トップインタビュー(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 代表執行役社長 佐瀬 真人)


世界150カ国以上で事業を展開するデロイト トウシュ トーマツの一員であり、日本でも戦略策定、実行支援、M&Aアドバイザリーから人事、ITなど総合的なコンサルティングサービスを提供するデロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)。世の中の多くのビジネスがAIやIoTなどのテクノロジーによって変革に向かう中、コンサルティングファームに求められる役割も変わり始めている。2000年入社以来、自動車業界を中心にコンサルティングを行い、2019年に同社のトップに就任した佐瀬真人氏に、自身のキャリアと理系学生へのメッセージを聞いた。


PROFILE

佐瀬 真人(させ・まさと)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 代表執行役社長

 

2000年3月、慶應義塾大学環境情報学部卒業。同年4月、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社に入社。2008年7月、執行役員就任。2018年6月、CSO(最高戦略責任者)および経営会議メンバー就任。2019年6月、代表執行役社長に就任(現任)。製造業を中心に事業戦略立案、マーケティング戦略立案、技術戦略立案、組織・プロセス設計に関するコンサルティングに従事。特に自動車業界においては自動車メーカー、自動車部品サプライヤー、販社・ディーラーの領域をカバーする経験を持つ。著書に『モビリティー革命2030 自動車産業の破壊と創造』(共著:日経BP社)がある。趣味はドライブとランニング。

 

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デジタルトランスフォーメーションでコンサルティングニーズが変化


デジタル時代に対応するための企業変革「デジタルトランスフォーメーション」があらゆる企業の経営課題の中心になりつつある。佐瀬氏によると、こうした時代の趨勢を受けてコンサルタントに求められる価値も変わりつつあるという。長年自動車業界のコンサルティングに携わってきた佐瀬氏は、自身の経験を踏まえながらデジタルトランスフォーメーションの例を挙げる。

「かつての自動車メーカーは製造して販売する売り切り型のビジネスモデルでした。しかし昨今、大手自動車メーカーが目指しているのは、“移動”というサービス自体を提供するモビリティ・カンパニーへの転換です。私たちの関わったプロジェクトを一例に挙げると、レンタルでもシェアリングでもないサブスクリプション型(モノの利用権を借りて利用した期間に応じて料金を支払う方式)の新しいビジネスモデルが既にローンチされています。このような取り組みは自動車メーカーにとって新たな領域へのチャレンジであるため、ユーザー・エクスペリエンス(UX)の設計や決済プラットフォームの構築など、クライアントが知見を持っていなかった分野に関するコンサルティングのニーズが特に強くなっています」

自動運転技術や「MaaS(Mobility as a Service)」というキーワードが示すように、自動車業界は巨大な変革のさなかにある。佐瀬氏によれば、トランスフォーメーションを推進していくうえで重要なファクターは、スピードとテクノロジーだという。かつては1年ほどの時間をかけて構想を立て、それからトライアルへと進行していくケースが多かったが、今は構想からトライアルまでを半年でやりきってしまうことが多いそうだ。なおかつ、今までBtoBの事業を展開してきたクライアントが、デジタルの活用によってBtoCのビジネスに踏み出していくケースも増えてきている。先述のサブスクリプション型ビジネスのように、クライアントが新しいビジネス領域に挑戦していくうえでも、幅広い知見を持ったコンサルタントのニーズが拡大しているのだ。


ともに事業を立ち上げるビジネスパートナーへ


今やコンサルティングにおいて「デジタル」は必須の要素になりつつある。デジタルトランスフォーメーションの重要な側面の一つは、今までデータ化できていなかった非定形データも扱えるようになることだ。以前から管理されていた価格や売上などの定形データをより精緻に扱えることにも意味があるが、購入目的や顧客満足度などの非定型データを取得し、定形データとかけ合わせて分析することで、今まで不可視だった因果関係の発見も可能になる。

そして、因果関係を解き明かして終わりではない。今までのコンサルタントはクライアントが取るべきアクションの提言や示唆を行う存在だったが、これからのコンサルタントに求められているのは、クライアントとともに新しい事業を実際に立ち上げてオペレーションまで実行する「End to End」の取り組みだ。つまり、コンサルタントはアドバイザーに留まらず、一緒にビジネスを動かすビジネスパートナーへと役割が変わっていくことになる。

「ときにはクライアント企業にコンサルタントが出向し、アイデアレベルから関わりながら一緒に新規事業を立ち上げることもあります。コンサルタントでありながら起業家のような経験を積むことも可能です。コンサルタントの領域には広がりが生まれており、今まで以上にエキサイティングな仕事になっていると感じます」

Greenhouse

エグゼクティブ向けに特化した、イノベーション創発施設「Greenhouse」。世界25カ国のDeloitteオフィスで展開され、従来の方法では打開の見込めない経営課題に対して、ブレイクスルー(突破口)を見いだすための仕掛けが施されている。


広告の世界に惹かれた学生時代


新卒でDTCに入社し、コンサルタントとして十八年の経験を積んだ後、同社の代表執行役社長に就任した佐瀬氏。しかし、昔からやりたいことがはっきりしていたわけではなかった。

