トップインタビュー(UBSグループ ジャパン・カントリー・ヘッド/UBS証券株式会社 代表取締役 CEO 中村 善二)


金融立国として名高いスイス。そのスイスに本拠を置き、富裕層向けウェルス・マネジメントや投資銀行・証券業務、アセット・マネジメントのいずれの領域においても世界トップクラスの地位を占めている世界有数の金融グループが『UBS』だ。そのUBSグループのジャパン・カントリー・ヘッドであり、日本における投資銀行・証券業務を担うUBS証券株式会社で代表取締役CEOを務めるのが、理系出身の中村善二氏だ。理系から金融業界に進むことが稀だった時代に、大学で機械・制御工学を専攻していた中村氏はなぜ金融業界に飛び込んだのか。日本、そして世界の金融業界を牽引してきた中村氏のキャリアとは――


PROFILE

中村 善二(なかむら・ぜんじ)
UBSグループ ジャパン・カントリー・ヘッド
UBS証券株式会社 代表取締役 CEO

 

早稲田大学大学院 理工学研究科 機械工学専攻 計測制御工学部門修了。野村総合研究所、野村證券を経て、2010年にUBS証券に入社。2012年9月には代表取締役CEOに就任。同10月よりUBS銀行東京支店在日代表も兼務し、UBSグループのジャパン・カントリー・ヘッドに就任。

 

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定量化が進みつつあった金融分野。理系出身者の姿は稀だった


少年時代は自動車や飛行機、コンピュータなどに興味を持っていた中村善二氏。当時、漠然と描いていた将来像は「ものをつくるエンジニア」だった。

しかし、大学・大学院時代に専門分野を学ぶにつれて、ものづくりではなく、むしろモデル化や科学的アプローチに興味が深まっていくことを中村氏は自覚する。「数学モデルを使って事象を科学的に正しく表現することができれば、応用範囲が飛躍的に拡大する。アナロジーを使い、コンピュータシミュレーションを駆使すれば、ほとんどの問題が解決できる」と思ったという。

そして中村氏は、野村総合研究所、野村證券において、日本の金融市場の新たなトレンドを科学的手法で切り拓いていくことになる。野村総合研究所で待っていたのは、数学的手法を駆使した金融市場の分析、投資判断や企業価値を推計するモデルの開発、金融機関に対するコンサルティングといった業務だった。今で言うところの「クオンツ」、金融専門職の先駆けとなる仕事だった。

当時は研究室を出たら教授の推薦するメーカーに就職するのが一般的だった時代。「科学的にアプローチすること」に変わりはないとはいえ、様々な分野の中から金融市場に関わる仕事に興味を持ったのはなぜだったのだろうか。

「『科学的にアプローチすること』とは別に重視したことは、『どんな仕事をやらせてもらえるか』ということでした。理系出身者が多数従事し、すでに確立しているビジネスは、業務内容が細分化され、狭い範囲の仕事しかやらせてもらえそうにありませんでした。私はそれよりも、誰もやったことがない分野で対象を幅広く捉え、部分々々の最適化よりも全体の最適化を図るような仕事をしたかった。その結果、メーカー以外の分野に新境地を求め、金融と出会うことになりました。そして、『オプションという金融商品の価格を計算するのは、確率偏微分方程式の境界値問題を解くことだ』と聞かされたときに、『ここしかない』と確信し、発展途上だった金融の仕事にのめり込んでいくことになったのです」


数学モデルをめぐり、ノーベル賞受賞者とも交流


野村総合研究所での仕事は、金融市場という未経験の分野にかかわる業務ではあったが、「数学モデルを使って金融商品のあるべき価格を求めること」自体は、大学の研究室でやってきたことと大きくは変わらない。「まったく抵抗なく業務に溶け込むことができた」と中村氏は話す。

「金融の仕事であっても、事象に対して科学的にアプローチすることに変わりありません。対象が電気なのか、機械なのか、それとも金融なのか、あまり問題とはなりません。最近は、野球やサッカーといったスポーツの分野などでも、科学的手法によって勝つための分析が行われるようになっていますよね。統計で攻めるかダイナミクスを理論的に構築するかで少し手法は変わりますが、どんな分野にでも科学的なアプローチは有効です」

この道に進んだからこそ、理系としての知的好奇心を満たせた場面も多くあった。アメリカに赴任していた際に、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マートン博士や、ブラック・ショールズ・モデルで有名なマイロン・ショールズ博士など数多くの著名な学者とも交流し、中村氏は大いに刺激を受けたという。

「金融市場を見つめながら、どのように市場価格が決まるのか、どのようにモデルを考えればよいのかといったことばかり考えていました。金融工学者として一番楽しい時期でしたね。

金融に関する論文を読み漁ったり、コンピュータを前に、この確率偏微分方程式をもっと速く解けないか、モンテカルロシミュレーションの効率を上げるにはどうしたらよいかを思索するのも本当に楽しかった。

文章だと何十ページにもわたる記述が必要なある金融事象を、数学モデルを使えば簡潔にかつ正確に記述することができるわけですが、一般的な仮定だけを置いて、単純なモデルを使って複雑な金融事象群が統一的に示されている論文などを見つけると、『なんて美しいのだろう』と感動させられたこともありました」

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証券業務のIT化を推進。やりたいことが次々と頭に浮かんだ


