トップインタビュー(株式会社リプロセル 代表取締役社長 横山周史)


2000年代初頭、日本に到来したバイオベンチャーブーム。「大学発ベンチャー1000社計画」など国を挙げた取り組みも追い風となり、バイオベンチャー企業は急増した。しかしブームから10年余、事業が軌道に乗っている企業は非常に少ない。そうした中、iPS細胞ビジネスのパイオニアとして成長しているのが株式会社リプロセルだ。同社を率いるのが、代表取締役社長である横山周史氏。東大で博士号を取得後、外資系戦略コンサルティングファーム、メーカーの新規事業開発を経て同社の経営に参画した横山氏のキャリアストーリーと、理系学生へのメッセージを伺った。


PROFILE

横山周史(よこやま・ちかふみ)
株式会社リプロセル 代表取締役社長

 

大阪府出身。1996年東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻 博士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー、住友スリーエム株式会社で勤務。2004年株式会社リプロセル入社。事業開発部長を経て、2005年代表取締役社長に就任。趣味はスポーツジムでの筋トレや水泳。

 

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ES細胞/iPS細胞ビジネスのパイオニア企業


世界で初めてヒトiPS細胞を用いた創薬支援事業を開始するなど、ES細胞/iPS細胞ビジネスの先駆者として注目を集めるリプロセル。iPS細胞を使った製品を本格的に事業化しているのは、世界でもまだ数社しかない。同社の設立は、ヒトES細胞が国内で初めて樹立された2003年。その樹立に成功した京都大学再生医科学研究所・所長(当時)の中辻憲夫教授と東京大学医科学研究所の中内啓光教授の技術シーズを基盤としてリプロセルは設立された。しかし当初は「事業計画も、人材も、資金調達もゼロからのスタートだった」という。そこで博士号ホルダーでありながらビジネス経験も豊富な横山氏が参画し、地道で着実な事業計画のもと、創薬への応用や研究試薬の開発を行っていた。

その後2006年に、京都大学の山中伸弥教授が新しい「万能細胞」としてES細胞と同様の性質を有するiPS細胞を世界で初めて作成することに成功した。その際、使用されたのがリプロセルの培養液だ。iPS細胞はES細胞とほぼ同一の性質を有する。そこで同社は蓄積してきたES細胞の技術をiPS細胞に応用し、iPS細胞事業を開始した。2009年にはヒトiPS細胞から作成した心筋細胞を世界で初めて製品化し、その後も神経細胞、肝細胞と、次々と「世界初」の製品を事業化。“iPS細胞の実用化といえばリプロセル”と言われるまでの存在となり、2013年にはJASDAQへの上場を実現した。

リプロセルの培養液

京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞を世界で初めて作成した際にリプロセルの培養液が使用された。


グローバル展開の加速、そして再生医療の市場を席捲する


上場後、リプロセルが積極的に進めているのがグローバル化だ。2014年以降、米国企業2社、英国企業2社を買収した。

「海外展開は以前からずっと方針として考えていたことでした。バイオ事業は日本国内だけでは市場が小さいのが実情です。そこで市場の大きな米国・欧州に拠点を設け、世界中の企業や研究機関がしのぎを削る中で、さらに事業を拡大させていきたいと考えています」

iPS細胞に関わる研究試薬の販売から細胞製品の作製、創薬支援サービスに至るまでワンストップでグローバルに提供できる体制を構築したリプロセル。同社が今後本格的に取り組んでいくのは再生医療の分野だという。

「“万能細胞”というとよく誤解されるのですが、不老不死になることはありません。しかしiPS細胞の応用によって、これまで不治の病と言われていた病気の根治や予防が実現できるようになる。非常に画期的ですよね。地道な研究と技術向上を続けることで、世界の人々の健康に貢献できるビジネスです」

経済産業省の市場予測数値によると、世界の再生医療市場は2020年には2兆円、2030年に17兆円、そして2050年には53兆円もの巨大市場へと成長する見込みだ。

「目指すのは、再生医療市場における世界№1企業。そのために重要なのは先行すること。誰も手を入れていない真っ白なキャンパスに、自分たちで設計図を描いて、具現化していくことが求められます」

iPS細胞という日本が世界に誇る技術により、ビジネスでも世界トップを目指す。リプロセルの挑戦はまだ始まったばかりだ。

iPS細胞・生体試料

リプロセルはヒトiPS細胞から作成した心筋細胞を世界で初めて製品化。その後も神経細胞、肝細胞など、次々と製品化に成功している。


研究室から飛び出し、ビジネスの世界へ


現在はバイオ企業の社長である横山氏だが、大学では応用化学で博士号を取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職、そして住友スリーエムに転職したというやや異色の経歴を持つ。研究者として大学に残ることは考えなかったのだろうか。

「もともと専門に強いこだわりもなく、大学で教授を目指すことにもまったく興味はありませんでした。そこで民間企業で実際に製品を作ったり事業に関わっていきたいと考え、就職することに決めました。しかし、就職活動の時期にミネソタ大学に短期留学をしており、帰国した時にはどの会社も採用活動は終了していたのです。大学の先生にも探してもらったのですが、残念ながらどこも受けることができませんでした」

