数理の専門性を活かして活躍できる豊富なフィールド~主要4領域の業務内容を徹底解説!~

統計学や数理の専門知識を用いて、保険料率や各種準備金の算出、リスク量の計測や適切な再保険調達の検討を行うなど、様々なリスクの発生確率を分析し会社の健全性を担保するために欠かせない存在、それが損害保険アクチュアリーだ。その活躍フィールドは、商品開発、経理、再保険、リスク管理など、多岐にわたっている。

ビジネス環境のダイナミックな変化、気候変動、金融関連規制の改正など、昨今、損害保険会社を取り巻くリスクは急速に変化した。AIなどテクノロジーの発展により、データの取得・分析手法も進化を続けている。海外展開を積極的に進めている損害保険会社では、若手アクチュアリーが現地法人との架け橋となるなど、その業務は国内だけにとどまらない。数理的な専門性に加え、新たなスキルを学び続けることにより、損保アクチュアリーの活躍の舞台はさらに広がり続けているのだ。

この記事では、三井住友海上火災保険株式会社のアクチュアリーの協力の下、損害保険会社におけるアクチュアリーの主要な活躍フィールドである『商品開発』、『リスク管理』、『再保険』、『決算』の4つの業務領域を紹介する。


損害保険アクチュアリーのキャリアイメージ

損害保険アクチュアリーは、主要活躍4領域に軸足を置きながら多様なキャリアプランを描くことができる。上記は一例だが、各領域内で年次が上がるにつれて業務幅も広がるように、活躍フィールドは非常に幅広い。


商品開発

トレンドを踏まえた分析で、保険商品のコアとなる料率決定を担う

損害保険は取り扱うリスクの種類が多い。代表的な自動車保険や火災保険をはじめ、その数は優に100種類を超える。加えて、検証・改定サイクルが短期的であり、ボラティリティが高いことも損害保険の特徴といえる。

そこで重要となるのが、収支バランスに直結する「保険料率の算出」だ。料率ひとつで契約プランの傾向も大きく変わり、顧客へ支払える保険金が低額すぎると顧客のリスクをカバーできない一方で、支払いが多額になれば損害保険会社の経営が脅かされてしまう。

商品開発領域のアクチュアリーは、事故や災害などのリスクや競合他社の動向をも含めたマーケット全体を分析し、料率の決定を担っている。損害保険業界の様々な領域で活躍するアクチュアリーの中でも、最も顧客に近い存在だ。

リスク分析には自社が保有する保険契約データや事故データ、公的機関による災害データなど、主に既存データを用いることが多い。しかし災害の激甚化やカーボンニュートラルといったトレンドなど環境が急激に変化する中でリスクを適切に評価するには、料率算出スキームの改善のみならず、新たなデータの取得方法から考えることが必要となる。例えば、三井住友海上火災保険では建物の屋根の老朽化に関するリスク分析を目的として、衛星やドローンで取得した画像データをAIで分析する研究を開始している。

論理的に正しい計算を行うことだけが商品開発領域のアクチュアリーの仕事ではない。手元の数字だけにこだわらず、世の中の動向や顧客のニーズを見渡す視点が求められる。リスク対象が多岐にわたる損害保険の商品開発領域だからこそ、幅広いスキルが身につくのだ。

プロジェクト事例
  • カーボンニュートラルサポート特約など世の中の動きに合わせた商品開発
  • 衛星やドローンを活用した新たなデータ取得方法の検討

リスク管理

多様なリスクを定量化し、損害保険会社の健全性を担保する

損害保険会社は様々なリスクを抱えているが、「リスク」とはいったい何か。三井住友海上では「経営ビジョンの実現を阻害するあらゆる不確実性」と定義しており、その規模としては「再現期間200年」、つまり、わずかな確率のみで発生する非常に大きな損失を管理対象としている。この何とも捉えどころのない「リスク」を定量化しているのが、リスク管理領域のアクチュアリーである。

リスクは、「保険引受リスク」と「資産運用リスク」の大きく2つに大別され、内部モデル(自社開発のリスク計測システム)で計測される。「保険引受リスク」については、統計的手法や自然災害モデルを用いて、保険事故率の悪化や、地震・台風等の自然災害発生による大規模な集積損害のリスクを計測している。「資産運用リスク」については、金融工学の理論や統計的手法を用いて、金利・為替・株価等の変動が要因となる市場リスクや、融資先の経営状態により左右される信用リスクなどを計測していく。

全社的な多様なリスクを統合的に管理し会社全体でコントロールするERM(Enterprise Risk Management)に基づく経営は、年々高度化している。健全性を確保しながら資本効率を高めるにはリスクの定量化が不可欠であり、その重要な役割を果たしているリスク管理領域のアクチュアリーも非常に魅力だ。また、内部モデルの領域は比較的新しく、高度化に深くかかわっていけることも若手社員にとって醍醐味といえるだろう。

