トップインタビュー(株式会社アストロスケール 代表取締役社長 伊藤美樹)


民間人が宇宙旅行を楽しめる時代が、間もなくやってくる。アメリカの起業家イーロン・マスクが立ち上げたスペースXは人類火星移住計画を発表し、アマゾンCEOジェフ・ベゾス率いるブルー・オリジンも、有人宇宙飛行を目的とした事業を推進中だ。しかし有人ロケットが遠い宇宙に旅立つには、クリアすべき重大な課題がある。それは、宇宙ゴミ(スペースデブリ)だ。アストロスケールは、スペースデブリの除去に世界で初めて取り組むベンチャー企業。そのR&D拠点である日本法人の社長兼エンジニアとして活躍する伊藤美樹氏に、事業やキャリアについて話を伺った。


PROFILE

伊藤美樹(いとう・みき)
株式会社アストロスケール 代表取締役社長

 

1982年、千葉県生まれ。日本大学大学院航空宇宙工学修士課程(博士前期課程)修了。次世代宇宙システム技術研究組合にて内閣府最先端研究開発支援プログラムである超小型衛星「ほどよし」の開発プロジェクトに携わり、ほどよし3号機、4号機の開発に従事する。その後、外国人留学生への衛星製造の指導や開発サポート業務を経て、2015年4月アストロスケール日本法人の代表取締役社長に就任。

 

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「SPACE SWEEPERS(宇宙の掃除屋たち)」


人類が宇宙開発をスタートしてから50年以上。今、地球の周りには役目を終えた人工衛星やロケットの残骸、そしてそれらが衝突して散らばった破片など、無数の宇宙ゴミ(スペースデブリ)が浮かんでいる。その数は、現在地上から追跡されている10㎝以上のデブリだけでも約2万個、1㎜以上のものは1億個を超えるとされている。地球の周りは、ゴミだらけなのだ。さらにデブリは秒速7~8㎞で地球を周回しており、ほんの1㎝ほどの小さな破片であっても、人工衛星やロケットに衝突すれば深刻なダメージを与えかねない。実際、2015年には国際宇宙ステーションでスペースデブリの衝突未遂事件が発生しており、宇宙開発において無視できない課題となっている。また、デブリの存在は人工衛星の安全な運用も脅かす。現代社会は放送・通信、GPS、気象予測、航空機の運航、農業、漁業など、あらゆる場面で人工衛星に頼っており、もしデブリの衝突によって衛星が破壊されれば、日常生活に支障をきたしてしまうこともあり得るのだ。

こうした宇宙の環境問題に果敢に挑む企業が、世界で唯一スペースデブリ除去に取り組む宇宙ベンチャー、アストロスケールだ。同社は2013年、スペースデブリ問題に危機感を抱いた起業家の岡田光信氏が、シンガポールで立ち上げた。デブリの観測や除去を行う自社開発の人工衛星を打ち上げ、宇宙の安全に取り組む。日本法人は衛星の研究開発拠点として2015年4月にスタート。ガレージのような社屋には、「SPACE SWEEPERS(宇宙の掃除屋たち)」のロゴが描かれる。20代~30代の次世代を担う若手から日本の宇宙開発に長年携わってきたベテランまで、20名ほどが勤務しており、その日本法人の代表を務めるのが伊藤美樹氏だ。

スペースデブリ

現在地上から追跡されている10㎝以上のデブリだけでも約2万個、1㎜以上のものは1億個を超えるといわれている宇宙ゴミ(スペースデブリ)。



独自技術でスペースデブリの除去に挑む


スペースデブリは地球全体で取り組むべき喫緊の課題だが、なぜこれまで除去が進んでいなかったのだろうか。

「もちろん、国家レベルでデブリの研究は行われています。しかし宇宙にはまだ明確なルールがなく、国が本格的に取り組みにくい状況です。また、ビジネスモデルや除去技術の確立もされていないことから、本格参入している民間企業もありませんでした。そこで当社が一番に声を上げたのです」伊藤氏はこう話す。

今後のロードマップとしては、こうだ。「まずは2018年初旬に微小デブリ観測衛星『IDEA OSG 1』を打ち上げる予定で開発を進めています。これは現在観測できていない微小なスペースデブリの大きさや位置や数などのデータ収集が目的です。そして2019年後半には、サイズの大きなデブリの除去技術の実証を目的とした衛星の打ち上げを計画しています。デブリ捕獲のための具体的な技術についてはまだお話しできませんが、捕獲したデブリを大気圏に落とし、空気との摩擦熱で燃え尽きさせるという方法で除去しようとしています」

同社の顧客は民間企業が主体になるという。というのも今後2030年にかけて、世界各地の企業が小型衛星を続々と打ち上げて観測網を構築する「コンステレーションの時代」が訪れようとしているのだ。地球を周回する人工衛星の数は現在の何倍にもなるが、デブリもこのまま増加を続ければ、宇宙が使えなくなってしまう。アストロスケールは、持続的な宇宙開発のカギを握る存在だといえるだろう。

「微小なデブリは除去できませんが、当社が観測衛星で取得したデータを利用することで衛星の軌道航法計画や宇宙機の防護設計といった衝突リスクの軽減に活かせます。また、衛星の数が増えればそれだけ故障も発生します。故障した衛星を速やかに取り除くためにも、除去衛星の技術を高めて量産に取り組みたいと考えています」


