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トップインタビュー(慶應義塾大学 環境情報学部 教授/工学博士 株式会社SIM-Drive 代表取締役社長 清水 浩)理系ナビ2012夏号

【キャリア情報誌 理系ナビ 2012年夏号 掲載記事】

32歳の時に研究テーマを変えながらも、今や世界的に有名な研究者となった教授がいる。専門性にとらわれず「何でもあり」の発想で次々に画期的な技術を生み出してきた清水教授が没頭しているのは、電気自動車の研究。電気自動車を普及させることで、地球環境やエネルギーの問題を解決したいと真剣に考える清水教授に、理系のキャリアについて語っていただいた。


PROFILE

慶應義塾大学 環境情報学部 教授/工学博士
株式会社SIM-Drive 代表取締役社長
研究主題:電気自動車、次世代エネルギーシステム

 

1947年、宮城県に生まれる。東北大学工学部応用物理学科を卒業後、同大学院工学研究科博士課程にまで進む。大学院を出た後、環境庁の国立公害研究所(現・環境省国立環境研究所)に入所。1997年から慶應義塾大学環境情報学部教授 兼 同大学院政策・メディア研究科委員となり、環境問題の解析と対策技術の研究を進めている。

過去30年間で14台以上の電気自動車を開発し、2009年から株式会社SIM-Drive代表取締役社長を務める。

主な著書に『脱「ひとり勝ち」文明論』(ミシマ社)、『温暖化防止のために 一科学者からアル・ゴア氏への提言』(ランダムハウス講談社)など。



ポルシェより加速力のある電気自動車を開発


最高時速は370キロに達し、ポルシェ911ターボを上回る加速力を持つ電気自動車(EV)――。そんなEV「Eliica」を8年も前に開発したのが、慶應義塾大学の清水浩教授だ。

清水教授はベネッセホールディングスの福武總一郎会長などから支援を受け、2009年にEVの技術開発を手掛けるベンチャー企業「SIM-Drive」を設立。2011年には1回の充電で268キロを走れる先行開発車「SIM-LEI」を、今年に入ってからは351キロを航続可能でありながら居住性にも優れた「SIM-WIL」を発表。業界関係者から注目を集めている。

市販されているEVの航続距離はカタログ値で180~200キロ程度。その一方、清水教授の開発する車は同程度のバッテリー容量で300キロ以上も走り続けることができる。清水教授は、なぜこれほどの違いを生み出せたのだろうか。

「EVについて、100人中100人が『電池の性能が上がらない限りEVは成立しない』と言っていました。今でもそうです。私は『必ずしもそうじゃない』と思いました。電池の性能が十分ではなくても、走るためのエネルギーを限りなく有効に使うことができれば良いと考えたのです」(清水教授 以下同)

市販のEVとは違い、清水教授のEVはタイヤホイールの中に直接モーターを内蔵する。それによりモーターの小型化・高効率化が可能になり、エネルギーロスを最小限に留めている。また、車のフレーム構造も従来の設計手法にとらわれず、独自構造を採用。電池、インバーター、コントローラーを床下に設置することで、軽量化・低重心化などを図っている。

「世の中の変化には、持続的な変化と破壊的な変化という2種類の変化があります。ガソリン式の自動車が生まれてから現在に至るまで、基本的な原理は変わっていません。持続的な変化で進化してきました。ですが、ガソリン車からEVに替わるのは破壊的な変化です。破壊的な変化が訪れる時には、『何でもあり』で自由に考えないと上手くいきません。発想の転換が必要なのです」


自動車好きだったが公害問題から迷いが生まれ、応用物理を専攻するように


このように、今でこそEV推進の旗振り役を務めている清水教授だが、実は学生時代、EVを専攻してはいなかった。レーザーを研究していたのだ。

「小さい時から車が好きでした。高校のころから『車関係の仕事をしたい』と思っていました。当然、理系に進んで大学では工学部に入りましたが、学科は学部2年で決めることになっていました。大学に入った時は『自動車を開発する道に進もう』とも思ったんですが、『待てよ』と。当時は車の公害問題がひどく、また、たくさんの方が交通事故で亡くなっていた時代でした。そんな背景があっただけに、自分の仕事として自動車を選んでしまっていいのか迷い、『すぐには決められないな』と思いました。結局、基礎的な分野である応用物理を専攻し、大学院では当時の最先端だったレーザーを選びました。修了後もそちらの分野に進んだのです」

大学院を出てからは、国立公害研究所(現・国立環境研究所)に勤務。レーザーレーダーの開発に従事することになった。レーザーの専門家がレーザーのパワーを強くすることでレーダー性能を高めようと躍起になっていた中、清水教授は大気中の物質にレーザーが当たって散乱される光を受信する望遠鏡のレンズを大きくすることで性能を強化。逆転の発想によって、レーザーパワーを強化するよりもはるかに簡単なやり方で、画期的なレーザーレーダーを開発。

「一つ大きな装置を作り上げたことで、『自分は本当に何をやりたかったのかな』と考えるチャンスができました。そして、もう一度考え直してみた時に、たまたま当時、国がかなりの予算を使ってEVの研究をやっていたのです。『本当は自動車が好きだったんだよな』と思い返しました。EVの勉強を始めたのはそれからです。32歳になってから、自分の方向を決めました」


EVへの転身は大きな変化に見えるが、大学での勉強は無駄になっていない


清水教授は簡単に言うが、30歳を過ぎてから研究分野を変えるのは、非常に困難なことだったのではないだろうか。清水教授にそんな疑問をぶつけると、次のような答えが返ってきた。