「小学生、中学生の頃はサッカー少年でした。特に将来なりたい職業があったわけではありませんが、部活のキャプテンを務めたり、生徒会に所属するなど、チームを引っ張って何かを成し遂げることは昔から好きでした」

しかし高校に入学してからは、こうしたコミュニティと距離を置くようになり、代わりに読書に没頭するようになる。仲間と楽しむよりも、自分自身と向き合う内省的な時間を大切にした。読書好きなエンジニアの父親のもとに生まれ、本で溢れた環境で育ったことも大きいのかもしれないと佐瀬氏は語る。

文芸や哲学の世界に浸りながらも、まだ自分自身の向かうべき領域を定めきれていなかった佐瀬氏は、幅広い世界を学べる場所として慶應義塾大学の環境情報学部に入学する。メディアやIT、生命工学や建築、政治経済などの多様な領域に触れ、興味の矛先が向いたのが広告やメディアの分野だった。

「就活を始めた当初はコピーライターに憧れていました。コピーライターの仕事は芸術的な感性をビジネスにつなげて、マーケティング課題を解決する仕事です。自分の指向性とも合致すると思いました」

しかしコンサルティング業界との出会いが佐瀬氏の考え方を変える。問題解決そのものが主題である点に強く惹かれたという。広告やメディアも問題解決の手段のひとつだが、コンサルティングファームでは、より幅広い問題解決に関わることができる。解決手段がひとつに絞られないという点は、多様な領域に関心を持つ自分の性格にも合っていたと佐瀬氏は振り返る。


一人の力の限界を知ること


入社当初、実は佐瀬氏は5年を目途にビジネスマンとして必要な経験を積み、その後は起業するというキャリアプランを描いていた。だがコンサルタントとして実際のプロジェクトに関わるようになって、その魅力に気付く。

「コンサルティングはやればやるほどに面白い仕事でした。同じプロジェクトはふたつとしてありませんし、その都度新しいチャレンジがあります。さらに、チームで協働することも私が元来好きなことですし、なおかつ自分達の成果によってクライアントに喜んでもらえるのも嬉しい。志を持ったメンバーを集めてマネジメントするのは、自分で小さな会社を経営しているのとほとんど変わりません」

この会社で成長していこうと心に決めた佐瀬氏にとって、転機になったプロジェクトがある。入社3年目で参画した某自動車部品メーカーのITシステム導入プロジェクトだ。そのときの自分の全力を出し切ったものの、結果的にカットオーバーが予定より遅れてしまった。しかし、クライアントも周囲の仲間たちも佐瀬氏の努力を認めてくれており、社内外含めて佐瀬氏を批判する者は誰もいなかった。最終的にはクライアントや仲間たちと力を合わせて難局を乗り切ったのだが、この経験を通じて佐瀬氏は自分一人にできることの限界を感じたという。

「今思い返せば清々しい失敗経験ですね。当時の思い出は今でもクライアントや仲間と話をすることがあります。自分の能力が足りないというのはコンサルタントが最初にぶつかる壁。そして自分の力ではどうにもならない、個人が出せる価値には限界があるというマインドセットに変わることが必要です。自分一人の力でどうにもできないのであればメンバーを尊重し、チームとして価値を出していく。それがコンサルティングファームにいることの意義だと考えています」

佐瀬 真人


未知の問題だから、解きたいと思う


コンサルティングニーズの変化に伴って、求められる人物像も変わってきている。かつてのコンサルタント像は、論理的思考ができて、コミュニケーション力が高いという共通項があった。佐瀬氏によれば、そうした素養も今も一定程度は必要ではあるものの、特に必要とされているのは「尖った」何かを持った人物だという。

「理系学生は、それぞれの研究領域がありますが、自分の専門領域を極めることはとても重要です。研究内容が必ずしも業務と合致しなくても、その過程で経験する努力や苦労は、コンサルタントとして成長するプロセスと近いものがあります」 佐瀬氏がこれまでを振り返って思い出すのは、苦しかったプロジェクトばかりだと言う。だが、苦しいときほど成長を感じられる。むしろ難しい仕事でなければやる意味がない。「解けない問題だからこそ、解きたいと思う」と佐瀬氏は話す。まさに理系が向き合う世界と同じだと言えるのではないだろうか。

「見ただけで解き方がわかる問題は、時間さえかければ解決できます。それよりも、解き方が思い浮かばない、一人では解けない難題ほど面白いですね。そして解決すると、達成感を得られるだけでなく、クライアントにも価値を提供できる。それがコンサルティングの醍醐味です」 現在は世の中が大きく変わるタイミングにある。絶対に起きないと思われていることが現実に起こる時代だ。5年後や10年後のことさえわからない。デジタルを中心に新しいサービスが次々と生まれてイノベーションが起こっていく。

「イノベーションには若い感性が必要です。今までは経験値が重要な意味を持つ時代でしたが、今は逆に、経験していないということがむしろ強みになり得ます。若い人たちにしか出せない斬新な発想で価値を生み出してほしいですね。明確な未来のビジョンを持つのはなかなか難しいと思いますが、少なくとも実現したいことを見つけようとアンテナを張って、いつでも走り出せる準備態勢をつくっておいてほしいです」