トップインタビュー(日本ナショナルインスツルメンツ株式会社 代表取締役 池田亮太)


グローバル化の波が押し寄せ、転換期を迎えている日本のものづくり。「良い物を作る」だけでは国際競争力を持つことが困難な時代において、研究や開発の裏で多大な貢献を果たしているのが米国に本社を置くナショナルインスツルメンツだ。開発プラットフォームとして同社の製品を活用することで品質の向上や劇的なコスト改善を実現した企業は数多い。同社のソリューションは、ものづくり領域においてイノベーションを世界に向けて発信するために欠かせない存在となっている。企業として長期的な成長を遂げ、ものづくりの世界を支え続けられている理由とは。そして、日本のものづくりが向かう未来、そして世界を相手に働くために必要なことは。同社日本法人の代表取締役である池田亮太氏に話を聞いた。


PROFILE

池田 亮太(いけだ・りょうた)
日本ナショナルインスツルメンツ株式会社 代表取締役

 

1970年生まれ、福岡県出身。米ワシントン大学電気工学科 卒業。1993年に米ナショナルインスツルメンツに入社し、1994年に日本ナショナルインスツルメンツに異動。マーケティングに広く携わり、1999年に事業本部長、2000年に代表取締役に就任。野球と鉄道をこよなく愛する。

 

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開発プロセスを飛躍的に加速させ、幅広い領域のものづくりを裏から支える


世界中のイノベーティブな研究やものづくりの場において、数多くのエンジニアや研究者たちに利用されているシステム開発ソフトウェア「LabVIEW」を世に送り出している企業が、アメリカ・テキサス州オースティンに本社を構えるナショナルインスツルメンツだ。同社が提唱する「グラフィカルシステム開発」は、様々な企業や研究機関において設計から試作、実装に至る一連の工程を、グラフィカルなプラットフォーム上で一貫して行うことで、製品開発に要する期間とコストを削減するとともに、品質向上を実現している。

米国では、「Fortune 500(米フォーチュン誌による総収入上位500社)」における90%のメーカーが同社の製品を採用しており、ものづくりの現場に欠かせない存在となりつつある。対象となる産業も幅広く、NASAやJAXAを代表とする航空宇宙、再生可能エネルギーの効率化、早期がんの発見、最新AV機器の映像・音声自動テストなど、その活用領域はアカデミックから民間企業まで幅広い。

ナショナルインスツルメンツの日本法人である日本ナショナルインスツルメンツの代表取締役を務める池田亮太氏は、同社の製品について「技術者・科学者のものづくりを加速化させるシステム」と表現する。例えば、2013年6月に富士重工業が発表した、同社初の量産型ハイブリッド車「SUBARU XV HYBRID」。その開発には日本ナショナルインスツルメンツの検証システムが使用されており、テスト工数の短縮に多大な貢献を果たしたという。自動車のエンジンの開発においては、あらゆる気候・状況に対するテストが必要となるが、何千というテスト工程を自動化することで、ECUのテスト時間を20分の1にまで削減。開発工程に与えるインパクトは絶大といえる。

また、船舶用電子機器のメーカーとして有名な古野電気が新たな気象レーダーを設計する際には、ナショナルインスツルメンツのグラフィカルシステム開発を活用することで設計期間を約40%も削減するなど、同社の技術が貢献している例は枚挙に暇がない。

ナショナルインスツルメンツ社の製品

世界中のエンジニア、研究者、学生に利用されているナショナルインスツルメンツ社の製品。 ユーザーがこれら製品を活用するための幅広いサポートサービス体制も構築している。


知名度ではなく、自分の価値観で就職先を決める


池田氏は福岡県で生まれ、小学2年生の時に父親の仕事の関係でアメリカに渡る。その後、ワシントン大学の電気工学科に進学。当時は漠然とエンジニアリングに関心を抱いていたものの、電気工学が本当に自分に向いているのか悩んだこともあったという。

「周囲には、ラボにこもったまま出てこないような、世間と隔絶した研究者たちもいました。そんな彼らと同じ土俵で、自分が本当に競争していけるのか疑問を抱いたのです。私は研究だけでなく、外に出て多くの人と交わりたいと考えていました」

大学では勉学だけでなく、野球にも打ち込んでいたという池田氏。そうしたバックグラウンドもあってか、より広い視野で人生を楽しみ、自らの興味範囲を拡げていきたいと考えていた。そんな時期に出会ったのが、ナショナルインスツルメンツの存在だ。

「私と同じ電気工学を卒業した人が在籍していることを知ったのです。しかも、その人は大学の野球部の出身。そして技術以外にも幅広い興味範囲をカバーしている。私からするとまさにロールモデルに思えました」

他にも知名度の高い世界的メーカー数社から内定をもらっていた池田氏だったが、最終的に当時はまだ無名だったナショナルインスツルメンツへの就職を決める。日本に戻って働きたいという希望もあり、選択肢に挙がっていたのは日本に拠点を持つ企業が中心。世間の知名度だけで言えば他の企業の方が高かったが、なぜ同社を選んだのか。