プロジェクト事例
  • 海外主要子会社に対するリスク計測モデルの導入支援
  • 内部モデルの改善による業務効率化

再保険

自然災害などのリスクを定量化し、最適な再保険のバランスを導き出す

「再保険」とは、いわば保険会社が入る保険だ。顧客との保険契約の締結は、リスクを肩代わりした、ともいえよう。そのリスクを自社ですべて保有した場合、甚大な自然災害や急速な景気後退などにより、保険金支払額が支払い能力を大きく超えてしまうことがある。そこで、外部の保険会社に自社が保有している保険責任の一部を転嫁したり、引き受けたりしている。

再保険領域のアクチュアリーは、米国のモデルベンダー会社が作成した自然災害モデルといった、様々なモデルを活用して大規模災害などのリスクを定量化し、最適な再保険の調達を検討している。資本政策のひとつとして、外部の保険会社の資本を活用することで、自然災害などのリスクを低減しながら、リスク対比のリターンを高めていくという、重要な役割を果たしているのだ。

再保険の調達額は、多すぎると収支に悪影響が出る一方、少なすぎても災害時のリスクが高まる。そのため、会社の経営方針や財務状況に応じて最適なバランスを取ることが重要なミッションといえるだろう。

再保険会社は、そのほとんどが海外に所在しており、英語で頻繁なやり取りが発生するのも、この領域の特徴だ。また、海外現地法人への再保険スキームのアドバイスを若手が任されるケースも多い。専門性を発揮しながらグローバルに活躍したいアクチュアリーにとって、大きなやりがいを感じられる領域である。

プロジェクト事例
  • 海外現地法人への再保険スキーム、ノウハウの提供
  • 市場の変化に即した再保険スキームの見直し

決算

決算数字の背景にある課題を分析し、経営判断に資する提言を行う

損害保険会社は、将来の保険金支払いなどに備えて、各種準備金を積み立てる義務がある。決算領域のアクチュアリーは、決算においてこの準備金の算出や会社の損益状況の分析を行い、経営の健全性を担保する重要な役割を担う。

代表的な準備金としては、責任準備金(※1)、支払備金(※2)があり、法令等に定められた方式または統計的な手法に基づいて金額を算出している。決算において誤りは一切許されず、算出された数値を多角的に検証・分析して正確性を確保し、成果物として財務諸表(経営成績や財政状態を示す報告書)などを作成する。

さらに、決算を通じて会社の取り組み成果や課題などを導き出し、経営陣へ論理的かつわかりやすく説明することも重要なミッションだ。決算の数字を単に羅列するだけでは納得は得られない。その背景にある事象などを考え抜くことで、会社の経営判断に資する説得力あるプレゼンテーションが実施できるというわけだ。

だからこそ、保険数理などの専門的な知識や論理的な思考能力はもちろん、損害保険の特徴である多様で複雑なリスクを有する各商品の特性の理解、社内外の最新動向にアンテナを張り巡らして効率的に情報収集する能力など、幅広いスキルが必然と身についてくる。その結果、「難しい計算をする人」ではなく、「役に立つ特別な情報をくれる存在」と経営陣に認識された際は、喜びもひとしおだろう。

※1:「将来発生しうる」事故に関する保険金支払い等を行うために積み立てる準備金。
※2:「すでに発生した」事故に関する保険金支払い等を行うために積み立てる準備金。

プロジェクト事例
  • 決算を踏まえた成果や課題の特定と、経営陣への説明

損保アクチュアリーのキャリアの魅力

損保アクチュアリーの活躍フィールドはここで挙げた4つの領域だけにとどまらない。損害保険会社が抱えるリスクは多種多様で、しかも日々移り変わっていく。損保アクチュアリーは、高い当事者意識を持ってその変化をとらえて、様々な分析モデルに磨きをかけ、これまで数値化できなかったデータを分析・評価すべく新たなチャレンジを続けている。

そこには、単に数字と向き合うだけではなく、経営や営業など自部門以外の人に有益な情報を分かりやすく伝えるスキルも求められる。多彩なジョブローテーションで得られるスキルや知識の豊富さも損保アクチュアリーのやりがいだ。数学の知識を活かして会社の経営を支え、社会に広く貢献したいという理系学生にとって、損保アクチュアリーのキャリアは魅力的な選択肢だといえよう。

【取材協力】三井住友海上火災保険株式会社

  • 商品開発

    濵口 直樹
    火災傷害保険部・企業火災保険チーム
    東京大学大学院 数理科学研究科 修了

  • リスク管理

    隅田 春希
    リスク管理部・資産運用リスク管理チーム
    京都大学大学院 数学・数理解析専攻 修了

  • 再保険

    谷川 拓
    再保険部・プロパティリスク出再チーム
    大阪大学大学院 基礎工学研究科 修了

  • 決算

    鹿間 勇樹
    経理部・主計チーム
    慶應義塾大学大学院 数理科学専攻 修了