelGlobe」の本格始動。2017年に3機の超小型地球観測衛星を打ち上げ、近い将来に衛星を50機まで増やすことで、世界のあらゆる場所を毎日観測できる、まったく新しいインフラ構築の実現を目指している。地球上の人間が経済活動を行っている地域のほぼ全てを毎日撮影し、画像データの蓄積・分析を行うことで、農業、海洋監視、局地気象予報、都市計画、工事進捗管理など、様々な領域への貢献が期待されているのだ。
これまで人工衛星の開発といえば、数百億円規模の予算をかけて研究開発に取り組む国家的なプロジェクトだったが、アクセルスペースは従来の100分の1程度のコストで小型衛星の開発を実現し、そんな常識を打ち破った。もともと大学の小型人工衛星開発プロジェクトからスタートし、独自技術をゼロから発展させてきたため、同社は開発のノウハウで先行していることに加え、圧倒的なコスト競争力を有している。
「近年では、アメリカのベンチャー企業も超小型衛星の開発に参入してきていますが、それでも開発コストは弊社の10倍程度です。何故かと言うと、民間企業で超小型人工衛星を専門でやってきた人はほとんどいないから。私達が世界の最前線で戦えているのはいままでの蓄積があるからで、そのアドバンテージは計り知れません。
アメリカのベンチャー企業の多くは既存の大規模な人工衛星のノウハウや考え方がベースとなり、そこからいかにして信頼性を担保しつつコストを下げるかという発想で来ています。片や私たちは全くのゼロからのスタートで、大学の研究室という資金の限られた環境から始まり、工夫を重ねてここまでやってきました。だからといって品質に不足があるわけではありません。これは開発におけるスタンスの違いからなり、部品一個一個に高度な信頼性を求める立場もある一方で、私たちは『システム全体として最適化でき、ミッションを遂行できるのであれば必要最低限の仕様でいい』と考えます。この信頼性に対する考え方が民間ビジネスのフィールドで受け入れられたのだと思っています」
前例のない技術を、世の中の当たり前に
最近でこそ様々な民間企業から小型衛星のデータ活用についての引き合いがアクセルスペースに寄せられているが、同社の現在までの道のりは決して順風満帆ではなかった。立ち上げ当初は、民間企業の人工衛星利用と言う全く未知のビジネスモデルを浸透させていくために苦労したという。
「前例のないビジネスで、顕在化しているニーズのないところに飛び込むのは本当に大変でした。どこにどうやって営業すればいいのか、知恵を絞ってもうまくいかない。提案しても、データを利用するイメージを持ってもらえず、答えが出なくて苦しかったですね。最初のパートナーとなったウェザーニューズ社は大学の教授に紹介いただいたのですが、『北極海航路を航行する船舶のために海氷を観測したい』という要望を聞き、『そんなニーズがあるのか』と驚かされました。世の中にはそのような、私たちが思いつかないようなニーズがまだまだあるはずです。人工衛星の活用事例など、私たちの取り組みを積極的に世の中に発信していくことで、民間企業の宇宙活用を活発にしていきたいと考えています。
インターネットや携帯電話がない生活は想像できませんが、これらが発明される前は誰も不便と思っていませんでした。小型衛星は立ち上がったばかりの黎明期。ここでいかにユーザーにとって使いやすく、付加価値の高いサービスとして提供できるかが非常に重要だと考えています。私達が目指しているのは、夢ではなく、身近な存在として宇宙を活用できる社会。『夢のあるビジネスですね』とよく言われますが、そう言われないような社会にし、宇宙からしか実現できない価値を世の中に提供していきたいですね」
「ビジネスにも活用できる衛星を作りたい」という想いだけで起業
小型人工衛星の開発を通じて宇宙の民間活用を推進している中村氏だが、意外にも大学で研究室に入るまで宇宙とは無縁の生活で、「興味もなかった」という。
「高校の頃はパズルのようなところがある有機化学が好きでしたが、大学で勉強するうちに『想像していたのと違う』と感じるように。とはいえ、他にこれといって興味の持てるものもなかったのですが、『one of themになりたくない』、『人と違うことをやりたい』という想いはありました。そんな折、今後の専攻を選択するオリエンテーションがあり、そこで学生だけで小型衛星の打ち上げに挑む研究室があるという話を聞いて好奇心がわき、『こんなクレイジーなことやっている研究室はどこにもないだろう』と参加を決めました。研究室に入った翌日から出張と言われたり、24時間交代で実験の立ち会いをしたりと、当初は完全に選択を間違ったと思いましたが(笑)」
