トップインタビュー(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO 辻  庸介)


近年、金融領域において革新的なサービスが次々と生まれている。金融を意味する「ファイナンス(Finance)」と、技術を意味する「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた「フィンテック(Fintech)」というワードを目にしたことのある読者も多いだろう。「お金の問題をテクノロジーで解決したい」そんな想いのもと、資産管理サービス『マネーフォワード』を生み出し、日本におけるフィンテックを牽引しているのが株式会社マネーフォワードだ。同社を創業した代表取締役社長の辻庸介氏から、これまでのキャリアと理系学生へのメッセージを聞いた。


PROFILE

辻 庸介(つじ・ようすけ)
株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO

 

2001年京都大学農学部を卒業し、ソニー株式会社に入社。2004年マネックス証券に出向(その後転籍)。2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。帰国後マネックス証券COO補佐、マーケティング部長を経て、2012年株式会社マネーフォワード設立。 個人向けの自動家計簿・資産管理サービス『マネーフォワード』およびビジネス向けのクラウドサービス『MFクラウドシリーズ』を提供。

 

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お金にまつわる様々な悩みを解決するサービス


ビットコイン、クラウドファンディング、資産運用のロボアドバイザー―近年、金融領域において革新的なサービス、テクノロジーが次々と生まれている。その中でも、私達の生活に最も身近なサービスの一つがPFM(Personal Financial Management:個人のお金に関わる情報を統合的に管理するサービス)だ。

株式会社マネーフォワードが提供している自動家計簿・資産管理サービス『マネーフォワード』は、銀行口座やカード明細と連携することでお金の管理を一元管理し、食費や光熱費といった用途別の自動仕訳や、レシートを撮影するだけで家計簿への反映が可能。これまで煩雑だったお金の管理にかかわる業務を自動化することで家計における“省力化”や“見える化”を実現することで多くのユーザーから支持されている。

「無駄な出費項目が明らかになって貯金できるようになった、家計簿をつけていた時間を家族との時間に使えるようになった、といったユーザーからの感謝の声は私達のモチベーションにつながっています。個人向けだけでなく、ビジネス向けの『MFクラウド会計』や『MFクラウド確定申告』では、これまで2時間かかっていた会計作業が10分でできるようになったという事例もあります。テクノロジーで代替できることはどんどん任せてしまい、人間はより付加価値の高い行動や人間的な活動に時間を割いてほしいと考えています」(辻氏 以下同)

すでに『マネーフォワード』の利用者数は500万人を突破。多くの人々が同社のサービスを導入し、お金との向き合い方が変化しつつある。


マネーフォワード/MFクラウドシリーズ


大学時代に進学塾を立ち上げ、ビジネスの面白さに気づく


当初は研究者を志し、農学部で遺伝子の研究に取り組んでいた辻氏。ビジネスの面白さに目覚めたのは、先輩に誘われた高校生向けの進学塾の立ち上げだった。

「生徒集めからカリキュラム作成まで、進学塾はゼロからの立ち上げで本当に大変でした。ですが、生徒から感謝されてお金までもらえるのが本当に楽しかったんです。プロモーションや指導方法から考えるような、ゼロからイチを生み出す仕事が性に合っていたのかもしれません」

辻氏は自分の手掛けた仕事がすぐに反響となって返ってくる点にも大きな魅力を感じたという。一方で、研究は成果が出るまでに数年~数十年といった期間を要するため、自分には向いていないと感じ、就職活動では民間企業に進むことを決意する。

「就職活動ではインターネットビジネスに携わりたいと考え、ソニーに入社したのですが、配属されたのは経理部だったので驚きました(笑)。それでも3年間は勉強をしながら経理の仕事を頑張ったのですが、社内公募でマネックス証券CEO室の募集があったので飛びついたんです。銀行との接点の少なさや、株式投資の敷居の高さなど、当時の金融サービスはユーザーとの距離があると、私自身も感じていました。“個人が主役となる金融サービスの実現”を掲げていた松本代表の考えに共感し、マネックス証券で仕事をしてみたいと思ったのです」

マネックス証券は、史上最年少でゴールドマン・サックスのパートナー(共同経営者)に昇格した松本大氏とソニーが共同出資で設立したインターネット専業証券会社だ。同社は当時まだまだ普及していなかったオンライントレードをいち早く日本に取り入れたインターネット証券の先駆者的存在。同社の取り組みもあり、それまで一部の人々のものだった証券取引はその後すそ野を大きく広げることになる。マネックス証券でCEO室の所属となった辻氏はリサーチなど松本氏のサポート業務全般を担当。金融業界に変革を起こした松本氏の下で働けた経験は想像以上に刺激的だったという。

