トップインタビュー(FastLabel株式会社 代表取締役CEO 上田英介)


AI開発において、テキスト、画像、動画などあらゆるデータにタグ付けを行う「アノテーション」という工程がある。機械学習ではこれを教師データとしてAIが学習していくため、アノテーションの精度がAIの品質を左右するといえるのだが、この領域で頭角を現しているスタートアップがFastLabelだ。創業からわずか3年程で数々の大手企業との取引実績があり、急成長を遂げている。しかし、代表・共同創業者の上田英介氏は、「まったく起業を考えていなかった」というから驚きだ。上田氏の転機やキャリア観を、FastLabelの事業の強みやビジョンと共に紹介する。


PROFILE

上田 英介(うえた・えいすけ)
FastLabel株式会社 代表取締役CEO

 

九州大学理学部物理学科情報理学出身。株式会社ワークスアプリケーションズでソフトウェアエンジニアとして会計製品の開発に従事。2年目には、開発者として初めてロサンゼルス支社へ赴任し、アメリカの商習慣に合わせたAI-OCR請求書管理サービスを設計・開発。その後、イギリスのAI企業でMLOpsのアーキテクチャ設計や開発を行い、大手銀行のDXプロジェクトを推進。AIの社会実装をする中で感じた原体験をもとに、2020年FastLabelを創業。

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AI開発の8割を占める「アノテーション」に強み


AI開発の市場規模は拡大の一途をたどっている。機械学習やディープラーニングの実用化が進んだ第三次AIブーム以降、私たちの日常や企業活動の様々なシーンでAIが用いられるようになった。そして、ChatGPTに代表される生成AIが牽引する第四次AIブームが幕を開けたともいわれている。

しかし、AI開発のプロセスには、ひとつ大きなボトルネックがある。それは、AI開発全体の8割を占める「アノテーション」だ。AIは“アルゴリズム”と、それに学習をさせるための“教師データ”で構成されている。アノテーションは、この教師データを作成する工程のことをいう。例えば、部品工場で不良品を判別するAIを開発する場合、良品・不良品の画像データを何万枚も登録する必要がある。しかしながら、この作業の多くが人の手によって行われており、質のバラつきも生じやすい。労働集約的で非効率な状況を打開することが、AI市場で求められている。

こうした課題を抱えるアノテーション領域にいち早く着目し事業展開しているのが、FastLabel株式会社だ。2020年の創業以来、一貫してアノテーション領域に注力しながら事業展開をするAIスタートアップである。AI開発プロセス全体をリプレイスする形で、データ収集から教師データ作成の自動化、MLOpsと呼ばれる機械学習システムを実用化するための基盤構築までを包括的に支援している。

ソニーグループ、リコー、鹿島建設など日本を代表する企業を顧客に持ち、豊田通商や日鉄ソリューションズなどとも協業。2022年にはシリーズA(スタートアップに対する投資ラウンドのひとつの段階)で、4.6億円の資金調達を実施し、ビジネス経済誌「週刊東洋経済」の「すごいベンチャー100」にも選出された。

国内唯一のオールインワンAIデータプラットフォーム『FastLabel』

国内唯一のオールインワンAIデータプラットフォーム『FastLabel』



パーパス実現のために、まず自分たちが「世界レベル」


順調に成長を続けている同社は、今後どのような展開を考えているのか。代表取締役CEO 上田英介氏に聞いた。まずは、ChatGPTに代表される生成AIの台頭による影響について、上田氏は「追い風になる」と話す。

「生成AIの登場によって、リアルなデータだけではなくAIが生成したデータも機械学習に使えるようになり、データ量が爆発的に増えています。そのデータに対して、従来のように手作業でアノテーションをしていては、とても非効率です。だからこそ、当社にとってこの状況は大きなチャンスと考えられます」

今後も国内マーケットで事業を拡大することはもちろん、グローバル展開についても具体的な議論をしている段階だという。FastLabelのパーパス「AIインフラを創造し、日本を再び『世界レベル』へ」を実現していくには、自分たちがまず世界レベルになっていかねばならないからだ。「今後、既存産業を大きく変えるという観点に立った際に、最も重要なテクノロジーがAIです。AIの開発スピード、効率、質を押し上げる支援をすることで、日本の変革に寄与したいと考えています」と上田氏は語る。


留学先で衝撃を受けた、「好きなことを素直に学ぶ」のが当たり前の文化


徳島県出身の上田氏は、中学生までは野球部、高校ではラグビー部と、部活に打ち込むスポーツ少年だった。いずれも強豪校で、センター試験1カ月前まで試合に出ていたという。そのような環境でも、サイエンス領域の本を読むことが多く、超電導に興味を持ったことから九州大学では物理学を専攻した。

「高校までは部活漬けだったので、大学では新しいことをしようと思った」と言う上田氏。大学のプログラムを活用し、韓国、シリコンバレー、スウェーデンと、積極的に海外で学ぶ機会を作った。その中でも最も印象的だったのは、学部3年次に交換留学で訪れたスウェーデンの大学での経験だという。

