トップインタビュー(慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員 高橋 俊介)


巷には就職活動やキャリア形成に関する書籍があふれている。個人の体験から就職活動やキャリアを語る書籍もあれば、数十年前のキャリア論をベースに著された書籍もある。しかし、その内容は玉石混交。最新のキャリア論を押さえている研究者は、現在の就職活動やキャリアをめぐる状況について、どのように考えているのだろうか。理系学生はこれからどのような姿勢で就職活動に臨み、キャリアのことを考えていけば良いのか。人事組織コンサルティング会社の社長を務めた経験を持ち、現在は慶應義塾大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボの上席所員として、個人主導のキャリア開発などの研究・コンサルティングに取り組んでいる高橋俊介氏に話を聞いた。


PROFILE

高橋 俊介(たかはし・しゅんすけ)
慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員
ピープルファクターコンサルティング代表

 

1954年、東京生まれ。東京大学工学部航空工学科を卒業した後、日本国有鉄道(現・JR)に入社。その後、プリンストン大学院に留学し、工学部修士課程を修了する。マッキンゼーアンドカンパニー東京事務所を経て、ワイアットカンパニー日本法人(現・タワーズワトソン)に参画。1993年より、同社代表取締役社長を務める。その後、独立して個人事務所・ピープルファクターコンサルティングを設立。主な著書に『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『スローキャリア』(PHP文庫)、『キャリアショック』(ソフトバンククリエイティブ)など。

 

≪慶應義塾大学 SFC研究所のHPはこちら≫



予測困難な変化への適応力と専門性、同時に求められる時代がやってきた


現在のビジネスパーソンは、予測可能性の低い急激な変化にさらされながらも、高い専門性を求められている――。現状をそのように分析するのは、慶應義塾大学SFC研究所上席所員の高橋俊介氏だ。SFC研究所のキャリア・リソース・ラボとリクルートのワークス研究所が共同で、大手企業14社にアンケートとインタビュー調査を実施。その調査結果から冒頭のトレンドが明らかになったという。

「変化が激しくなく、専門性さえ深めれば良いのなら、『これだ』と決めて生涯で一つの専門性を持てば良い。逆に専門性は求められず、変化が激しいのであれば、変化に適応できる能力さえあれば良い。

ですが、両方同時に起きているから、大変なことになっています。『これだ』と決めた専門性が『もう要らない』と宣告されることも起こり得ます。ある職種で全うする生き方ができなくなってきているのに、専門性は求められているわけです」

これから社会に出る学生は、そんな時代をどうやって乗り切っていけば良いのだろうか。


専門を深掘りしてから幅を広げるか、キャリアを振ってから専門を絞るか


調査を通じて高橋氏が気付いたのは、30歳前後のエンジニアでうまくキャリアをつくれている人には2パターンの法則があるということ。一つは専門性を深掘りしてから幅を広げていくパターン、そしてもう一つが思い切り幅を広げてから専門性を絞り込むパターンだという。

メーカーで働くエンジニアに多いのは前者。大学院に進んである程度の専門性を身に付け、入社後すぐ、その専門性をそのまま仕事で活かす。ただし、成功している人は3~10年でキャリアを一度振っている。技術の仕事から、商品企画や技術営業など、別の職種を経験しているのだ。

「キャリアを振ると、キャリアの幅や目線が広がってきます。商品企画を経験すれば、今まで技術だけしか知らなかったのに、顧客やマーケットのことを理解できる。そのように自分のキャリアの可能性の幅に気付くことがとても大事なんです」と高橋氏。

もう一方の幅を広げてから絞り込んでいくパターンでは、どのようなシナリオになるのだろうか。昨今の状況を考えると、「この事業であなたの専門性が必要だ」と言われて内定をもらっても、入社するまでにその事業部が売却されたり、予定されていた商品開発が中止になったり、といったことも十分にあり得る話。自分の専門性どころか、技術職ですらない部署に配属されるかもしれない。

「『エッ。自分にできるだろうか』と理系の人は思うでしょう。それでも、目の前のたまたま出会った仕事に、主体的に取り組むこと。縁ですから。そうして、小さくても良いから自分で考えて工夫したことで成果を出す。すると、その仕事に自信が付くんですよ。『自分の専門とは違う仕事に来たけどなんとかなる』と。そんな経験を2~3回積むと、『何でも来い。仕事というのはそういうものだ』と思えるようになる。どんなことが来ても、それなりに対応できるようになっていきます」

そのまま何でも屋になってしまってはいけないが、キャリアを何度か振っているうちに、自分のキャリアのベースをどこに置けば良いのか見えてくる。自分の能力・性格・専門性には、どんなキャリアが合っているのか。自分のキャリアの特長、個性の出し方を自覚できるようになっていくというのだ。


留学後に選んだ就職先は「聞いたことがない」マッキンゼー


かく言う高橋氏は後者のパターン。東京大学に入って航空工学を専攻したが、入社したのは日本国有鉄道(現・JR)。「鉄道が好きだから」という動機で選んだが、「『好き』ということと、『仕事で向いている』というのは全然違う」と感じたという。そのまま数年間働いたが、「勉強するのが嫌で学部就職したものの、やはり大学院で学びたい」という想いが強くなり、プリンストン大学院に留学。オペレーションズリサーチ(OR)を学び、大学院修了後はアメリカで研究職に就こうと試みた。

だが、当時のアメリカは不景気のまっただ中。しかも、研究職に就くには博士レベルの専門性が求められたため、応募書類を何十通と送ったが、すべて書類選考で落ちてしまった。

