市場が急速に変化する昨今、企業の経営判断はこれまで以上に困難を極めている。そうした中、経営課題に対して科学的なアプローチを行う先進的な企業がある。独自のソフトウェア「Test & Learn®」による予測分析を提供し、企業の意思決定を支援するアプライド・プレディクティブ・テクノロジーズ(以下、APT)だ。同社は米国ワシントンD.C.に本社を構え、多くのグローバルトップ企業を利益改善に導いている。
APTでは、ハーバードやマサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業した理系人材が多く活躍している。その創業者であるアンソニー・ブルース氏も理系出身だ。投資銀行、コンサルティングファームといったキャリアを経て起業に至った背景や、これから社会に羽ばたく学生に向けたキャリア形成のアドバイスを聞いた。
アンソニー・ブルース
アプライド・プレディクティブ・テクノロジーズ CEO(最高経営責任者)
イェール大学 数学・経済学専攻
スタンフォード大学ビジネススクール MBA
イェール大学卒業後、1989年にモルガン・スタンレーの投資銀行部門に入社。1991年にマーサー・マネジメント・コンサルティングに転職し、コンサルタントとして世界中のビジネス課題に触れる。その後スタンフォード大学でMBAを取得し、マッキンゼー・アンド・カンパニー社の金融機関担当のコンサルタントとして5年間活躍した後、1999年にAPTを共同創業する。趣味はピアノの弾き語り。また、カラオケではジャスティン・ビーバーを歌うなど、新しいもの好き。
ビッグデータの予測分析で、企業の変革を支援
企業経営において、「勘や経験」に基づいた意思決定が通用しにくくなっている。市場の動きは早く、消費者行動も複雑化しているからだ。「良い商品を生み出す企業が勝つ」時代は終焉を迎え、マーケット動向や消費者心理を科学的に検証した上で合理的に意思決定を行わなければ、生き残りは難しい。しかし新たな施策を実行する際、何を根拠に判断すべきだろうか。一歩間違えれば大きな損失につながるため、迷いを抱える企業は多い。
そうした企業の経営課題に対して、APTはビジネス実験のデータ分析による独自のソリューションを提供している。自社開発のソフトウェア「Test & Learn®」を活用したビッグデータ分析を行い、商品の価格設定を変更した際の売上の変化や、販促の効果などを予測し、アドバイスを行っているのだ。
APTのソリューションにより、企業は想定した施策の成否を事前に見極め、自信を持って意思決定ができる。たとえば日本の外食企業すかいらーくでは、「Test & Learn®」を活用して主力商品の値下げを決断した。499円の商品を399円に値下げした場合の効果を一部の店舗で事前に実験・分析。その成果が予測できたことで、自信を持って値下げに踏み切ることができ、売上向上につながったのだ。
150社あまりのAPTのクライアントは、いずれも業界を代表する企業だ。米国では小売企業上位100社のうち45社、レストランでは上位50社のうち20社、金融機関では上位25社のうち7社、他にもメーカー、ホテル、通信企業など多様なトップ企業が、APTの支援によりイノベーションを実現している。たとえばある大手小売企業のクライアントでは、商品価格、商品構成、設備投資、棚割りなど、多くの意思決定がAPTのソリューションをもとに行われているという。
日本進出は2013年とまだ日は浅いが、すかいらーくの他にもアサヒビール、ゲオといった先進的な企業が既に成果を出している。高度なテクノロジーと科学的な思考をビジネスの現場に取り入れるAPTは、複雑化が進むマーケットにおいて企業が進むべき道を示す羅針盤ともいえるだろう。
応用数学の研究に取り組む中で得た、「数学をビジネスの場で活かしたい」という想い
APTの創業者であるアンソニー・ブルース氏は、子供の頃から数学が大好きだったという。「政治や歴史といった学問とは違い、数学には曖昧さがなく、明確な正解・不正解があります。そこに魅力を感じていました。もちろん成長するにつれ、必ずしも明確な正解が出せないこともあると気が付きましたが、当時の私は数学が必ず正しい答えを導き出せると考えていたのです」
イェール大学では、応用数学と経済学を専攻し、学生自治会の副会長も務めたそうだ。大学卒業後のキャリアについてヒントを得たのは、不動点定理の研究に取り組んだ時だった。「ココナッツの毛を、逆毛を立てず全部同じ方向で剥くための不動点を見つけるというテーマに取り組みました。非常に難しい研究でしたが、ふと思ったのです。これはココナッツだけで終わらせるのではなく、ビジネスにも応用できないだろうか、と」
ブルース氏は数学の他に、コンピューターにも強い興味を抱いていた。しかし1989年当時、テクノロジーがビジネスにもたらすインパクトは、それほど大きくはない時代だ。そこで、専攻分野の応用数学とファイナンスの知識を活かせるモルガン・スタンレーの投資銀行部門への就職を決めたという。
最初のキャリアの転機は、入社2年後に訪れる。「投資銀行業務を通じて多くの企業に携わる中で、ファイナンスにとどまらず、“いかにビジネスを発展させていくか”といった経営課題に興味を持ちました。そこで、次なるステージとしてコンサルティングファームでのキャリアを選択しました。そこで各国の多様な経営課題に触れる非常に良い経験を積めました」
