トップインタビュー(独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 宇宙航行システム研究系教授 月・惑星探査プログラムグループ プログラムディレクタ 川口 淳一郎)


科学技術分野の国家予算にも容赦なく事業仕分けのメスが入る中、小惑星探査機「はやぶさ」が苦難の末に地球へ戻ってきたという知らせに、胸を躍らせた人も多いことだろう。そのはやぶさのプロジェクトマネージャとして脚光を浴びたのが川口淳一郎教授。多くの理系人が一度は夢見たであろう宇宙開発という仕事で成功を収めた川口教授は、どのようなキャリアを歩んできたのだろうか。川口教授が宇宙開発を選ぶまでの経緯、そしてこれから自身のキャリアを決めていくことになる理系学生に向けてのメッセージを聞いた。


PROFILE

川口 淳一郎 (かわぐち・じゅんいちろう)
独立行政法人 宇宙航空研究開発機構
宇宙科学研究所
宇宙航行システム研究系教授。同研究主幹。工学博士
月・惑星探査プログラムグループ プログラムディレクタ
小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトマネージャ

 

1955年、青森県生まれ。1978年、京都大学工学部機械工学科を卒業。東京大学大学院 工学系研究科航空学専攻に進み、1983年に博士課程を修了した。宇宙科学研究所では「さきがけ」「すいせい」「ひてん」「GEOTAIL」「のぞみ」などの開発に携わっている。主な受賞歴に計測自動制御学会 技術賞(1987年)、日本航空学会 技術賞(2004年/2007年)、科学技術分野文部科学大臣表彰(2007年)、日本イノベーター大賞(2010年) など。

 

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望遠鏡に興味はあったが、「天文少年ではなかった」少年時代


2010年6月、日本の理系を勇気付けるニュースが飛び込んできた。小惑星探査機「はやぶさ」の帰還。地球重力圏外の小惑星に着陸した後、地球まで物質サンプルを持ち帰るという世界初の快挙を成し遂げたのだ。

このはやぶさのミッションを、プロジェクトマネージャとして統括したのが独立行政法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の川口淳一郎教授。1955年に生まれた川口教授は「私の世代はみんなアポロ世代」と語るように、69年のアポロ11号による月面着陸、70年の日本初となる人工衛星「おおすみ」の打ち上げなどをリアルタイムで経験。宇宙開発に興味を持つようになったのはごく自然な流れだった。

ただ、幼いころの川口教授は宇宙開発には興味があっても、「天文少年ではなかった」という。望遠鏡で星を眺めることに興味があったわけではなく、むしろ宇宙の不思議を調べるために望遠鏡を組み立てることに興味があったそうだ。


「目で見えて面白い」研究テーマは自動制御


「どうすれば目的地まで飛ばせるのか、木星や土星周辺のどこを通すのか、自動で着陸をして自動で調査をするためにはどうすれば良いのか。宇宙開発は並大抵のことではありません。 それこそが知りたいことだし、やりたいこと。僕は宇宙開発をやっていますが、その半分はロケットの開発に携わっていますから」

そんな川口教授が、大学時代に研究テーマとしたのは〝ロボット〟。京都大学工学部機械工学科に入り、自動制御について研究した。以後、現在に至るまで、自動制御を自身の専門分野としている。 「ロボットは目で見えて、直接驚きをもって接するものですよね。目に見えない化学などの研究も重要ですよ。けれど、自動で何かが動いて何らかの結果が出る。目に見えて分かるものの方が僕には面白くて、興味を持っていました」

だが、今でこそ宇宙開発に携わる川口教授も、「宇宙開発を仕事にしよう」と意識するようになったのは、大学院に入ってからなのだとか。アメリカと比べてしまうと、日本の宇宙開発はあまりにも水をあけられていた。しかもスペースシャトルが登場間近で、ロケットが消えてもおかしくないと思われていたころ。日本の宇宙開発はどうなるか先行きが不透明な状況だったという。

そんな厳しい状況下ではあったが、一方でハレー彗星探査の計画が立ち上がっていた。「惑星探査には触ってみたいと思っていました。そこに触らないと面白くない。『宇宙開発は無くなるかもしれないけど、数年間はとにかくやってみよう』。そう思い立ったのが経緯ですね」

はやぶさ


はやぶさは上手くいったまれな例。ハイリスクでも先行投資は持続すべき


宇宙開発を仕事にすることを選んだ川口教授は、大学院修了後、宇宙科学研究所(現・JAXA)に進む。宇宙科学研究所では、はやぶさ以前にも「さきがけ」「すいせい」「のぞみ」などの探査機開発にかかわってきた。

はやぶさの帰還で一躍、時の人となった川口教授だが「宇宙開発は難しいんですよ。はやぶさのように上手く行く方がまれ」と釘を刺す。

「宇宙開発は試作機を一つしか作りません。普通の産業なら、試作機を作ってから製品化を考えるわけですが、そのプロセスが無いのが宇宙開発なのです。対して、企業の経営というのはローリスク・ローリターンでも確実に利益を得ていきます。利益率は低くても、ちゃんとした利益は上がるわけですよね。でも長期的に考えると、ローリスク・ローリターンでは産業自体がどんどん縮んでいってしまいます。それを避けるためには、どこかでハイリスクで先行投資が必要なパイロット的な事業をやっていかなくてはいけません。かといって先行投資に莫大な予算を掛けては母体となる国や企業が危うくなりかねません。ですから、少額であっても先行投資を持続的にやっていくのは、国や企業にとって非常に重要なことなのではないでしょうか」