「どうしたものかなと思っていた時に、『外人可』の求人と出会いました。会社の名前はマッキンゼー。『何だよ、この会社は。聞いたことないよ』と思いましたが、アメリカ人の友達に聞いたら、『知ってるよ。良い会社だ』と。それなら受けてみようと思って、書類を出したんです」

その後、日本に一時帰国している間に、マッキンゼーの東京オフィスから電話があった。「面白そうだから話だけでも聞いてみよう」と行ってみたところ、話を聞くうちにコンサルティングという仕事に興味を持つようになる。

教授には「あの会社はギューと絞られて大変だぞ」と忠告されたが、覚悟の上で入社。当時はマッキンゼーの東京オフィスに仕事が殺到していた時期だったため、教授に言われたように激務の日々が続いた。

そんな日々の中で高橋氏が感じたのは、理系の頭の使い方がコンサルティングの世界で非常に役立つということだった。「コンサルを長くやっていて思いますが、東大でもプリンストンでも理系の頭の使い方を叩き込まれました。物事をシステマティックに考えろと。どんなメカニズムで動いているのか、メカニズムの本質をコンピュータでシミュレーションするとか、運動方程式に落とし込むとかいったことを考える。そういう発想の仕方、システマティックに考えて、分解して組み立て直すといった頭の訓練は、コンサルとして働いていて、非常に役に立ちましたよね」


高橋 俊介

人事組織コンサルでも活きたエンジニアリングの考え方


高橋氏はマッキンゼー退職後、世界有数の人事組織コンサルティング会社であるワイアットカンパニーの日本法人(後のワトソンワイアット、現・タワーズワトソン)に入社。数年後には同社の代表取締役社長に就任し、日本で同社が事業拡大する立役者となった。

「人事は法学部出身者が多い。法学部的な頭で人事をやると、労務など、規則を作るのが人事の仕事になってきます。『ルールで管理するのが人事だ』となってしまいがちです。それよりも大事なのは、物事全体をシステムで考えて、メカニズムをどう改善すれば良いのか、というところですよ。運動方程式を考えれば飛行機の設計が分かるように、人間のモチベーションはどういう構造になっているのか、そこから入るわけです。法学よりもむしろ、エンジニアリングの考え方は心理学や経済学に近いんですよね」

そんな自身がキャリアを振ってきた経験を踏まえて、高橋氏が理系学生に伝えたいメッセージは、「自分のキャリアの可能性はものすごく広がっている」ということ。大学や大学院で学んだ期間は人生の中のほんの一部。若いうちは自分の可能性を限定せず、能力の幅を広げてほしい。けれど、理系の勉強は裏切らない。自分が思っていなかった形で、どんな分野でも必ず役立つから、自分の可能性を限定して考えないでほしいというのだ。


就〝職〟ではなく就〝社〟論理よりも直感を信じろ


続けて高橋氏に、これから就職活動を迎える理系学生へのアドバイスを聞いてみたら、「就“職”ではなく、就“社”ということをもう一度見直してほしい」という。その会社に入って、毎日働いて、自分が成長してやりがいを得ることができるのか。それには職種以上に「会社の風土とマッチするか」ということが重要になる。

会社の風土と自分が合うかと考える時に、論理的に考えてはいけないと高橋氏は警鐘を鳴らす。「勤務経験がないのだから、分からなくても良いんです。結婚相手を探す時に、『結婚しても良い女性だろうか』と観察ばかりしていてはチャンスを失いますよ。そこまで深く考えず、『ちょっと好きなタイプだった』ということでつきあい始めれば良いんです」と。

その代わりに頼りにするべきなのは直観だと指摘。その理由を次のように説明している。「会社を選ぶ時には直感に頼ってほしい。脳科学の世界には感情予測機能というのがあります。何度もその会社に行って、社員の人たちと話して、社内を見る。いろいろと体験した上で、『この会社で働く姿』をイメージする。その時にどういう気分になっているか。プラスかマイナスか。脳の感情予測機能を信じてほしい。

ジェラート博士の『直感的意思決定モデル』という理論なのですが、キャリアの意志決定というものは、直感的にしか行えないものだと言うのです。選択肢が無限にある中で、大事なのはイメージなんだと。最後は自分の直感を信じろということです」


会社選びのポイントはキャリア自律と社会化作用


会社を探す時には直感を重視すべきと訴えつつも、高橋氏が意識してチェックすべき点として挙げたポイントは二つ。それはその会社の中で、キャリア自律と社会化作用がどうなっているか、というところだ。

キャリア自律というのは、自分で布石を打つことでキャリアを呼び込める制度と風土があるかどうか。社内公募制度があったとしても、実は形式的な制度でしかなく、名乗り出ると総スカンを食らうような会社なら考え直した方が良い。

もう一つの社会化作用というのは、自分のゆがみを正してくれる力。例えば「自分が望んだ仕事じゃないから、手を抜いてしまえ」と思った場合、「お前な、仕事というのはそうじゃないんだ。こんな見方で考えてみろ」と諭してくれる人が周りにいるかどうか。周囲とのコミュニケーションで自然と自分を成長させることができるかどうかをチェックしよう、というわけだ。


社会に出てから一番大切なのは、目の前の仕事と向かい合うこと


これまで言われてきた古いキャリア論とはベクトルの違う高橋氏のメッセージに触れ、戸惑った人もいるかもしれない。そんな人にも一つだけ覚えておいてほしいことがあるとすれば、社会に出てからは「目の前の仕事と向かい合うこと」。仕事から逃げていては、キャリアも何も生まれないと高橋氏は話している。

「いかに自分なりの仮説を持って主体的に自分の問題として取り組むか。そうすると必ず仕事は応えてくれます。これは精神論ではなく、データ的に見ても、相関係数が高い。主体的に自分の仕事に取り組み、つくっていくことなんだということです」