「科学技術で世界の問題を解決したい」そんな想いを抱いている理系人材は少なくないだろう。しかし、実際に社会を見てみると、培った専門性を活かす場がなかなか見つからなかったり、有望な技術があってもビジネス化に苦戦していたりといった現実にぶつかる。そんな中、博士を積極的に採用し、様々な社会課題の解決に取り組んでいるのが株式会社リバネスだ。同社を立ち上げたのは、自身も農学博士である丸幸弘CEO。理系人材のポテンシャルを最大限に引き出しながら、社会的意義の高いプロジェクトをビジネスとしても成功させている丸氏の原点と理系学生に向けてのメッセージを聞いた。
丸 幸弘(まる・ゆきひろ)
株式会社リバネス 代表取締役 CEO/博士(農学)
2002年6月、東京大学大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立。日本で初めて「先端科学の出前実験教室」をビジネス化した。大学・地域に眠る経営資源や技術を組み合せて新事業のタネを生み出す「知識製造業」を営み、世界の知を集めるインフラ「知識プラットフォーム」を通じて、200以上のプロジェクトを進行させる。株式会社ユーグレナの技術顧問、日本初大規模遺伝子検査ビジネスを行う株式会社ジーンクエスト、次世代風力発電機を開発する株式会社チャレナジー、腸内細菌ベンチャーの株式会社メタジェンなど、多数のベンチャー企業の立ち上げにも携わるイノベーター。著書に『世界を変えるビジネスは、たった1人の「熱」から生まれる。(日本実業出版社)』がある。
地球が抱える課題を解決する研究者集団
中学・高校への出前実験教室、研究者の育成研修、科学雑誌の発行、植物工場の企画・導入支援、町工場を活性化するための学会開催、飼料開発から手掛けるブランド豚の開発・生産など、リバネスが展開しているサービスは多岐にわたる。さらに、ドローンによる森林再生(植林・森林警備)、スマート農業を担う農耕ロボットの自律走行技術、再生医療分野におけるゲル化・高分子素材の応用研究、遺伝子解析による健康管理、食糧・エネルギー問題の解決を目的とした藻類の大量培養など、地球規模で取り組むべき様々な課題に対する技術をもった有望なベンチャー企業への投資・育成や、大手メーカーの研究部門におけるプロジェクト支援なども行っている。
これらの多様な取り組みに共通しているのは『科学技術の発展と地球貢献を実現する』というリバネスの企業理念。社員約50名のベンチャー企業は、日本における科学技術発展や理系人材の活用に大きな影響を与えているのだ。
「生物はわからないことだらけ」学問への関心をかき立てた恩師の言葉
様々な切り口から科学技術の発展と地球貢献に取り組んでいるリバネス。同社の代表を務める丸氏は根っからの理系人材なのかと思いきや、幼少期の自分を“野生児”だったと振り返る。
「大手製鉄会社に勤務していた父の仕事の都合で、小学3年生までシンガポールで暮らしていました。当時は自然が豊かな現地の野山を毎日のように駆け回って遊んでいました。日本に戻ってから打ち込んだのはスポーツ。高校時代はバスケ部の副キャプテンとして県大会に出場したほか、テニスや水泳もやっていました。弟はオリンピックの選考会に参加した水泳選手で、兄も体操で県代表になるなど、体育会系の家系なんです」
その一方で、勉強は「大の苦手」だったという。「物理、化学、生物といった理系科目の偏差値は30台。数学で0点を取ったこともあります(笑)。帰国子女だったおかげで英語はなんとかなったのですが、とにかく理系が苦手で国語や地理の方が得意でした。両親の希望もあって大学に進むことにしたのですが、受験の結果は滑り止めも含めてすべて不合格。いま振り返ってみると当然の結果なんですが、ショックでしたね。受験料も馬鹿にならないので、親にも申し訳なくて」
好きなスポーツは夢中になって打ち込んだものの、受験勉強はあまり関心を持てなかったという丸氏。しかし、浪人生時代に予備校の先生から聞いた話が学問への興味をかき立てる。
「生物の講義で『受精して細胞分裂が起こり~』という生物発生の一連のプロセスについて先生が説明した際に、『これらのことは、わかっているように教科書に書かれているけど、“なぜそうなるか”はほとんどわかっていない』と言っていたのを聞いて強い衝撃を受けました。『生物学はまだ解明されていない事ばかり』ということを知り、生命科学や自然科学の領域でまだ誰も解明していない謎を解き明かし、自分が新しい一ページを書いてみたいと思うようになったのです」
それから丸氏は生物学を熱心に学び始め、理系科目の偏差値を70台にまで引き上げた。そして、生物学を本格的に学ぶために日本で初めて生命科学部を創設した東京薬科大学の生命科学部を受験し、見事合格する。その後も学ぶほど生物学への興味は高まり、東京大学大学院農学生命科学研究科への進学を決意する。
理系を取り巻く問題を解決したい
「好きな生物の研究にもっと没頭したい」そんな想いを抱いて大学院に進んだ丸氏は、マメ科植物と根粒菌の研究に取り組む。そのころ、世間では “子供の理科離れ”や“ポスドク問題”が盛んに取り上げられていた。丸氏も研究に取り組む中で、理系人材を取り巻く状況に問題意識を持ち始めていた。
「科学技術立国を標榜する日本において“子供の理科離れ”と“ポスドク問題”は危機的な問題だと感じました。高い専門性を有する博士の活躍の場が日本では少ないことに疑問を感じていましたし、子供たちが理科に関心を持たなければ、次世代を担う研究者は生まれず、日本の競争力は弱まる一方。このままでは日本の科学に未来はないですし、自分にとっても日本が研究のできない国になっていくことは耐えられませんでした。