1本の映画がきっかけで、宇宙分野への道を志す


宇宙ビジネスにおいて、他にない事業を推進するアストロスケール。過去に人工衛星の開発にも携わった伊藤氏の話を聞くと、意外にも子どもの頃は理科が苦手だったという。

「勉強が苦手なわけではなかったのですが、理科はとにかく駄目で。数学もそこそこ(笑)。絵を描くのが大好きで、かわいい洋服を着た女の子をよく描いていました。将来の夢は、イラストレーターかファッションデザイナーでした」

そんな伊藤氏が宇宙に興味を持ったきっかけは、中学生の頃に映画館で見た「インデペンデンス・デイ」だったそうだ。「映画の終盤に登場する、宇宙船の巨大母艦の壮大さと美しさに圧倒されました。これほど精巧なものが将来実現するかもしれないとワクワクすると同時に、『私も作ってみたい!』と思ったんです。この強烈な記憶はずっと心の中に残っていて、高校で進路を考えた時に改めて宇宙分野に進むことを決めました」

興味を持ったきっかけが宇宙船ということから、モノづくりに関わりたいという強い想いがあった。そこで大学では宇宙工学を専攻。2011年に大学院を修了した後は、次世代宇宙システム技術研究組合にて超小型衛星「ほどよし」開発プロジェクトに従事し、エンジニアとして経験を積んだ。

そして2014年、アストロスケール日本法人立ち上げに向け、伊藤氏をはじめとするエンジニアに声が掛かる。「最初は、衛星開発のエンジニアとして入社しないかという話だったのですが、法人化するにあたって『社長をやってみないか?』という打診をCEOの岡田から受けたんです。面白そうだと思い、引き受けることを決めました」こうして2015年4月、伊藤氏はアストロスケール日本法人のスタートと共に、代表に就任したのだ。

自社開発の人工衛星/ELSA-d/IDEA OSG 1

【1】アストロスケールは、デブリの観測や除去を行う自社開発の人工衛星を打ち上げ、宇宙の環境問題に取り組む。 【2】左:現在設計を進めるELSA-d 右:IDEA OSG 1



世界を変えたい、そして変わった後の世界を見てみたい


「社長業なんてもちろん未経験で知識もありませんでしたが、不安はあまりなかったですね。岡田のフォローもあるので、一人じゃないという安心感はありました。それに突然『社長になってくれ』なんて、一生に一度あるかないかのオファーです。このチャンスを逃したら絶対に後悔すると思いました」

興味を持ったら、まずはやってみる。前向きさとフットワークの軽さは、子どもの頃からずっと変わらない。そんな伊藤氏を突き動かすのはどのような想いなのだろうか。

「私たちが挑んでいることは、世界が変わるような新しいプロジェクトです。誰も成し遂げていないことにチャレンジしようという使命感、そして変わった後の世界を見てみたいという好奇心がモチベーションですね」

2018年初頭の衛星打ち上げに向け開発を急ぐアストロスケールだが、伊藤氏は代表として「エンジニアが仕事や悩みを一人で抱えこむことのないようにしたい」と話す。そのような考えに至った背景には、これまでに関わってきたプロジェクトでの経験がある。ハードな開発が続き、プロジェクトから離れていくエンジニアたちの姿を多く目にしてきた。伊藤氏は持ち前の粘り強さで乗り越えることができたが、仲間が去っていくことはやはり非常に辛かったという。「使命の大きなプロジェクトだからこそ、タフさはもちろん必要だと思います。しかし代表という立場になった今、人材のタフさに頼り切りの会社にはしたくないし、そんな会社は長く続かないと思っています。大きな使命感を持つ優秀なエンジニアだからこそ、追い詰められたり、重荷を抱え込んだりしやすいもの。だから、辛い時には辛いと言えるような環境をつくりたいですね」


興味を持ったら、恐れずチャレンジする


最後に伊藤氏からこれから社会に出る理系学生へのアドバイスを伺った。

「理系だから技術のことしかしない、といった固定観念やこだわりを捨てて、面白そうだと思ったらどんどんチャレンジしてほしいですね。『横道にそれたら、キャリアが断たれてしまうのではないか』と不安を感じる人もいるかもしれません。でも、そんなことはないと思います。一見関係のない仕事も、やってみると実は深くリンクしていることを、私はエンジニアであり社長である自身の経験から実感しています。経営者として必要なお金やスケジュールの感覚は、モノづくりにおいても重要です。それに、モノづくりといっても単に良いモノを作るだけでは会社は発展しません。社長として外に目を向けることで得た情報が、新たなモノづくりのヒントになったりもします。ですから、恐れず色んなことにチャレンジをして視野を広げていくことが大切だと思います」

理系女性のキャリアについての考え方も、やはり前向きだ。「私自身、結婚はしていますが、子どもはこれから。ですから、ライフステージの変化でキャリアがストップしてしまうのではないかなど、理系女性が抱える不安な気持ちはすごく分かります。だけど、その時になれば何とかするし、何とかなると思うようにしています。先のことをくよくよ考えても仕方ないですよね。何も起こらないうちに不安でがんじがらめになるより、まずは経験を積んで豊かなキャリアを着々と築いていく方に注力してほしいですね」