その後中村氏は、コンピュータを使った取引注文システムの構築プロジェクトにも参画する。チームが開発した執行システムは、その当時米ウォール街で最速を誇った。

そうした実績を挙げた中村氏は、実務にITをどんどん取り入れていく。コンピューティング・パワーの向上とメモリー空間の拡大というITの進化で、それまでできなかったことがどんどん実現できるようになってきた。今でこそ『Google Glass』などウェアラブルコンピュータが話題だが、15年以上前に中村氏は「トレーディング・フロアからディスプレイをなくしたい」と思い立ち、仮想50インチのメガネ型ディスプレイの導入を試みていた。トレーディング・フロアの常識を変えたいとテストを繰り返したが、当時の技術では目に負担が掛かり過ぎ、2時間の使用が限界で実現には至らなかった。「時代の先端を走るというよりは、時代が追い付いて来てくれるのを待っていた」と、中村氏は当時を振り返る。


トレーディング・ルームで理系が活躍。証券会社が積極採用


金融業界に起こりつつあったクオンツ分析とITの融合。中村氏はその流れを更に加速させていった。

「従来、経験や勘に頼っていたトレーディングを、可能な限り数学モデルを使ってコンピュータで支援し、注文執行までコンピュータで処理できるようにする。

そういう転換をすることで、今まで人間の力だけではできなかったことが可能になってきました。その結果、証券業務は格段にスピードが増し、証券会社の新たな収益モデルが生まれたのです」

そしてある時点から、理系のセンスを持つ人が、トレーディング業務で好成績を残せる分野が増えてきた。数学モデルを正しく理解できる理系の方が、モデルの限界が分かり、「モデルを信頼してよい局面、頼ることが望ましくない局面」を判断できるからだ。中村氏も野村證券における理系の積極採用を推進した旗振り役だった。

「1995年前後でしょうか。証券会社の理系採用が急に活発になりました。トレーディング・ルームで働く人材を理系に絞った時期もあったほどです」

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経営の仕事においても、科学的アプローチが大いに役立つ


このようなキャリアを経て、現在はUBS証券のCEOを務める中村氏。経営者という立場になっても、科学的手法は大いに役立っているという。

「科学的なアプローチは経営にも役立ちます。経営は、最後はアートであり、いつでも結果的に正しい判断ができるわけではありません。しかし、扱っているのは確率現象であり、『75%くらいの確率で正しい』判断を繰り返していけば、大数の法則で経営を正しい方向に向かわせることができます。

どのように『75%くらいの確率で正しい』判断を下すのか、単純化して話しましょう。仮に10の情報があれば正確な判断ができるものとします。しかし、現実の場面では、常に10の情報を集めるだけの時間もリソースもありません。10のうちの8つ、あるいは5つの情報しか得られないとすれば、どの情報を収集してどの情報を切り捨てるべきか。定量的、客観的に捉えて、間違いの可能性を小さくしていくわけです。

そして即時にすべてを判断するのではなく、選択というオプション価値を最大化するために、決めるべきタイミングまで最終判断を待つのです」

中村氏は、できるだけ客観的・論理的にモデルを考えて経営判断をするよう心掛けているという。


日本低迷の問題を、グローバルな観点から解決したい


野村證券の役員に昇り詰め、2010年にUBS証券に移った中村氏。外資系金融機関への転職を決意した背景には、どんな想いがあったのだろうか。 「長らく低迷する日本が再び勢いを取り戻せるように、金融面からできることをやろうと考えています。日本には大量の資金・預金があるにもかかわらず、これが投資に向かわず、新たなビジネスが生まれにくい環境にあります。

そこで、リスクを嫌う日本の大量の資金・預金を世界の他の市場に回して、逆にリスクが取れ、新しいビジネスをサポートできる海外の資金・資本を取り込みたいと考えています。そうすれば、日本でも起業をもっとサポートすることができ、経済の活性化に役立つでしょう。 また、企業は成熟した日本においてではなく、発展する新興国でのビジネス・チャンスに注目しています。日本企業に対し、成長する海外企業をM&Aの対象として紹介し、日本企業のグローバル化、競争力強化をサポートしたいと考えています。

日本の問題を日本だけで解決しようとしても、選択肢は限られます。これまで以上に、世界のお金や成長を日本に取り込んでいくために、世界規模でビジネスができるUBSグループに活動の場を移そうと考えたのです」

中村氏はニューヨークやロンドンでの駐在期間が長かった。海外で働いて痛感したのは、日本人の内向き・国内志向。他の先進国がグローバル化を推進し、それによって日本の競争力が急速に失われてしまった。そんな時代に、従来と同じ目線で考えていても今の日本の解決策は見つからない。より高い視点から、世界の技術、消費者、労働力、資金をどう取り込むのか、日本企業としての差別化を図らなければこの低迷から脱せないと、強い危機感を抱いている。

「理系は、将来に直面する問題に対して、科学的アプローチによって解決を図るための考え方を学ぶところです。決められたレールの上を走るだけではなく、専門を応用できる付加価値の高い新しい分野を見つけなければ、日本の復活はないと思います。レールの延長線上には従来のダウントレンドが待っているだけで、未来はない。未来が始まるのはレールを外れた時からであり、その時、我々を導いてくれるのが市場メカニズムなのです。だからこそ、先進各国は市場機能を非常に重視しています。

日本ではものづくりが今後も経済活動の中心的な役割を果たしていくでしょう。一方で、アイデアを商品化したり、新しいビジネスを立上げたりするためには、それを支援する優れた金融市場が必要なのです。『元々製品のアイデアは日本で生まれたのに』、『そもそも日本の技術だったのに』という話を聞いたことがありませんか。日本経済が再び成長軌道を取り戻すよう、世界規模で、より高い視点から金融の仕事をしてみませんか」