トップインタビュー(オムロン サイニックエックス株式会社 代表取締役社長 諏訪正樹)


1960年代初頭の日本は、戦後の混乱期を乗り越え高度成長に沸いていた。その時代に「モータリゼーションの進展による大規模な交通渋滞」という社会課題を予測し、世界初の全自動感応式電子信号機を開発したのが、オムロン株式会社だ。創業者の立石一真氏は、「社会のニーズを先取りした経営をするには、未来の社会を予測する必要がある」という考えから「サイニック(SINIC)」という未来予測論を打ち立て、数多くのイノベーションを創出してきた。2018年、その「サイニック」を冠する新会社オムロン サイニックエックスが立ち上がった。AI、IoT、ロボティクスなど技術が急速に発展する中、オープンイノベーションによる“近未来デザイン”の創出を推進していくという。その代表に就任した諏訪正樹氏に、キャリア構築やイノベーションへの想いを聞いた。


PROFILE

諏訪正樹(すわ・まさき)
オムロン サイニックエックス株式会社 代表取締役社長

 

1968年、京都府生まれ。1997年、立命館大学理工学研究科博士後期課程修了後、オムロン株式会社入社。信号処理、機械学習のアルゴリズム、3D画像計測原理、計測アルゴリズムの研究開発に従事。2018年2月、オムロン サイニックエックス株式会社代表取締役に就任。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科、九州工業大学生命工学研究科客員教授。クラシックギター、サッカーなど多趣味。長く京都で生活してきたが、新会社立ち上げにより東京に転勤。東京に来て良かったのは「ライブやコンサートがとても多い」こと。忙しい中で時間を見つけては、音楽イベントに足を運ぶ。

 

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オムロンのイノベーション精神を体現する新会社


社会の変化を先読みしたイノベーションを得意とし、自動券売機・改札機やATMなど数々の“世界初”を生み出したオムロン。社会がまだ気付いていない潜在的なニーズを創造し、実現する―創業者である立石一真氏が掲げた「ソーシャルニーズの創造」は、オムロンの価値観として受け継がれている。

今、私たちは「AI」「IoT」「ロボティクス」といったディスラプティブ(破壊的技術革新)に直面している。このような環境の中、オムロンは技術革新をベースに近未来を具体的にデザインし、その実現に必要な戦略をバックキャスト(未来を演繹的に予測する手法)で明確に描いて実行する「技術経営」を強化。2018年には、技術経営を体現しドラスティックなイノベーションを生み出す新会社、オムロン サイニックエックス(以下OSX)を立ち上げた。その代表を務めるのが、3Dセンシングのトップランナーとして、オムロンで研究を続けてきた諏訪正樹氏である。

OSXは、オムロン本社のある京都から離れた東京都文京区本郷に拠点を構える。組織としても本体と距離を置いた“出島”のような存在だ。「OSXが既存の組織と大きく異なるのは、オープンイノベーションで近未来をデザインしていくという点です。グループ内だけではなく、私たちの想いに共感してくださる国内外の優秀な研究者や専門家と協業し、既存事業にとらわれずオープンにディスカッションを行っています」


人類と機械が、対立せず共生する世界を描く


「近未来デザイン」といっても、単なる未来の夢想ではない。OSXでは具体的な未来の姿を社会実装までデザインしている。「現在から積み上げるフォーキャストではなく、未来から現在を見るバックキャストで議論を行い、近未来にはどんな課題に対してどんな技術がどんなシステムで社会実装され、そこには誰がどう関わっていくのか。“超具体的”なアーキテクチャを設計していきます」。それは当然、容易なことではない。20年前に、スマホの出現やそれに伴う社会の変化を誰が予想できただろうか。そこには極めて高度なテクノロジーの知見やイマジネーションが求められるため、OSXのメンバーにはAI、IoT、ロボティクスといった各分野の第一人者が集結している。

近未来デザインのアーキテクチャには、客観的な予測だけではなく、自分たちがどのような未来や世の中を望むのかという“意志”や“思い入れ”が少なからず含まれるということも、大きなポイントだ。例えば、「AIは人の仕事を奪うのか」という議論に対するOSXの答えは、ノーだ。「人と機械は、互いに補い合い発展してきました。過去、自動券売機や改札機ができた時も、『機械が駅員の仕事を奪うのでは』という懸念がありました。しかし現実には機械に仕事を任せた分、より創造的な業務に人は集中できるようになりました。人類とAI、両者が対立せず共生していく。そんな世界を創りたいというのが、OSXの意志なのです」


オムロン サイニックエックス株式会社 代表取締役社長 諏訪正樹


研究を実社会に役立てたいと考え、博士号取得後オムロンへ


京都府長岡京市で生まれ育ち、立命館大学に進学した諏訪氏。大学では信号処理を研究し、博士後期課程を修了した。「ただ、後期課程修了後は大学に残らず、企業に就職することを当初から決めていました。ずっと研究室に籠って研究を続けるというよりは、専門スキルや研究結果を世に出し、社会に役立てていきたいと考えていたからです」

後期課程3年目の夏、博士号取得のめどが立った諏訪氏は、就職活動を開始する。既に多くの企業が採用募集を締め切っていたが、3社の最終選考に進むことができた。その1社が、オムロンだった。「オムロンに見学に行ったとき、他の2社にはないベンチャースピリットを感じました。実社会に繋がる仕事ができるオープンな風土が自分に合うと思い、その日に入社を決めたのです」

