今、AIは様々な領域で活用され、私たちの世界を彩っている。ゲームAIもそのひとつだ。ゲームの世界観に合わせて展開するストーリー、意思を持つかのように動くキャラクターたち、次に何が起こるのかワクワクさせるゲーム空間─至るところでAIが活躍し、ユーザーを夢中にさせる。そんなゲームAI領域を牽引しているのが、三宅陽一郎氏だ。ゲームの中で使用されるAIならではの特徴やゲームAIエンジニアの魅力、そして「ゲーム開発は人間研究でもある」と語る三宅氏の半生、そして日本のゲームAIが秘める可能性について、話を聞いた。
三宅 陽一郎(みやけ・よういちろう)
株式会社スクウェア・エニックス AI部 ジェネラル・マネージャー/リードAIリサーチャー
京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程を経て、2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。2011年にスクウェア・エニックス入社。立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、東京大学客員研究員・リサーチフェロー、九州大学客員教授、国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、人工知能学会編集委員会副委員長・シニア編集委員、情報処理学会ゲーム情報学研究会運営委員。『大規模デジタルゲームにおける人工知能の一般的体系と実装 ─FINAL FANTASY XVの実例を基に─』にて2020年度人工知能学会論文賞を受賞。
身体を持ちリアルタイムに動く、特異なAI
起伏にとんだ土地を、仲間と共に次の町へと急ぐ。小高い丘を駆け上ると、急に視界が開ける。城が見えてきた。目的の町だ! と思った瞬間、敵が不意打ちしてきた。戦闘開始だ―大人も子供も、様々な人たちが楽しむデジタルゲーム。その中で、プレーヤーをゲームの世界観に没入させていく上で大きな役割を果たすのが、ゲームAIだ。
ゲームで活用されるAIというと、まず思いつくのがキャラクターだろう。仲間が気の利いたサポートをしたり、モンスターが意表を突く攻撃をしてきたりと、まるで命を吹き込まれたかのように動くのはキャラクターAIによるものだ。その他にも、複雑な地形空間を認知して経路を案内するナビゲーションAIや、プレーヤーの動きに合わせて戦闘シーンなどの流れをつくるメタAIがある。 「ゲームAIは、新しいユーザー体験をつくるために欠かせないものです」と語るのは、株式会社スクウェア・エニックス AI部 ジェネラル・マネージャー/リードAIリサーチャーの三宅陽一郎氏だ。ゲームAI黎明期の2000年代前半から携わり、現在は日本のゲームAIの第一人者として、論文発表や様々な講演などで魅力を発信している。
ゲームAIの特徴について、三宅氏はこう説明する。「AIは、2つの観点で分類できます。ひとつは、反応がリアルタイムかノンリアルタイムか。そしてもうひとつは、身体を持っているかどうかです。ゲームAIは戦闘時など相手の動きに対して即座に反応する必要があり、かつ身体を持っています。ここが、多くのAIと決定的に異なるところです」。ゲーム画面は、60分の1秒で描き替えられる。つまりAIも60分の1秒単位で意思決定を行い、次のアクションを起こさなければならないのだ。人間と同じ時間と空間を生きる、リアルタイムインタラクティブAIをつくる。それがゲームAIエンジニアのミッションだ。
ゲームAI研究は、人間研究でもある
ゲームAIエンジニアの面白さを聞くと、三宅氏は「ユーザー体験を作る仕事だからこそ、AIエンジニアだけではなく多くの人が関わる」ところだという。ゲームはストーリー、CG、アニメーション、音楽など様々な要素により構成されている。各分野のプロフェッショナルが集まり、ひとつの世界観をつくっていくのだ。
「アーティストやデザイナー、プランナーなど多数の職種が組み合わされるゲーム開発では、職種ごとに“言語”が違います。その中で、コミュニケーションを取っていくのは非常に大変です。大抵お互いの主張がぶつかり、議論は紛糾します。しかし、様々な人のこだわりや仕事を組み合わせるからこそ、これまでにない素晴らしいユーザー体験をつくれるのです」
さらに、「ゲーム開発は人間研究でもある」と、三宅氏は続ける。「ただ作って形にするだけなら、技術さえあればできます。しかしそれ以上にゲームAIに必要なのは、ユーザーを“いかに楽しませるか”という視点です。この状況でユーザーはどういう心理状態なのか、どこから攻撃すれば驚いてくれるか、地形の起伏、建物の見え方、細部にわたるまで、私たちはいつもユーザーのことを想像しながら作っています」。そうした一つひとつのこだわりにユーザーが反応してくれるのだから、面白いのだという。単に賢いAIを作るだけではなく、人間とぶつけた時に起こるインタラクションからモノづくりができるのは、ゲームの世界ならではといえるだろう。
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独学で始めたAI研究が、ゲームの世界と結びついた
