トップインタビュー(チームラボ 代表 猪子寿之)


みんなが描いた魚の絵がスクリーンで泳ぎ出す『お絵かき水族館』や、手元のスマートフォンでオーナメントを選んでスワイプすると、屋外で立体的に投影されたクリスマスツリーに飾り付けられる『チームラボクリスタルツリー』など、いま話題のデジタルアートで注目を集めているチームラボ。「デジタルアートで社会に影響を与えたい」という猪子氏にアートが持つ可能性や理系学生へのメッセージを聞いた。


PROFILE

猪子寿之(いのこ・としゆき)
チームラボ 代表

 

1977年生まれ。2001年、東京大学計数工学科卒業時にチームラボ設立。チームラボは、様々な分野のスペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート、サイエンス、テクノロジー、クリエイティビティの境界を越えて、集団的創造をコンセプトに活動している。

 

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世界に影響を与えるデジタルアート


この夏、お台場で開催されたデジタルアート展『DMM.プラネッツ Art by teamLab』。来場者の眼前に広がったのは、まるで宇宙空間や万華鏡の中に入り込んだかのような、体験したことのない幻想的で刺激的な空間だった。『DMM.プラネッツ Art by teamLab』は入場までに最大5時間待ちとなるなど多数の観覧者が詰めかけ、大盛況のうちに幕を閉じた。

チームラボのデジタルアートに対する注目は国内だけにとどまらず、これまでにニューヨーク、ロンドン、パリなど、海外での展覧会も多数開催。2016年2月から7月まで実施予定だったシリコンバレーの展覧会は好評を受けて12月までの会期延長が決定し、シンガポールやソウルでは常設展が設置されるなど、世界各国で高く評価されている。

「チームラボのアートを通じて少しでも社会に影響を与えることができたら嬉しい。人類にとって意味のあるものを作りたい」そう語る猪子氏は、さらに世界を驚かせるべく次なるデジタルアートの制作に取り組んでいる。


「インターネットで社会が変わる」と衝撃を受け、起業を決意


猪子氏が生まれ育ったのは、祖父が開業した徳島県にある歯科医の家庭。曽祖父母、祖父母も一緒に暮らす4世帯住宅で一人っ子だった猪子氏は、さぞ大切に育てられたのかと思いきや、「決してそんなことはなかった」と話す。

「家族全員とにかく自己主張が強かったんです。『会話はドッジボールだ。ぶつけるか、よけるかどっちかだ』って教えられました。キャッチボールじゃないのかと(笑)。小学生のころは、自分で新しい遊びをルールから考えていました。階段を使ったリアルインベーダーゲームとか。ひとりの時は、ずっとマンガとか絵を描いて、両親から『勉強しろ』とうるさく言われた記憶もなく、自由にしていたので通信簿はだいたい真ん中くらいの成績でした」

それでも、理系科目は好きで「じっくり考えれば正解を導けるような問題は得意だった」という猪子氏。高校では、現象を抽象化して再利用可能な理論に落とし込んだり、その理論をもとに現象を予測できる物理の古典力学に面白さを感じたという。猪子氏の人生を大きく変えたのは、高校3年生の終わり頃か、大学に入学した頃に目にしたNHKのテレビ番組「新・電子立国」。その番組は、「インターネットによって情報社会が到来し、人類の三大革命に入るくらいの大きな社会変革が起こる」という内容だった。

「これから社会が大きく変わる、と衝撃を受けました。それなら、旧来の産業に入るよりも新しい産業に飛び込んだ方が得策だと考えたのです。その番組でもう一つ感じたのは、登場する企業がマイクロソフトなどアメリカ企業ばかりだったこと。『日本は大丈夫なのか』という想いも抱きました」

大学卒業と同時にチームラボを設立。東京大学と東京工業大学の工学部出身の5人とともにレコメンデーションエンジンの開発やWEBサイトの構築などからスタートした。そして事業を展開していくうちに、「日本の国際競争力を強くしていくために、日本の強みであるテクノロジーや文化を世界に発信したい」という想いが強まっていったという。

「日本の国際競争力の源泉は、テクノロジーと文化。テクノロジーはいうまでもありませんが、マンガやゲームといったコンテンツも世界からの評価が高い。自分も文化の作り手として世の中に発信したいという想いから、デジタルだからできるアート表現に取り組んだところ、想像以上の反響を得ることができました」

デジタルアート展『DMM.プラネッツ Art by teamLab』

デジタルアート展『DMM.プラネッツ Art by teamLab』。[1]Wander through the Crystal Universe [2]人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング - Infinity


サイエンスとアートの共通点は多く、人類に大きな影響を与えてきた


東京大学工学部出身で、アートを手掛けている猪子氏。一見、関連性の薄そうな理系とアートだが、「サイエンスとアートは似ている部分が多く、いずれも人類に与えてきた影響は大きい」と猪子氏は語る。

「歴史の教科書を思い出してください。名前を刻んでいる人物の多くは革命家やサイエンティスト、アーティストで、ビジネスで成功した人はほとんど出てこない。これは数百年単位で見た際の人類への影響力の違いで、サイエンスは私達の見える世界を広げ、アートは世界の見え方を変えることで世界に大きな影響を与えてきたんです。