今後のキャリアにおいても、好きな研究を続けることは容易ではありませんでした。大学や企業でポジションを見つけることができたとしても、本当にやりたい研究ができるまでに長い下積みが必要です。私の場合は今すぐにいろんな挑戦がしたかったので、自分で会社を立ち上げて研究所を作ってしまえと考えたのです」
そして、丸氏は自分が好きな研究をする場を作るため、そして理系が直面している2つの問題を解決するために大学院在学中にリバネスを立ち上げる。まず丸氏が始めたのは、子供たちに科学の魅力を伝えるために中学・高校に出向いて実験を行う「出前実験教室」だった。
「先輩の経営者からは『お前のビジネスモデルは破たんしている。受験勉強の足しにならない出前実験教室なんか売れっこない』と厳しい言葉をもらいました。それでも、元手がそんなにかかるわけでもないし、とにかくやってみようと出前実験教室を始めてみたところ意外と反響が良かったんです」
とはいえ、自分たちだけで出前実験教室をやっても人手や収益の面で限界がある。そこで行きついたのが大学院生や企業の研究者にも講師として協力してもらうというアイデアだった。
「理系は人前で話したり、わかりやすく説明するのが苦手な人が多いのですが、出前実験教室はプレゼンテーションの非常にいいトレーニングになるんです。そこで鍛えられた博士の就職先が見つかるようになりました。企業の若手研究者にとってもトレーニングになり、さらに自社のCSR活動にもなる。価値を組み合わせることで、複数の課題を同時に解決することができ、出前実験教室はビジネスとしてうまく回るようになりました」
今では出前実験教室は年間300回以上行われ、協賛企業は100社、授業を受けた子供たちは8万人を超えた。出前実験教室に刺激を受けて理系に進学し、すでに研究者として社会に出ている生徒も少なくないという。
社会課題を解決する200以上のプロジェクトが進行中
リバネスでは出前実験教室のほかにも、冒頭で紹介した様々な研究プロジェクトが進行している。しかも200を超えるプロジェクトのほとんどが単独で黒字化しているという。科学技術で社会課題を解決しながら、ビジネスとしても成立させる秘訣を丸氏は次のように語る。
「実験教室は誰もやっていないことに挑戦して、得られた知見をもとに知恵を絞ったからこそ成功しました。リバネスの強みは優秀な修士博士が集まり、誰もやっていないことに挑戦して得た“知識”を数多く蓄積していることです。情報革命によるITの普及で誰もが膨大な情報を得られるようになりましたが、それは誰にでも入手できる情報です。前例のない課題を解決するために必要なのは、専門性の高い人材が蓄積してきた知識です。リバネスでは、ロボット、人工知能、バイオ、ITなど各分野の専門家の知識が社内でシナプスのようにつながり、集合知で問題解決に挑んでいます。わからないことがあれば今は『ググった?』ですが、近い将来『リバ(ネス)った?』になればいいですね(笑)」
各分野で高度な専門性を有する博士の知識が有機的に連携することで、前例のない問題の解決に挑む知識プラットフォームが社内で構築されているリバネス。丸氏はリバネスの事業を知識製造業と称している。近年では、大手メーカーや研究機関が同社の知識プラットフォームに価値を見出し、自社で解決できない課題の相談が数多く寄せられるという。
とはいえ、「理系領域の高度な専門知識ももちろん重要だが、社会や経営についての知識も備えてなければ社会課題をビジネスで解決するというのは難しいのでは?」という疑問を丸氏に投げかけてみた。
「研究もビジネスもやるべきことに大きな違いはありません。実は、すべての科学者が日々実践している研究過程こそ、ビジネスで革新を起こすために不可欠な考え方なのです。それを私たちは「QPMIサイクル」と呼んでいます。一番大切なのは、個人の抱く課題意識(Question)と、それを解決しようとする情熱(Passion)です。個人が情熱をもって社会的意義の高い課題を解決しようとすることで、周りにメンバーが集まり、チームが形成され、ミッション(Mission)として課題解決にあたる。この一連のサイクルを回していくことが、新しい価値の創出(Innovation)につながるのです。さらに、その過程で、研究者が関連する論文を徹底的に読み込みむように、ビジネスでも、対象となる企業やビジネスモデルについて徹底的にリサーチを行います。そして実験(実践)を行い、PDCAサイクルを回す。研究もビジネスも根本は一緒。むしろ、世の中には研究よりも難しいことはないと私は考えています。しっかり研究できる人材であれば、社長、政治家、教育者、職人、何にだってなれますよ」
子供たちにもっと科学に関心を持ってもらいたいとの想いから始まった「先端科学の出前実験教室」。授業を受けた子供たちはこれまでに8万人を超える。
研究ができれば何でもできる社会の課題を解決するのは理系の責務
理系の最大の武器は“研究”であると語る丸氏から、間もなく社会に出る理系学生に向けたメッセージをもらった。
「意味のない研究は一つもありません。理系学生は目の前の研究に死ぬ気で取り組んでほしいですね。そして自分が取り組んできたことに誇りを持ってください。
日本に生まれた私たちは幸運です。少なくとも、ご飯を食べられなくて生きるか死ぬかという状況ではないですし、意欲があれば学問に集中して取り組める環境があるのは人類の中でも幸福といえるでしょう。だからこそ、日本に生まれ、学んだ私達がすべきことは、地球が直面している様々な課題を解決することではないでしょうか。理系の皆さんは、これまで培ってきた専門性や研究の経験を活かして社会課題の解決に取り組んでほしいですね。社会を舞台に、研究をしましょう!」
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