「抜群に優秀な経営者である松本氏と共に働けた経験は、現在の糧となっています。あらゆる事柄に対する真摯な姿勢、部下の意見にも耳を傾ける柔軟な思考力、議論が行き詰まった時の新しい角度からの発想力、そして何よりハードワークで毎日の積み重ねに圧倒されました。ビジネスに一発逆転はないのだということを思い知らされましたね」


新たなテクノロジーが世の中を変える


その後、辻氏はマネックス証券が買収した企業の経営再建などに携わる中で「もっとビジネスを本格的に学びたい」という欲求が湧き上がり、会社の制度を利用してペンシルバニア大学ウォートン校にMBA留学する。この留学経験は経営に関する知識面での収穫はもちろん、シビアな環境に自身を置くことで一層の成長につながったと辻氏は振り返る。

「英語が苦手だったので最初はディスカッションもおぼつかず、チームにまったく貢献できない。成績が悪かったら落第ですからストレスで胃が痛かったです。仕事よりも全然きつかった(笑)。そんな状況でも逃げずにチャレンジしていると周囲が評価してくれるようになるのがアメリカの良いところでした。世界中から優秀な学生が集まっていて、グローバルの基準値が知れて、本当の意味での多様性を理解できたと感じています。世界で何とかやれたというのは、自信にもなりましたし、人間的な成長にもつながったと感じています」

辻氏は留学中、すでに新サービスの構想を温めていたという。帰国後、マネックス証券のCOO補佐、マーケティング部長として活躍するも「自分の手で新しいサービスを世の中に送り出したい」という想いが次第に強くなる。当初はマネックス証券の新規事業として新サービスを立ち上げようと考えていたが、リーマンショックの時期と重なり断念。最終的には独立し、2012年にマネーフォワードを設立した。

「テクノロジーは世の中を大きく変える力を持っていると感じています。Facebookは人々のコミュニケーションの在り方を変えましたし、クックパッドは献立に悩んでいた人々の救世主となりました。私も『お金に関する様々な悩みや不安を解消し、多くの人をハッピーにしたい』という強い想いから会社を始めました。新しいもの、価値のあるものを生み出していかないと社会は前進しません。日本でもトヨタやソニーが、新しいものを生み出すことで世の中を便利にし、日本を大きく成長させた。だから自分もそんなチャレンジをしたいと思ったのです」


株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO 辻  庸介

「お金に関する様々な悩みや不安を解消し、多くの人をハッピーにしたい」という辻氏の強い想いから立ち上げられたマネーフォワード。


理系の強みはゼロイチの新しい価値を生み出せること


自分の意志では選ばなかったであろう“経理”という仕事からキャリアをスタートさせた辻氏だが、現在手がけている会計ソフトのサービス開発において当時の経験や知識が活きているという。そんな辻氏が自身の経験を踏まえ、これから社会に出る理系学生にメッセージを送ってくれた。

「変化が早い時代なので、キャリアについて迷うことも多いかと思いますが、社会に出たらまずは目の前の仕事を全力で取り組むこと。そこで結果を出せれば、次のチャンスが必ず巡ってきます。迷いがあるなら、まずは目の前の仕事で結果を出せるよう努力してみてください。

その一方で、自分が成長するための環境選びは非常に大事だと感じています。私自身、マネックス証券在籍時の仕事は非常にハードでしたが、前職の10倍くらいの密度・成長実感がありました。自分が成長できる環境の見極め方をアドバイスするなら、『こんな人になりたい』という先輩社員が多くいる会社を選ぶといいのではないでしょうか。

自分にとって最善のキャリアは、他人にはわかりません。私もマネックス証券に行くといったら周囲から反対されましたが、周囲が評価するのは今が旬な会社で、10年20年後も良いという保証はありません。他人の評価や人気企業ランキングはさほど価値はなく、個人的にはみんなが反対するくらいの選択肢の方が魅力的ではないかと思っています(笑)。ですから、自分の頭で『自分が何をしたいのか』しっかり考えてキャリアを選択してください。

フィンテックについて言えば、後にも先にも、金融の仕組みがこれほど大きく変わる瞬間はないでしょう。金融はデータビジネスなので人工知能やビッグデータなど、理系にとって格好の活躍フィールドがあります。新しいサービスを生み出せる余地はまだまだあり、魅力的で大きな可能性がある領域だと感じています。

起業については、日本でも徐々に増えて来ていますが、まだまだ少ない。アメリカでは優秀な人材は就職せずにどんどん起業します。すでに完成している仕組みを回すのも大切ですが、ゼロイチで新しい価値を生み出すことにチャレンジしてほしい。モノづくりをはじめ理系にはゼロからイチを生み出せる力があるので、世の中の役に立つものを生み出してほしいですね。新しいものを作り出すのはいつも若い世代。みなさんの活躍を期待しています!」