デジタル技術の発展により、大きく変化する損害保険業界

AI、ロボティクス、ビッグデータなど、様々なテクノロジーの活用が、既存ビジネスの枠組みを大きく変えようとしている。中でも、金融とITを融合したFinTech(フィンテック)の発展は目覚ましい。今回フォーカスするのは近年急速に、AIなど先端テクノロジーを活用した業務プロセス改革や、新サービスの創出が盛んになってきている損害保険業界。損害保険業界におけるデジタル技術活用のトレンドについて、三井住友海上火災保険株式会社 デジタル戦略部 業務プロセス改革チーム長の小松崎悟氏、そして同社におけるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を活用した業務プロセス改革プロジェクトについて、同チームの谷口真代氏に伺った。


デジタル技術を駆使して、多様化するニーズに応えていく

世の中のデジタル化の進展、自動運転など次世代モビリティ社会の到来、そしてお客様のニーズやライフスタイルの多様化が進む中で、損害保険業界は大きな変革を求められています。国内大手損保各社ではデジタル専門の部署を新設し、デジタル技術を活用した業務プロセス改革やサービス創出へ本格的に乗り出しました。当社でも、今後3~4年が大きな勝負の時だと考えています。

デジタル技術を活用していく領域としては、大きく2つ。1つ目は、社内の業務効率化や、お客様との契約手続および事故対応時における品質向上です。現在、お客様が住所変更を行う場合や保険金請求手続時には、書類の記入や郵送など手続きが煩雑です。また、見積作成や問い合わせ対応など社内や代理店の業務も、一つひとつ人の手によって進めていたため、最終的にはお客様をお待たせするケースも多くみられました。そこで、デジタル技術を活用した業務効率化や、AIによる24時間365日対応により、お客様の都合のいい時に、素早く手続きができるよう業務プロセス改革に取り組んでいます。また、今後AIを活用してお客さまとの接点を強化していく取組も検討していきます。

2つ目は、商品・サービスの開発といった新規マーケットの創造です。当社では細分化するニーズに対応するため「1DAY保険」や「1DAYレジャー保険」といった「オンデマンド保険」の販売を行っています。また今後、自然災害が多発する日本では、ビッグデータ分析を活用した防災・減災のためのサービス等の提供を検討していく必要があると思います。さらに、産学連携や国内外の尖った技術を持つベンチャーと協業して新たなサービスを創出するオープンイノベーションも進めています。

損害保険業界で確実に広がる、理系人材の活躍フィールド

三井住友海上は2018年に発表した中期経営計画で、デジタライゼーションの推進を重点課題として掲げ、新たなテクノロジーを活用した業務生産性の向上と顧客体験価値の向上に取り組んでいきます。それに伴い、デジタル対応専門組織である「デジタル戦略部」を本格的に立ち上げ、様々な取り組みを進めています。

具体的な取り組みをいくつか紹介すると、社内・代理店照会対応でIBMワトソン(自然言語を理解・学習し人間の意思決定を支援する人工知能システム)を活用し、問い合わせ内容への回答を自動表示。スピーディーな対応につなげる仕組みを運用しています。また、ビッグデータ分析により不正な請求を察知するスキームの構築にも取り組んでいます。他にも、東大発のAIベンチャーArithmer株式会社と提携し、事故車両の画像からAIが損傷部位や損傷程度の判定を行うサービスの導入を検討しています。

このように損害保険業界はますますデジタル技術と切り離せなくなり、それに伴い理系人材が活躍する領域も広がっています。これまでは、「保険業界×理系=アクチュアリー」というイメージが強かったかもしれません。しかし今後は、デジタル技術を活用した業務効率化やサービス創出、そして先端テクノロジーを持つベンチャー との協業、さらには業務デジタル化の教育・研修など、様々な面で理系人材の知見や素養が不可欠です。特に、データ分析や仮説検証プロセスを回していくような理系の学問で培ってきた能力は、強く求められています。