「コンピューターサイエンスの修士課程の授業を受けていたのですが、女子学生が半数を占めていたのです。日本の常識とはあまりにもかけ離れた環境に衝撃を受けました。それに、みんな好きなことを学んでいるんです。色んな学位を取って、30歳くらいになって初めて働き始めるのですが、周囲も変な目で見ることはありません。好きなことを素直に学んでいける、この文化が私には合っていました」 交換留学から戻った上田氏が、大学院進学ではなく学部卒での就職を選択したのも、そういった常識にとらわれない人生の歩み方に刺激を受けたからかもしれない。「実用化に時間がかかる研究よりも、早いうちに世の中で使われる新しいものに関わりたいという想いがありました」。そして様々な業界の企業を見ていた時に出会ったのが、ワークスアプリケーションズだった。

入社当時から「海外で働きたい」と人事や上司に伝えていた上田氏は、入社2年目にロサンゼルス支社に赴任。「AIを搭載した請求書管理サービスを開発する中で、機械学習を実装する際にデータが課題となることに気付き、興味を持ったのです。当時、起業は全く考えていませんでしたが、結果的にここで感じた課題感が原点になりました」。そこで、AIを搭載したプロダクトやMLOpsの製品を開発している海外企業を探し、イギリスのAI企業に転職。さらに経験値を高めていった。

勤務風景



まったく想定していなかった起業から、3年で飛躍的な成長


頭の中に「起業」という選択肢がなかった上田氏に転機が訪れたのは、イギリスの会社で働いて2年ほど経った頃だ。エンジニアとして次のステップを考えていた時に、ワークスアプリケーションズ時代の同僚だった鈴木健史氏と話す機会があった。同じプロジェクトで働いた経験はなかったが、AIプロジェクトを担当する稀有な存在として、互いのことを認識していたという。

そして、既に起業経験を積んでいた鈴木氏とAI開発について議論する中で、共に会社を立ち上げることを決断したのだ。「市場として伸びしろがあるのか、そして私たちの能力として実現できるのか、この2つの軸で可能性ある事業領域を探していく中で、アノテーション領域を見出しました。市場規模も大きく拡大しているし、鈴木も私もエンジニアとしての経験からペインが分かっており、チャンスがありそうだと感じたのです」

そうして2020年に誕生したFastLabelは、事業領域の設定が市場のニーズと合致しており、かつ強力な競合も存在していなかったことから順調に成長している。「ただ、組織を大きくしていくことには今も苦労しています。シード期ではプロダクトを作るフェーズだったのですが、シリーズAに投資ラウンドが進んだ今は、そのプロダクトを“売る”フェーズとなります。私自身、数十名規模の組織を持つ経験は初めてですから、日々学びの連続です」

ただ、上田氏はこの状況も楽しんでいる。「創業当時、鈴木と2人でやっていた頃からは考えられないくらい、組織としてできることが増えています。優秀なメンバーも仲間に加わってくれているので、今後を考えるとワクワクしますね」


常識や偏見にとらわれず、まずはやりたいことに正直に


起業してわずか数年で日本を代表する企業との取引実績をつくり、数十名規模の組織に育ててきた上田氏を突き動かすものは何か。意外なことに「よく聞かれるのですが、実はそこまで強い原体験はないんです」という答えが返ってきた。「でも、ワクワクする瞬間は大事にしています」と、上田氏は続ける。

「私は現在31歳で、『失われた30年』が丸ごと重なる、好景気を経験していない世代です。そんな中でも例えばiPhoneが出てきた時など、次世代のスタンダードとなるものが生まれたときに、気持ちがとても高揚します。そういうものが、今の日本ではなかなか生まれないのが現状です。だからこそ、自分たちの手で創り出していきたいですし、これからの30年はハッピーにしていきたいと思っています。それが今、AIの領域に全力を傾ける理由です」

AI領域での起業に関心のある学生に対するアドバイスを聞くと、「まずやってみること」だと背中を押す言葉が出てきた。「世界的に見ても、AI領域は未成熟です。おそらく唯一、学生であっても腕ひとつで大きな事業を作ることができる分野ではないでしょうか。まだそこまでの勇気が持てないという人は、スタートアップでのインターンシップも1つの手です。学生インターンの募集をオープンにしている企業も多いですし、その後のキャリアを考えてもプラスになる経験ができると思います」

最後に、上田氏に理系学生へのメッセージを聞いた。「理系の人たちは“手に職”、つまり高い専門性という圧倒的な強みがあります。だからこそ、特に若いうちは『こういうキャリアを歩まないといけない』など、常識や偏見にがんじがらめになる必要はないと思います。実際に海外に出ると、コンピューターサイエンスの学位を持っていても、マーケティングでキャリアを築いたり、CEOになったり、キャリアも色とりどりです。ですから、まずは自分のやりたいことをやってみてください。すると、きっとどこかのタイミングで次の道が見えてくるはずです。その方が、結果として人生の納得感も高められるでしょう。そしてこれは私が上司の立場になったからこそ思うのですが、やりたいことはぜひ口に出すようにしてください。「やりたい」と言い続けていれば、チャンスが巡ってくる可能性は高まりますし、見てくれている人もいるはずですから」

FastLabel株式会社 代表取締役CEO 上田英介