日本の閉塞感を招いたのは〝学ぶ姿勢〟


そういった大学、大学院、宇宙科学研究所での経験を経て、川口教授が感じるようになったのは〝学ぶ姿勢ではいけない〟ということ。逆説的に聞こえるかもしれないが、「学ぶ」ということは誰かから教えを請うこと。何かの本を読んでから、誰かに教えられてから行動に移すのではなく、主体的に動けるようになることが大切なのだと考えるようになった。

「研究というのは誰もやっていないからやるのであって、『誰かに教えてもらえないと研究できない』というのは矛盾した考えです。会社に行ったとしても同じですよね。〝指示待ち族〟ではいけないのです」

今の日本に対して感じられている閉塞感。その原因も、〝学ぶ姿勢でいる〟人が多いところにあるというのが川口教授の考えだ。

「『新たな物を作る』という時には『何かを見てから。何かを読んでから』ではないんですよね。イノベーションを生む源は、インスピレーションなんです。日本に閉塞感があるのは当たり前の話。〝指示待ち族〟が多いと統率がとれて物を生産するのに良いのかもしれませんが、今の日本はマンパワーも足りないし、人件費も高い。アジアの中で見ると日本の教育レベルは高いですが、いずれはアジアに抜かれていくかもしれません。製造プロセスや品質で勝負していても、いつかはアジアに勝てなくなります。そう考えていくと、大切なのは次を拓くための創造力。インスピレーションでドライブするような構造に変えていくことでしょうね。これは宇宙開発に限った話ではありません。科学技術だけの話でもなく、人文科学系の分野でも言えることではないでしょうか」

その意味で、川口教授が理系学生に勧めるのは「学部を超えて、いろんな人と付き合うこと」。自身の学生時代の経験を踏まえ、少しでも考え方の転換が生まれる機会に身を置くよう助言している。

川口 淳一郎


〝自分の専門〟は選んだものか。進学・就職を機会に考え直すのも良いのでは


実は川口教授、自身の進路を宇宙開発に定めるまでに、メーカーの会社見学なども経験していたのだとか。その時も意識したのは「インスピレーションが生まれる余地のある産業かどうか」という点だったという。

「かつて欧米が世界をリードしていた産業なら、きっと日本でも流行るだろうという構図が見えていました。けれど韓国で電子部品や自動車、中国で鉄鋼が発展したように、日本以外の国も同じ道をたどっています。そう考えると、欧米で衰退した産業は、日本でもいつか同じ道をたどるのではないでしょうか。インスピレーションが貢献しない産業は、長続きしないと思います。日本のメーカーへの就職については、そういう目で見ていましたね」

そんな考えを持っていた川口教授からの就職に対するアドバイスは、大学・大学院での専攻にこだわらず、「自分が選択した道を見つめ直すこと」。論文を褒めてもらえた、テストで良い点数が取れたといった理由だけで考えない方が良いというのだ。

「就職すると意外な能力を発揮する人がいっぱいいます。人間は教育の中だけで適性を伸ばしきれるわけではありません。いろいろな環境に身を置いてみると、自分の持っている可能性の広がりに気付くはずです。そもそも、〝自分の専門〟は自分が選んで取り組んできたものなのでしょうか。『Yes』なら良いんですが、高校から大学に進む段階で自分の進路を選ぶことは難しいはず。それなら大学院に進む時、就職する時に考え直しても良いのではないでしょうか」


研究者のゴールは何か? 論文を書いて実績を残すことではない


これから社会で働く学生に向けて伝えたいこと。それは先に触れた〝学ぶ姿勢ではいけない〟というメッセージだというが、同じ類の心得違いをしている研究者も多いのだと川口教授は警鐘を鳴らす。

「『自分の使命は、論文を書いて研究実績を残すこと』。一見、正しそうなのですが、間違っているんですよね。研究者は演奏家のようなもの。レッスン(=教育)だけ受けていると難しい曲を演奏することがゴールだと勘違いしてしまうかもしれません。本来は国という興行主がいて、その意向を踏まえて、観客(=国民)に支持されるような演奏(=研究)をするのが正しいわけです。オーケストラに属する個人演奏家の技量がどうこうではなく、ましてや『これを演奏させろ』という演奏家の意志は大事ではない。トップダウンがあればボトムアップがあっても良いと思いますが、全体のバランスはとらないと。そこを見失わないように『ゴールは何か』と問い続けてほしいですね」

自分が研究しているのは何のためか。それは自分が興味を持っている分野で研究実績を残すためではなく、ひょっとすると「所属する組織・国家のため」という意識でも狭量なのかもしれない――。自身の認識が、じつは刷り込まれたものではないのか、もう一度見直してみてもよいだろう。

より多くの人に貢献する研究者になるためにはどうするべきか。そのゴールに向けた問い掛けを、くれぐれも忘れないでいてほしい。

JAXA