前例のないプロジェクトだけに小型衛星の開発は困難を極めたが、中村氏らは試行錯誤を繰り返し、2003年に世界で初めて学生だけで開発した小型衛星の打ち上げに成功。次第に人工衛星の開発に没頭していくことになる。
「人工衛星は宇宙で故障しても修理できません。失敗すれば数年かけて作り上げた努力が水の泡です。それだけに打ち上げの緊張感は非常に大きいですが、打ち上げに成功し、初めて宇宙からの信号を受信できた時の感動は言葉になりません。不眠不休でやってきた成果が報われる最高の瞬間で、メンバーは皆これでハマるんです(笑)」
中村氏は在学中に3機の人工衛星を手掛けたが、次第に「ビジネスでも活用できる衛星を作りたい」という想いが湧き上がる。研究室で手掛けたのはあくまで教育ツールとしての衛星だが、「社会に直接貢献できるような衛星を作りたい」と考えるようになっていったという。しかし、そのような衛星開発に取り組んでいるところは、大学や研究機関、民間企業、どこを探しても存在しない。そう気づいたときに中村氏が選択したのは「起業」だった。
「自分のやりたいことをやるためには、起業という選択肢しかなかったんです。当時、助成金など支援制度があったことにも背中を押されました。経営の知識はほとんどゼロで何もわからなかったのですが、だからこそチャレンジできたのだと思います。もし、私がMBAを取得していたり、経営の知識が豊富だったら絶対に人工衛星で起業なんてやらなかったでしょう(笑)。『この技術は絶対に社会から必要とされるものになる』という想いだけで飛び込みました。
そんな技術しかわからなかった私が何とかやってこられたのは、その技術の可能性を信じて社外に発信していくことで、共感し、サポートしてくれる仲間が現れたから。起業と言うと一人で何でもやらないといけないというイメージがあって、確かにそういった面もあるのですが、一人ですべてを完璧にできるわけではありません。自分に足りない部分があれば、その道のエキスパートに力を借りればいいんです。同じ研究室出身で一度証券会社に行ったメンバーが入社したり、豊富な経験を持った会社経営者が顧問に入ってくれたりと、そういった多様性あるチームを作れたことが今につながっています」
中村氏がそうであったように、起業は縁遠いものと考えている理系読者は多いかもしれないが、飛び込んで初めて見えるもの、出会えることは非常に多いといえる。もし、やりたいことがあり、その最短距離が起業なのであれば、選択肢として考えてみてほしいと中村氏は語る。最後に、これから社会に出る理系学生へのメッセージを中村氏に聞いた。
2014年11月に打ち上げられた「ほどよし1号機」が撮影した衛星写真。【1】エベレスト(ネパール)【2】ジャウフ州(サウジアラビア)【3】ニューヨーク(アメリカ合衆国)【4】ナッソー付近(バハマ)
その技術で何ができるのか、アンテナを張って考えよう
「目の前の研究だけでなく、様々な情報にアンテナを張って、その技術は将来どうなるのか、どのように役に立つのか、イメージしてほしいですね。私自身も最初は作ること自体が楽しかったのですが、いざ人工衛星ができてみると『これは社会にどう貢献できるのか』という問題意識がわきあがってきた。自身の専門性や知識、技術の社会的な意義を考えることで、製品やサービスの発想につながりますし、研究を続けるにしろ、就職・起業するにしろ絶対に役に立つ。そこから自分のキャリアパスが見えてくるはずです。一方で、教授や上司から言われたことだけをやっているような受け身なスタンスでは、いくら優秀でも自分から新しい価値を生み出すことができない。大企業であっても社員一人一人が価値を生み出していけるような組織でなければ、見通しは厳しいでしょう。
最近学生と話していて気になるのは、自身の研究を他人にうまく説明できない方が少なくないこと。研究室の中であれば、共通言語で通じるコミュニケーションがあるのですが、外に出るとそれが通じません。自分と異なる背景を持った人に意思を伝えることは思いの外難しく、研究室の中だけではそのことに気づかないのです。ですから、理系学生は研究室にこもらずに、外部との交流を図ってほしいですね。視野が広がり、自分の技術を客観的に評価することで、新しい世界が見えてくるかもしれません。
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