理系人材が損害保険業界で働く魅力としては、まずはリソースの大きさが挙げられるでしょう。デジタルへの投資規模や、保有するデータが大きいこと。社員数や代理店数が多く、業務改善などの影響範囲が広いこと。市場が大きいため、サービス創出をした際、社会に大きなインパクトを与えられることは、この業界の醍醐味です。業界の変革を理系人材がリードし、新たな損害保険業界を創っていく。今この時こそが、その重要な局面なのです。
(小松崎氏)

【プロジェクト事例】
「働き方改革」の切り札 RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)

デジタル技術を活用した具体的な取り組みの一例として、働き方改革や労働力不足により注目が高まるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のプロジェクトについてお話しします。RPAとはロボットによる業務自動化のことで、これまで人間が担ってきた定型的なパソコン業務を、ソフトウエアロボットにより実行するものです。ロボットにより24時間365日、高速かつミスなく処理ができるため、大幅な業務効率改善が可能となります。

当社は2007年という早い段階から、ExcelのVBAを活用した「ワンクリックツール」というツールにより、営業の業務効率化に取り組んできました。そして2017年に、全社的な業務プロセス改革に向けてRPAの導入を決定し、2018年より本格的にプロジェクトをスタート。既に11体のロボットを開発し、社内の様々な部署で業務改革を進めています。

最も大きな成果を上げているのは、経理部です。経理部では定型業務が多く、特に月初めや月末など特定の時期に業務が集中するという課題がありました。そこでRPAにより端末を10台同時稼働し、各種オンラインによる調査・記録等の作業を自動化、業務時間削減を実現しました。

また自動車保険部には、営業から商談に必要なデータの問い合わせが日々多く寄せられます。従来は担当者が1日1回まとめて回答していたため、商談のタイミングが遅くなってしまうという課題がありました。そこでRPAにより、問い合わせがあったタイミングで自動的に照会・回答できるようにし、機会損失を削減。お客様に素早く提案することで、商談成立のチャンスを創出するサポートをしていきます。

RPAは、残業や煩雑な定型業務の削減といった効率化の面はもちろん、売上向上など事業貢献につながるという、大きなやりがいがあります。また、RPAはプログラミングのスキルがなくても比較的容易に開発ができるものですが、条件の整理や業務手順の組み立てにおいては、論理的に筋道を立てた思考が不可欠。理系の素養を存分に活かして、活躍できる領域です。
(谷口氏)

RPAイメージ図

プロフィール

小松崎 悟(こまつざき・さとる)

小松崎 悟(こまつざき・さとる)
三井住友海上火災保険株式会社
デジタル戦略部 業務プロセス改革チーム長
1996年入社
慶應義塾大学 環境情報学部 環境情報学科 卒


理系学生へのメッセージ

損保業界において、理系人材は“ど真ん中”で活躍できる。

デジタル技術は、これから損害保険会社がさらに競争力を高めていくために不可欠です。今後、さらに大きなリソースを投じていくでしょう。しかしながら、その歩みはまだ始まったばかり。誰もが先駆者となれる可能性があります。こうした中で、テクノロジーへのキャッチアップが早い理系人材に対する期待は大きく、業界の“ど真ん中”で活躍できるチャンスが数多くあります。ぜひ培ってきた理系の知見を、この業界で花開かせてください。

プロフィール

谷口 真代(たにぐち・まよ)

谷口 真代(たにぐち・まよ)
三井住友海上火災保険株式会社
デジタル戦略部 業務プロセス改革チーム 課長代理
2009年入社
慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 卒


理系学生へのメッセージ

多様な人材との関わりの中で、あらゆるスキルを身に付けよう

私自身も理系ですが、文系のイメージが強い損保業界にも、理系の論理的思考力を活かせる場面が多いと感じます。さらに、文系・理系に限らず多様な人との関わり仕事を進める中で、文系の人が強みとする文章作成能力など様々なスキルを学ぶことが多く、成長できたと感じています。「理系だから、理系の会社にいかなければ」という考え方は、結果的に自身のキャリアの可能性を狭めてしまうと思います。ぜひ、視野を広げて自分と相性の良い会社を探してください。