トップインタビュー(エルピクセル株式会社 創業者/代表取締役(CEO) 島原佑基)


“第3次AIブーム”と言われる昨今。医療や製薬といったライフサイエンス領域においても、それは例外ではない。「病気を早期かつ正確に発見することができたら」「治療法や新薬開発が、もっと早く進んだら」--人類が抱える、切なる願い。世界的な企業や大学、研究機関がしのぎを削るこの領域で、注目を集める東大発ベンチャーがある。ライフサイエンス領域の画像解析に強みを持つ、LPixel(エルピクセル)だ。CEOの島原氏は、IT企業に勤めながら同社を創業。以来、順調に成長を続けているエルピクセルとはどのような会社なのか、そして島原氏のキャリア観とは--。


PROFILE

島原佑基(しまはら・ゆうき)
エルピクセル株式会社 創業者/代表取締役(CEO)

 

東京大学大学院修士(生命科学)。大学ではMITで行われる合成生物学の大会iGEMに出場(銅賞)。研究テーマは人工光合成、のちに細胞小器官の画像解析とシミュレーション。グリー株式会社に入社し、事業戦略本部のちに人事戦略部門に従事。他IT企業では海外事業開発部にて欧米・アジアの各社との業務提携契約等を推進。2014年3月に研究室のメンバー3名でエルピクセル株式会社創業。現在、ライフサイエンス領域における画像解析システムの研究開発をはじめ、研究者教育にも力を入れている。“始動 Next Innovator 2015(経済産業省)”シリコンバレー派遣選抜。“Forbes 30 Under 30 Asia(2017)”Healthcare & Science部門のTopに選ばれる。

 

≪エルピクセルのHPはこちら≫



AIによる画像解析で、医療の診断や研究を支援


エルピクセル株式会社は、医療や製薬、農業といったライフサイエンス領域におけるAI・画像解析ソリューションを提供する、東大発ベンチャーだ。2014年の設立以来、毎年規模を倍増させ、現在は60名ほどの組織に成長している。大手町に構えるオフィスには、ライフサイエンスやAIの知見を持つ多様な国籍の人材が集う。

「21世紀は、ライフサイエンス×ITで最もイノベーティブなことが起こる時代」と話すのは、創業者でありCEOの島原佑基氏。生物学は膨大な情報を抱えているが、20世紀まではその情報を解析することはできなかった。しかし、近年におけるテクノロジーの急速な発展により、「生物とは何か」がより詳細に解析できるようになったのだ。エルピクセルは現在ある情報をつぶさに解析すべく、2つの領域で事業を展開している。

1つは、『医療画像の診断支援』だ。現在はMRIやCTといった撮像機器の飛躍的な高度化により、3次元かつ大量の画像を撮ることができるようになった。しかし、人間の情報処理能力そのものは、テクノロジーのように指数関数的に向上するわけではない。医師によって診断にもバラつきがあり、時に不幸な誤診が起こってしまうことも現実だ。そこで膨大な情報と人間の処理能力のギャップを埋め、医療画像の診断をサポートするAIを開発し、効率化と精度向上に取り組んでいる。まずはミスや見逃しを防ぐ。そしてゆくゆくは、人間の情報処理能力を超える新しい医療を受けられる世界の実現を目指しているのだ。

2つ目は、『ライフサイエンス領域の研究支援』だ。医療診断と同じく、研究分野でも、顕微鏡など機器の高度化によって大量のデータを扱えるようになったが、研究者の情報処理能力は変わらない。研究者が本来の研究に集中できず、膨大な情報の解析に忙殺されてしまっているのだ。そこでAIが情報解析をサポートし、研究者がクリエイティブな発想に時間を割けるようにすることで、研究の効率化・高性能化を支援している。

エルピクセルが現在特に注力しているのは、医療画像診断支援領域だという。「創業した2014年頃は、まだ医療業界にAIは浸透していませんでした。しかし、この2年ほどでAIブームが医療現場にも広がり、医師からの問い合わせも増えてきたのです。ただ、3年~5年先を見ると、同じような風が製薬業界に吹き始めることは間違いありません。そこで、製薬領域への種まきも実施しているところです」。同社は海外展開も着実に進めている。まずはボストンにオフィスを設立し、今後は東南アジアや中国など、成長市場においても機会を模索していくという。


IMACEL(イマセル)とEIRL(エイル)

研究者の画像解析を支援する『IMACEL(イマセル)』、医療画像を中心に独自の人工知能アルゴリズムで医療画像診断を支援する『EIRL(エイル)』


研究者のキャリアの第3局、そして「大学発ベンチャーのロールモデル」へ


島原氏がエルピクセルの経営において意識しているのは、「研究室と企業の中間」だという。「私自身の経験ですが、研究者としてのキャリアを考えた時、理想的な環境がほとんどありませんでした。大企業では研究者は細分化された業務を遂行する1つのパーツにすぎず、クリエイティビティが発揮しにくい。また、企業の利益が第一であり、制約が多いと感じました。一方、大学もそれほど自由ではありません。競争的資金のプレッシャーもあり、自分が思い描く世界を実現するための研究を本気で推進するには、起業してその道を作るしかないと考えたのです。『大企業の研究職か、大学の研究室か』の2択ではなく、研究者が自分の好きなことを追求できるキャリアの第3局を創りたいと考えています」