サイエンスが見える世界を広げた事例を説明すると、例えばスーパーボールを100個同時に投げたとして、それらがどんな軌道を描いたか、私達は見えているように感じます。しかし、人間の目は極めて焦点が狭く、実際はその軌道をほとんど追えていません。軌道が見ているように感じるのは、人類が力学を理解していて脳が補完しているから。サイエンスのおかげで様々な場面で私達の見える世界が広がっているのです」

同様にアートが世界の見え方を変えた事例について、猪子氏は絵画における「雨」の表現を例に挙げて説明する。

「印象派を代表する画家ギュスターヴ・カイユボットによって1870年代に描かれた『パリの通り、雨』という絵画では、通りを歩く紳士は傘をさしているが、降りしきっているであろう雨は描かれていない。一方、日本の浮世絵師は、タイムラインを長くとらえてカメラのシャッタースピードを遅くした際に映し出されるように、雨を線でシンプルに表現しました。

雨は無数の微小な水滴が高速で落下しており、これを肉眼で認識することは不可能です。当時のヨーロッパでは“雨”という現象は認識していても、“見えていなかった”とも言えます。この複雑な4次元情報を、絵画では2次元情報に変換する必要がありますが、そこには無限の表現方法があり、どれが正解ということではない。このように、無限の解があるものに対して、何らかの提示をし、世界の見え方を変えるのがアーティストなのです」

浮世絵独特の表現手法や色彩が、ゴッホ、モネ、ドガといった西洋のアーティストに大きな影響を与えたのは有名だが、浮世絵が衝撃を与えたのは彼らだけではない。当時、浮世絵を見た人々の目に映る日常風景はそれ以降で大きく変わり、今では子供でも雨を描けるようになったのだ。

ギュスターヴ・カイユボット/歌川広重

[1]「パリの通り、雨」ギュスターヴ・カイユボット(Rue de Paris, temps de pluie) [2]1877年/下:「東海道五十三次 大磯」歌川広重 1833年



アートは人々の価値観、行動も変える


アートは世界の見え方を変えるだけでなく、人類の価値観を変える力もあると猪子氏は続ける。

「世界の見え方が変われば、美の基準が変わり、人の行動も変わります。1960年代にアメリカの芸術家アンディ・ウォーホルは、大量生産のスープ缶と、マリリン・モンローのスチール写真の色を変えてコピーを並べたアートを作りました。当時の価値観では、オーダーメイド品以外は高級品ではない、大量生産品はチープというのが常識でした。でも、マリリン・モンローと、スープ缶を大量に並べたアートはカッコ良かった。旧来の価値観を打ちこわし、人々の行動を変えたアートといえるでしょう」

ラグジュアリーブランドのルイ・ヴィトンやエルメスは、今でこそ世界中に展開して既製品を大量に提供している。しかし、当時のルイ・ヴィトンとエルメスは数店舗しかなく、オーダーメイドで一点物の製品を数カ月かけて顧客に提供するというビジネスモデルだった。アンディ・ウォーホルだけの影響ではないかもしれないが、もし、彼がいなければルイ・ヴィトンは既製品を生産することなく、いまだに数店舗で富裕層向けにオーダーメイド製品を作っていたのかもしれない。

「世界的に見ると、アートによって美の基準が変わり、人の行動に影響を与えることで産業構造を変えている事例は少なくない。自分たちのアートを体験した人々の価値観が変わり、100年、200年後に影響を与えられると嬉しいですね」

チームラボの作品

[1]Sketch Aquarium/お絵かき水族館 [2]teamLab Crystal Tree/チームラボクリスタルツリー


サイエンスの応用対象は自然現象から人間へ


理系の視点を持ちながらアートを次々と生み出し、世界から高い評価を得ている猪子氏から、これから社会に出る理系学生に向けてメッセージを聞いた。

「サイエンスとは様々な現象の中から汎用性の高い『再現可能な知を見つけ出す』ことで、それこそが理系の強み。産業革命から20世紀までは、物理現象から見出した法則に基づいて技術をつくり、蒸気機関車や自動車など様々なモノを生み出してきましたが、21世紀はデジタルの世界が広がることで『人間に法則性を見出し、人間に返す』というケースが出て来ました。例を挙げると、Googleの検索アルゴリズムは人間の行動パターンを法則化し、より便利になるよう検索順位を洗練してきました。自動車はスピードや燃費で定量的に評価できますが、Googleが世界中で支持された理由を数字で説明するのは難しく、利用した人間が『気持ちいい、快適だ』と感じたから。つまり、21世紀は人間の感動することが産業になったのです。

これまでは物理現象だけを対象としていたサイエンスの考え方を拡張し、人間の社会に応用することが理系には求められています。サイエンスの視点で人間の領域を拡張していくのは面白く、その応用領域はさらに広がっていくでしょう。専門知識はその分野にしか活かせませんが、理系の考え方はいろんな領域で活かせる。自分はそれがアートだったけど、新しいフィールドを開拓したら面白いんじゃないかな」