「野球部の縁もありましたが、社員たちが楽しそうに働いており、自分たちは社会に貢献しているという意識を持っていること。それが最大の決め手となりました。結果論ですが、当時内定をもらった企業は既に日本から撤退しているので、今から振り返ると間違いのない選択だったと思います(笑)」

とはいえ、日本ナショナルインスツルメンツが設立されたのは1989年。池田氏は1993年にナショナルインスツルメンツに入社し、その1年後に日本ナショナルインスツルメンツに異動している。日本法人ができてからわずか設立5年、当時はまるでベンチャー企業のような環境だったという。

「当時、日本では十数人の少人数であり、一人ひとりが幅広い仕事を担当していました。私も展示会のブースの設計なども行っていました。ヘルプデスクのような役割を担っている同僚もいましたね」

創業期の環境で幅広い業務を経験する中、特にマーケティング領域に価値を発揮しはじめた池田氏は、ナショナルインスツルメンツの事業全体に対する理解を深めていく。そして2000年、事業全体についての理解度の深さなどが評価され、池田氏は日本ナショナルインスツルメンツの代表取締役に抜擢。池田氏の下、日本ナショナルインスツルメンツは国内マーケットを順調に拡大させ、多くのクライアントから信頼を得る存在となった。


バランスを重視し、イノベーションを追求。
揺るぎない軸を持つことで長期的な成長を実現


日本ナショナルインスツルメンツの成長を黎明期から見つめ、その手で牽引してきた池田氏。どのような哲学を持ち、組織を率いてきたのだろうか。

「会社が成長し置かれているステージが変わると、必要な要素も変わってきます。大きなポイントを挙げると、当初は売上を立てることが求められますが、その次のフェーズにおいて大切なのは組織を作ること。個人がボールを追うのではなく、組織として行動できる仕組みを作っていくことが必要です。その根底になるのが、自分たちのアイデンティティを持ち、社員に伝えること。コアバリューの理解が浸透することで、ようやく成長に向かう歯車が噛み合い、長期的な成長ができる会社になったと思います」

しかし順風満帆な時期ばかりではなく、テックバブルの崩壊、リーマンショックなど、苦難の時期もあった。

「周囲を見渡せば、短期的な視野に立ち、社員のリストラなどを行った会社も多くありました。しかし、長期的な成長を目指すのならばバランスを重視しなければならない。事業におけるステークホルダーは、お客様と株主、我々と仕事をしてくれるパートナー企業、そして社員です。この四者のニーズをバランスすることが肝要。良い製品が作れなくなっては何も生み出せない。技術によるイノベーションを長期的な価値観に据えて事業を行ってきたのです」

池田亮太


日本のものづくりが世界で戦うために開発プロセスの改善は不可欠


アメリカでの生活も長く、国内外多岐にわたるものづくりに触れてきた池田氏の目には、日本のものづくりはどのように映っているのだろうか。

「従来の日本のものづくりは、いわば一品料理。一度作って終わりのものが多かった。開発プロセスに再現性がなく、製品ごとに毎回ゼロから作り直しているようなイメージでした。しかし、それではコストが莫大にかかってしまい、結果的に良いものが作れたとしても世界で価格面での競争力を持ち難い。再利用できるプロセスは活用し、より高い付加価値を生み出す部分に注力するべきなのです。日本のものづくりが世界規模で成長していくためには、ソフトウェアを土台としたプラットフォームが不可欠でしょう」


日本の最先端は、まさに世界の最先端。理系学生には、より世界を意識した活躍を期待


ものづくりの世界では、もはや世界に目を向けずに働くことは不可能と言っても過言ではない。そのような昨今、理系学生はどのような意識を持つべきなのか、池田氏に尋ねた。

「先ほどの話のように、開発プロセスでの共通部分は活用すればいい。それと同じ考え方で、良いものが世界にあるのだったら利用した方がいい。その意味では、英語は世界共通で使われている言語ですし、世界中の情報にアクセスできるツールなので、習得しておいた方が良いと思います。

将来のキャリア選択においては、自分の得意なことと楽しいと思えることを両立させることが重要です。どちらか一方が欠けても社会人としてのキャリアを楽しむことは困難になります。その上で、今後サービスの利用者が増えていく・技術的な成長余地が大きいなど、インパクトの広がりのある仕事を選ぶことができれば、自分自身も成長していけるでしょう。周囲の意見に惑わされずに、あくまでも自分の価値観でキャリアを選択し、歩んでいってください」

CEATEC JAPAN

アジア最大級の最先端IT・エレクトロニクス総合展『CEATEC JAPAN』の出展風景。先端技術で開発された製品で、ものづくりの現場が抱える課題の解決策を提案する。