また、エルピクセルはサブミッションとして「大学発ベンチャーのロールモデルになる」ことを掲げている。「結局、『大企業か、大学か』の2択になってしまうのは、身近にその他の選択肢を歩むロールモデルがないからです。シリコンバレーに起業家が多いのは、成功事例が身近にたくさんあるからでしょう。しかし、今の日本の研究者が研究室を出て起業し、成功した事例は非常に少ない。そこで我々がロールモデルとなっていきたいと考えています」


21世紀は、生物をエンジニアリングできる時代だ


幼い頃はスポーツ少年で、プロ野球選手に憧れていたという島原氏。野球に打ち込む中でも、建築家の祖父やエンジニアの父の影響を受けたのか、モノづくりは好きだったという。高校生までの夢は、自動車のエンジニアだった。「電気自動車が一般的になり、自動運転の技術も発展する、21世紀ならではのクルマを作りたいと考えていました」。クルマ好きが高じてガソリンスタンドでアルバイトをしていたほどだ。

しかし大学受験が迫ったある日、島原氏は進路を大きく転換する。「山中伸弥教授のiPS細胞発見のニュースを見て、『21世紀は生物をエンジニアリングする時代だ!』と、直感したのです」。そこから急遽、生物に転向。大学から生命科学を専攻する。しかし、島原氏のスタンスは“エンジニア志向”で、純粋な生物学とは異っていたという。

グローバル展開にも力を入れているエルピクセルだが、その原点となったのは島原氏が学部4年生の時に参加した合成生物学の大会「iGEM(アイジェム)」だ。MIT(マサチューセッツ工科大学)で開催され、“生物版ロボコン”とも言われるiGEM。そこで初めて海外に渡った島原氏は、中国の台頭に衝撃を受けたという。「23カ国130チームの中で、圧倒的に優れていたと感じたのは北京大学をはじめとする中国の学生でした。世界の勢力図が大きく変わりつつあることを実感したのです。今後はグローバル視点が不可欠だと実感し、英語を本格的に勉強するようになりました」

就職活動でもグローバルが1つの軸となった。「テクノロジーに国境がない以上、間違いなくビジネスはグローバル化します。しかし、私は海外留学の経験がありません。そこで海外展開を活発に行っている会社を選択しました」。もう1つの軸が、ビジネス経験を積むことだ。「就職せずに起業するという選択肢もあったのですが、社会経験がないままでは悪い大人に騙されそうだと思って(笑)。そこで、ビジネスの世界で武者修行をすることに決めました」。大手企業の研究職の内定もあったが、早く成長するにはベンチャー企業が一番だと考え、ITベンチャーへの就職を決意した。


エルピクセル株式会社 創業者/代表取締役(CEO) 島原佑基


週末起業家から、専業へ。そして、シリコンバレーで受けた衝撃


その後、同業他社に転職をした島原氏。副業が許されていたこともあり、2014年に大学の研究室仲間2人と共に起業する。共同創業者の2人も研究室に所属しながらの起業だったという。全員が副業としての起業を選択したのはなぜだろうか。「私たちが起業したのは、好きな研究を突き詰めるためです。仕事を辞めて起業すると、『お金を稼ぐために仕事をする』意識が強くなり、本来の目的を二の次にしてしまう可能性があります。そこで最初の1年は全員給与ゼロで好きなことを追求することにしたのです」

副業が本業となる日は驚くほど早く訪れた。想像を超える問い合わせがあり、週末起業家のままでは抱えきれないほど仕事が寄せられたのだ。そこで島原氏は会社を退職してエルピクセルの運営に専念する。

エルピクセルは、受託業務や共同研究により、安定した基盤を築いていた。大きなリスクを取らずとも、長く理想的な研究を続けられたはずだ。しかし同社は2016年に7億円、2018年には30億円ものファンドレイジングを実施。島原氏にスタンスの変化をもたらしたのは、経済産業省のグローバル起業家等育成プログラムの一環で、シリコンバレーに派遣されたことだ。「シリコンバレーで目の当たりにしたのは、起業家たちがリスクマネーを背負って破壊的イノベーションを創出し、世界を一変させていく姿。そのスピード感と規模感に圧倒されました。この経験がなければ、今のように大型ファンドレイジングを実施し、大きく世に打って出ることはなかったでしょう」


キャリアの選択肢は2つだけではないし、“不可逆”でもない


様々なターニングポイントを経験してきた島原氏に、キャリア形成におけるアドバイスを聞いた。「就職するか研究室に残るかなど、学生はよく選択肢は2つだけしかなく、一度決めたら後戻りはできないと考えがちです。しかし、キャリアというのは、一方通行ではなく行ったり来たりできる大きな道。不可逆的に考えず、気負いすぎず、まずは直感を信じて決めてみることをお勧めします」。就職した後に研究室に戻ることもできるし、社会人ドクターという選択肢もある。島原氏自身も、現在は社会人ドクターとして研究室に所属しているという。

「研究に未練もあるしビジネスにもトライしたいのであれば、就職して平日は企業のアセットでビジネス経験を積み、土日は研究をすることもできます。その後で1つに絞ったり、2足の草鞋を履き続けたり、3足に増やしたり、好きなことや適性に合わせて柔軟に選択すればいいのです。とにかく興味があることは、やってみればいいと思います。起業も同じで、とにかく一歩踏み出してみないと自分に向いているのか否か分かりません。すぐに起業するのが難しければ、スタートアップでインターンをしてもいいでしょう。まずは行動すること。ずっと悩み続けたり、セミナーばかりに行って頭でっかちになったりするより、現場で色々経験して最終的に選択する方が、ずっと格好いいですよね」