三宅氏は、いかにしてゲームAIの世界に魅了されたのか。その半生を紐解いていこう。小さな頃から読書が好きな文学少年だったという三宅氏。「世界文学全集や哲学書などを手当たり次第に読んでいましたね。通学の電車の中はもちろん、歩いている時も本を手放しませんでした」。一方で数学も好きだったという三宅氏は、数学者を志して京都大学に進学し、数学を専攻する。しかし学びを進めるうちに、純粋数学よりも副専攻の物理への関心が増し、大阪大学大学院では実験物理の道へ。そこで装置をつくる楽しさを知り、博士課程では東京大学大学院工学系研究科で超電導工学の研究室に入る。AIとの出会いは、その頃だった。
「超電導電力貯蔵を用いた電力系統の研究していたのですが、電気回路の中に知能が作れるのではないかとインスピレーションがあって、独学でAIの研究を始めました。学会でも独自の人工知能理論の発表をしていましたね」。しかしそれは、研究室の専門とあまりにかけ離れてしまっていた。そのため三宅氏は単位取得退学をして、就職する道を選択する。そして2004年フロム・ソフトウェアに入社し、ゲームAIの研究を始めた。当時、ゲームAI専門家は日本でほとんど存在しなかったことから、三宅氏はゲームAIの重要性や魅力を積極的に発信するようになる。
AIに関連する領域は多々あるが、なぜゲーム業界だったのだろうか。「研究を始める時、教科書も読まず授業も受けず、まずは自分の思うAIを作ってみようと思ったんです。人間の知能は『意識』と『無意識』がありますよね。私はまず体の動きや空間認知など動物の本能に近い『無意識』の知能をつくり、そこから知識や言語を活用したり論理的な推論をしたりする『意識』に取り掛かりました。しかし後から人工知能の教科書を読んでみると、『AIにいかに知識を使わせるか』、つまり『意識』の部分だけに言及されていたのです。高度な推論はできるけれど一歩も動くことはできない、それは私が作りたいものとはかけ離れている“知能”でした」
身体を動かし考えながら生きていく、人間に最も近いAIが求められる領域。それが、ゲーム業界だったのだ。哲学や文学をベースとした人間への飽くなき興味が、ゲームAIの研究につながっているのかもしれない。
一段上の技術で、世界を驚かせたい
三宅氏は、2011年にスクウェア・エニックスでAIチームを創設する。これを皮切りに、日本の各ゲーム会社が続々とAI専門のチームを設置し始めた。ゲームAIにおいて、日本は一時海外に大きく遅れをとったが、現在は追い上げている。「一段上のAI技術でこれまでにないユーザー体験を創り出し、世界を驚かせたい」と、三宅氏はビジョンを語る。「だいたい技術は連続的に進化しますが、ある瞬間に非連続な変化を起こします。それを私たちが起こし、主導したいです。ユーザーのためにも、会社のためにも、そして私たち自身のためにも、歴史的な仕事をすることが目標です」。ゲーム大国日本が再び世界を席捲する、そのカギを握るのはゲームAIなのかもしれない。
そして今、ゲームAIの可能性は様々な領域へと広がっている。ゲームの中は過酷な天候・地形など、現実では困難な状況を自在に作り出し、加速的にシミュレーションできる。このように現実とシミュレーションを行き来してAIを発展させることは、sim2realと呼ばれる現在のトレンドだ。自動運転、ドローン、建築業界などにおいて、ゲームAIは応用されている。
「以前は、リアルタイムかつインタラクティブなAIを動かしているのは、ゲーム業界だけでした。それが今どんどん広がり、ゲーム業界よりも大きくなろうとしています。その背景にあるのは、ゲームエンジンのコモディティ化です。昔はゲームを作る技術を持つ人はほんの一握りでしたが、現在はプログラミングができなくても誰でもシミュレーション空間を創造できるようになりました。ただ、現実とシミュレーションはやはり異なります。このギャップをどう埋めていくのか、それが今後挑むべき課題ですね」
「こだわり」こそが、いい仕事を生む
最後に、理系学生に就職活動へのアドバイスを求めた。すると三宅氏は「これだけは、というこだわりを見つけ、そこに関連した仕事に就くこと」だと話してくれた。「ゲーム産業でいい仕事をする人も、必ずひとつはこだわりがあるんです。たとえば、モンスターの動きを高めたいと思ったら動物園に行ったりしますし、群衆をつくりたかったら新宿の街でひたすら人の動きを観察したり、とことん突き詰めます。そのこだわりこそが成長の足掛かりとなり、いい仕事を生むんです」
そしてこだわりとは、仕事のように上から与えられるものではなく、自分の力で見つけるしかない。「頭のいい人は、それなりのレベルまでは到達できるでしょう。しかし、興味がないと到達できない領域があります。ゲームでは細かな動きやジャンプの高さにまでこだわりが如実に出ますし、それがユーザーの心を打ちます。ゲーム開発の仕事というのは、そういったこだわりの集合なのです」。こだわりの強い者同士だからこそ、そこにはたびたび衝突が起こるが、それは悪いことではない。貫き通せば周囲にも認められ、さらにチャンスが訪れるだろう。
三宅氏は現在採用面接を行う立場からも、こだわりの重要性を語る。「面接官は自分たちと同じく、こだわりを持っている人と一緒に働きたいはずです。ですから、自分のこだわりを通じていかに社会に貢献できるのか、そこをぜひアピールしてみてください。私も、そういう人と仕事をしたいと思っています。自分のこだわりを見つけることは、人によっては簡単なことではないかもしれない。でも、探す努力をすれば必ず見つかります。案外それは、自分ではあたりまえに思っていることの中にあるかもしれない」
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