「一見、大きな変化のように見えるかもしれませんが、自然科学を分類すると物理・化学・生物の三つに分かれます。そのうちの物理は、力学・電磁気学・量子力学で成り立っています。カメラもレーザーもEVも、結局はすべて物理のアプリケーション。EV開発には力学・電磁気学・量子力学に加えて、力学から派生してきた材料力学や流体力学を全部使います。大学・大学院で過去に学んだことは、まったく無駄にならなかったんですよ」

いつか本当にやりたくて、社会的にも意義ある仕事に出会えた時に備え、基礎勉強をしっかりやっていたことが幸いしたのだと清水教授は言う。何も目標がない状態で「がんばれ」と言われても人間は努力できないもの。しかし将来の夢を実現するために、学校での勉強は「将来必ず役に立つ」と思って、日々の努力を積み重ねておくことが肝心なのだと。

そうして学生のうちに身に付けておくべき基礎力を具体的に挙げていくと、まずはものを「覚える力」。そして覚えたものを使って新しいものを「生み出す力」。最後の三つ目は「生み出したものを人に伝える力」だと清水教授は話している。

「今のアジアの教育システムは『とにかく覚えろ』という仕組み。批判もあるでしょうが、まずはものを覚える力を身に付けたらいいじゃないですか。そして蓄えた知識を基盤にして、大学に入ってから新しいものを作り出す練習をする。最後に、どう表現したらいいかを練習する。今の日本の教育システムを有効に活用するのであれば、そうするべきではないでしょうか」


「何をやりたいか」分からなくても、理学系か工学系かは見極めよう


これから社会に出ていく学生の中には「何をやりたいか」が分からない人もいるかもしれないが、「それが当たり前。私の経験からも、そんな簡単に決められるわけではない」と断じている。ただ少なくとも、早い段階で自分が理学系の人間なのか、工学系の人間なのかは見極めておいた方がいいというのが清水教授からのアドバイスだ。

「『文系』『理系』という分け方がある一方で、『理学系』『工学系』という分け方もあり得ます。理学系と工学系とでは、物事の考え方がまったく違います。文系も同じように『文学系』と『政治・経済系』とに分けられるでしょう。どこが違うかと言うと、硬い石があった時に『なぜ硬いのだろう』と興味を持つのが理学系。工学系は『硬い石をどうやって使ってやろうか』と考えます。新しいものを考えることが好きで、新しい発見をしたい人が理学系で、新しいものを作りたいという人が工学系なのです」

言い換えると、それは科学と技術の違い。ニュートンの運動方程式が発見され、電気と磁気の関係が判明し、分子・原子の構造が分かるようになったのが科学なら、科学で明らかにされたことを使って実際の形にするのが技術である。

「科学と技術は似ている言葉ですが、まったく違う言葉。両方の言葉を理解した上で、自分はどちらが好きなのかと考えてみましょう。その見極めは、早いうちに済ませておくべきです。私の場合は、確実に工学系。真理の探究にはまったく興味がなく、どうやって社会を変えられるのか、頭で考えたことをどう実現するかということにしか興味が向きませんでした。進路に迷っているのなら、まず『自分は理学系なのか工学系なのか』と考えてみることが大事だと思うのです」


「やりたいこと」「やるべきこと」「やっていること」を一致させよう


今では自分の「やりたいこと」が車作りであって、地球温暖化やエネルギーの問題を抜本的に解決するためにEVの研究を進めることが「やるべきこと」だと感じ、実際にその仕事を「やっている」のだと語る清水教授。理系ナビの読者に向けても、「やりたいこと」「やるべきこと」「やっていること」が一致する仕事に就くよう助言してくれている。

「私の場合はその三つが一致したのがこの仕事です。EVの会社と言えば、普通は車を作って売るものですが、われわれはさまざまな技術を開発して、その技術を使いたい企業に技術提供することを事業にしています。しかも誰かに頼まれて研究開発するわけではなく、われわれが必要だと感じた技術を研究し、生み出した技術を『使ってくれ』と言える会社であろうとしています。この会社が私の思惑どおり上手くいけば、EVの普及が早まるはず。だからこの会社が上手くいくことを願っています」


「これから地球は明らかによくなる」と清水教授が考える理由とは


お家芸のモノづくり産業で新興国に押され、国内では大震災に原発問題と暗い話題が多い。けれど清水教授は意外にも「これから地球は明らかによくなる」と語り、次のようにその理由を説明している。

「『これから地球は悪くなる』とほとんどの学生が考えていることでしょう。ところが、これから地球は明らかによくなります。 20世紀と21世紀を比べると、20世紀は幸せな時代でした。十分なエネルギーが使えていましたが、享受できていたのは地球人口のわずか1割ほど。世界の9割の人々は、日々の食料を得るための生活で一生を終えていました。それが21世紀には、世界中のあらゆる人が裕福にエネルギーを使うようになります。そうなれば、エネルギーを有効に使える技術が重宝される時代になるだろうと予想できます。そんな時代を支える基本的な技術を考えると、エネルギーを生み出すのは太陽電池が中心になるでしょう。車はEVに替わります。そういった21世紀を支える基礎的な技術は、すべて日本にあって、日本が世界で一番進んでいます。リチウムイオン電池と、モーターを効率良く回すために必要なネオジム磁石は日本人の発明で、これを実用的に使う技術は日本が一番です。太陽電池はアメリカ人が発明しましたが、実用的に使えるようにしたのは日本人です。それだけのポテンシャルを持っているのが日本人なんです。これまでエネルギーを十分に使えていなかった人がエネルギーを使うようになり、マーケットが10倍に広がる中で、どれだけ新しい技術を開発できるのか。まだまだ大きな可能性が残されています。そんな素晴らしい社会が、これからみなさんの手で作っていける時代なんですよ。これからの地球、これからの日本は明るいのです」


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