時機を逸しどうしたものかと困っていた時、マッキンゼーが通年採用していることを知り、受けてみたところ採用が決まったという。研究室から飛び出し、ビジネスの世界へ。横山氏にとって大きな転機となった。

「これまで研究しか経験したことのない私にとっては、経営コンサルは考え方も物事の進め方も接する人たちも180度違う仕事。新鮮でしたし、ビジネス視点を磨けたことは後から役に立ちましたね」

終身雇用の概念は存在せず、早いスパンでキャリアを変えることが当たり前のマッキンゼーの中で、横山氏もキャリア形成について早い段階で考え始める。のんびりして後から「仕事がない!」と焦ってもそれは自己責任だ。そこで「早いうちに事業会社の経験を積もう」と、在籍約2年で住友スリーエムへの転職を決意した。

「スリーエムではプラズマディスプレイの部材開発の、新規事業のプロジェクトマネージャーを任されました。7年ほど在籍してプロジェクトに区切りがついた時、何か新しいことに挑戦したいと考えるようになりました。そうしたときに転職エージェント経由で経営者を探しているバイオベンチャーがあることを知ったのです」

それが、リプロセルと横山氏との出会いだった。当時はバイオブームであり、少子高齢化社会の中で必ず伸びる分野。何より、人の役に立つ仕事であることを魅力に感じ、横山氏はリプロセルへの入社を決意する。


「技術の向上」と「ビジネス展開」を両輪で考えることの重要性


冒頭でも触れた通り、当時のリプロセルは知財や基礎技術はあるが、製品も事業計画も資金もない状態からのスタートだった。当然あらゆる方向で苦労はあったが、特に横山氏が腐心したことの一つが、研究者の意識変革だという。

「当初は、大学と同じように基礎研究を行っていればいいという考えの社員ばかりでした。確かにリプロセルは研究開発型のベンチャーで技術力がコアの強みです。しかしそれだけではビジネスとして成立しません」

iPS細胞ビジネスの利点は、ひとつのコア技術から様々なビジネスが派生するということだ。たとえばiPS細胞から神経を作る技術の場合、それを製薬業界向けに使うと“創薬支援ビジネス”に、医療機関や患者さん向けに使用すれば“再生医療ビジネス”に、化粧品業界向けにすると“化粧品ビジネス”となる。しかしビジネスばかりでコア技術の向上をおろそかにしては本末転倒。技術力の向上とビジネスの発展、どちらが欠けても成り立たないと横山氏は言う。

「企業の中の研究開発のゴールは論文を出すことではなく、製品・サービスを生み出し事業化していくことです。そのために市場にどのようなニーズがあるのか、その製品やサービスは何のために使われるのか、いかにマネタイズしていくのか、ビジネスにつながる視点を持ってもらうために話し合いを重ねました。それがあったからこそ、数々の『世界初』を事業化できたのだと思います」

製薬会社向けの創薬支援サービス

リプロセルではこれまでに培ったヒトiPS細胞に関連する先端技術を基盤に、製薬会社向けの創薬支援サービスも手掛けている。


「研究の道しかない」という思い込みは、今すぐ捨て去ろう


大学院での研究、マッキンゼーでの経営コンサルティング、スリーエムでの新規事業立ち上げ―横山氏のキャリアには一見、関連性がないように思える。しかしリプロセルの経営者として、すべての経験が活かせているのだという。

「分野は違えども、研究者としての経験から科学的なアプローチの仕方は分かります。事業計画の立案や分析などにおいてはマッキンゼーの経験が活きますし、スリーエムでの新規事業立ち上げの経験はそのままベンチャー企業で発揮できます。遠回りしたように見えますが、すべてが今の仕事の糧になっています」

こうした自身の経験から、横山氏が理系学生に送るアドバイスは「研究以外にも、キャリアの選択肢が広くあることに早く気付いてほしい」ということだ。

「研究室にずっといると、『自分には研究しかできない』という一種の“洗脳状態”になってしまうんです。でも、学生の時にたった数年、研究をしたからといって、その後もずっと研究職しかできないということはないですよね。理系人材の豊かな能力が活かせる場は、大きく広がっています。

たとえば技術系商社の営業や、証券会社のアナリストなどでは理系人材は重宝されるでしょう。分野の違う世界に行っても、勉強してきたことは無駄にはなりません。そこで得た様々な経験を蓄積して、それらを掛け合わせることでさらに成長できます。ですから、分野を問わず未来を切り拓いてほしいですね。今見えている世界だけで、今後の人生を決めてしまうのは、あまりにももったいないと思います。若いうちは失うものは少ないのだから、熱意があるならリスクを恐れずやってみればいいと思います。経験が無駄になることはありませんから。

“洗脳”を解くための一番の方法は、研究者以外の人や世界との接点を持つこと。違う業界に就職した先輩に話を聞くのもいいし、まったく異なる分野のインターンシップに参加してみるのもいいと思います。今のうちに様々な世界に触れてみてください」