ここでブルース氏が得たのは、コンサルタントとしての経験だけではない。後にAPTを共同創業する2人と出会ったのだ。彼らもブルース氏と同じく、理系分野のバックグラウンドを活かして企業の経営課題に対するソリューションを提供していた。
経営コンサルタントの経験で感じた、テクノロジーとデータの重要性
その後ブルース氏は、コンサルタントとしてさらに成長するため、スタンフォード大学でMBAを取得。1994年、世界的な戦略系コンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニー社の金融機関担当のコンサルタントとなる。
「数学を用いて、企業の経営支援を行う仕事には満足していました。しかしIT技術の発展に伴い、ITを活用して、より価値ある提案を提供したいという気持ちが湧いてきたのです。また、プロジェクト単位で支援にあたるのではなく、企業が自ら課題を解決するための根本的な能力を提供したいとも考えました」
APT共同創業者となる2人も、ブルース氏と同じことを考えていた。3人が着目したのは、企業が保有する膨大なデータだ。
「コンサルタントとして経験を積む中で気づいたことは、企業は様々なデータを持ってはいるが、有効活用できていないということ。どんなに成功している企業であっても、データを正確に分析するのは不得意です。人間は自らの経験や思い込みにより偏った判断をしてしまうからです。さらに面白いことに、多くの人を集めて議論をすればするほど、正確な分析からは遠ざかってしまいます」
テクノロジーをもとに企業の正しい意思決定と変革を支援したいという想いが、3人を突き動かした。こうして1999年、彼らはAPTの創業に至ったのだ。 クライアントも、ソフトウェアもない状態からスタートしたAPTは、創業15年あまりで多様な業界のトップ企業から信頼される存在となった。
「しかし依然として世界の多くの企業は、データを有効活用できていません。今後はさらに拡大することで、より多くの企業のイノベーションを支援していきたいですね」
ブルース氏はさらに先を見据えている。
グローバル社会の中の日本企業と、日本の学生への印象
2013年の進出以来、日本でのビジネスも急速に拡大しつつあるAPT。数々のグローバル企業を見てきたブルース氏は日本企業に対して、どのような印象を持っているのだろうか。
「日本企業はスマートで、ひたむきで、分析的な考えができる。必ず成功する力があると感じています。しかし世界の他の国と同じように、多くの企業ではまだデータを効果的に活用せず、感覚や経験に頼った判断を行っています。また『立場が上の人がそう言ったから』という理由で意思決定をしがちでもあります。しかしそのままでは、複雑でスピードの速いビジネス環境で行き詰まる企業もあるでしょう。今後は、データをもとに意思決定を行うイノベーティブな企業が生き残っていくはずです。ぜひAPTがその支援をしたいと思っています」
日本の学生に対する印象も聞いた。
「採用において譲れないポイントは3つ。学業での優秀な成績、物事に対して情熱を傾ける姿勢、そして同僚やクライアントと良好な関係が築けることです。日本人には、まさにこの3点を兼ね備えている人材が多いと思います。最近では『理系のバックグラウンドを活かして、テクノロジー、データ、ビジネスの融合に挑戦したい』という意識を持った理系学生が入社しており、嬉しい限りです。日本拠点も急速に成長しているため、ぜひ今後も積極的な採用活動を行いたいと考えています」
テクノロジーやデータを扱う企業でありながらも、やはり成長の核にあるのは「人」。人材に対するこだわりは非常に強い。実際にAPTで働く人材は、ハーバードやMITといったトップ校で優秀な成績をおさめただけではなく、仕事に対する情熱や、周囲と良い関係を築くことができる人材ばかりだという。ブルース氏は冗談交じりにこう言った。「私が採用試験なしでAPTの一員になれたことはラッキーでした」
どこで働くかよりも、誰と働き、誰から学ぶのかを大切に
自身も意志に基づいたキャリア形成を行い、そして多くのトップ企業や優秀な人材に接してきたブルース氏が、これから社会に出る学生にぜひ贈りたいというアドバイスは3つ。
どこで働くかよりも、誰と働き、誰から学ぶのかを大切にすること。できるだけ責任を引き受けて自分を成長させること。最後に、出張の時にはカバンを絶対に手放さないことだ。
「ブランドや知名度など、外面を重視して企業を選ぶ学生も多いのですが、それは少し残念なことに思えます。もっと会社の中に目を向けて、“この人と働きたい”“この人のもとで成長したい”といったフィット感を重視してもいいのではないでしょうか。
どのようなキャリアを描き、どう成長していくかは自分で築いていくものであって、用意された正解・不正解があるわけではありません。ですからキャリアの選択は、たとえば『商品の値段をいくらにするのか?』といった意思決定とは、まったく異なる判断軸で考えていく方がいいと思います。ぜひ自分の感覚を信じて、今後のキャリアを歩んでいってください」
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