1997年、諏訪氏はオムロンに入社。そこから20年、画像センシング領域を中心にキャリアを歩んでいく。転機となったのは、入社2年目から関わった「道路交通センサ」の開発だ。これはオムロンの道路交通ソリューションのコアとなる技術で、道路上の車両台数・速度・車種などの交通情報を収集し、安心・安全な運行を提供するインフラともいえる存在だ。ここで、カメラを使って距離を測る3D計測技術の面白さにどっぷりとはまった。そこから諏訪氏は、3D画像センシングのトップエンジニアとしてキャリアを築いていった。

そして2017年、オムロン社内でイノベーションプロジェクトが立ち上がり、メンバーとして参画していた諏訪氏にOSX代表就任の打診があった。そこから2018年2月の立ち上げまで半年。「バックキャスト型オープンイノベーション」という社内でも社外でも前例のない中、急ピッチで立ち上げは進められたという。


博士の強みは、「キャッチアップ力」と「本質的な課題設定能力」


世間では博士就職の難しさを伝える声もあるが、諏訪氏に博士就職についての考えを聞いた。「デメリットはないと思います。むしろ、アドバンテージだらけですね。ビジネス現場でも活きる博士の強みは、『専門分野と異なる領域に出会っても素早くキャッチアップできるスキル』です。大学の研究テーマと、企業で任される仕事の領域が、100%一致することはほぼありません。その時、スピーディーに新たな知識を習得することが求められますが、このスキルは博士課程の経験の中で培われていくものだと思います」

諏訪氏はもう一つ、博士の強みとして「課題設定能力」を挙げる。「少なくとも私の学生の頃は、日本の学校教育は問題が予め用意されており、それを解く力が高い人が評価されるような仕組みでした。しかし企業は、社会や顧客のニーズから課題設定して、技術を実装していくことが必要です。博士が長けているのが、この課題設定能力。これからの時代、特にこの能力が求められるようになるでしょう。なぜなら、昔のように分かりやすい課題が至る所に転がっているわけではないからです」。“より速く、より小さく、より軽く”など分かりやすい仕様が求められる時代は終わり、今は激動かつ混沌の中から本質的な課題を新しく見つける時代。博士の高度な課題設定力が社会で求められているのだ。


オムロン サイニックエックス株式会社 代表取締役社長 諏訪正樹



世の中も企業も変わる。その中で、考えるべきこと


理系学生に向けて就職活動やキャリアについて話をする機会が多いという諏訪氏。エンジニアを目指す学生には、「4つの言語の使い手となれ」という話をよくするという。考えを掘り下げるための「母国語」、グローバルにコミュニケーションするための「英語」、自然や科学との本質的な対話を行うための「数学」、機械と対話するための「プログラミング」だという。また、就職先を選ぶ際のポイントについては次のように語ってくれた。

「“職に就く”とは何か、今一度しっかりと考えてほしいですね。多くの学生が就“社”活動になりがちです。しかし、どこの会社に入るのかという観点で就職を決めるのは、全く意味がありません。会社は変わります。特に今は、事業売却や再編などが当たり前に起こる世の中です。『会社に入る』という思考から脱却し、何になりたいのか、どんな仕事をしたいのか、本質を掘り下げて考えてください」

実際に就職活動を行う上での心構えとしては、「インプット思考からアウトプット思考への転換」をアドバイスする。「日本型教育の課題でもあるのですが、学生時代はずっとインプット重視で、知識をどれだけ入れたかを問われます。しかし社会で求められるのはアウトプット。知識や経験を使って何を生み出すかが重要です」。企業にアピールする際、自分がインプットしたことよりも、それによってどんなアウトプットができるのか、思考を転換することが重要なのだ。


キャリアは、予期せぬ偶然の出来事で作られていく


「天職に出会うにはどうすればいいのか」という相談も受けるというが、「天職がどこかで待っているなんて幻想は今すぐ捨てた方がいい」という。「『Planned Happenstance Theory(計画された偶発性理論)』というキャリア理論があります。個人のキャリアは、予期せぬ偶然の出来事や出会いの連続で形成されていきます。私自身、大学の専攻も、就職も、OSXも、すべて何らかのご縁によるものです。長期的にキャリアを計画して実現したというよりは、目の前のことに悔いの残らないよう取り組むようにしてきたことの積み重ねだと思っています。その時その時の環境で、最善を尽くす。それが結果的に次の良い偶然の縁に繋がっています。つまり、天職はどこかであなたを待っているわけではなく、縁あって出会った目の前のことを一生懸命やっていく中で、作られていくものです」

「理系学生は研究で忙しいから就職活動に手をかけられない」とよく聞く。それはポジティブに捉えれば、一生懸命になれる研究との縁があるということで、胸を張っていいと諏訪氏。「それだけ忙しく没頭できる研究をしているということが、そのままあなたの長所になります。そういう学生は企業にとって、非常に魅力的です。きっと次の良い縁に繋がっていくと思いますよ」。今ある環境で、まず全力を尽くす。その積み重ねが振り返った時に、天職に続く轍となっているのだろう。