アクチュアリーといえば保険会社や信託銀行などで働くイメージが強いが、監査法人でも多くのアクチュアリーが統計学や数理の専門知識を発揮して活躍している。本稿では、監査法人におけるアクチュアリーの主要業務領域である「生命保険」「損害保険」「年金」について紹介する。
監査法人のコンサルアクチュアリーの仕事内容は、「監査」と「アドバイザリー」に大別される。まず「監査」では多くの領域を会計士が担当するが、一部アクチュアリーでなければ対応できない領域がある。それは、保険会社の保険負債(生保・損保)、各企業の退職給付債務(年金)である。これらの多くは保険数理モデルをもとに算出されているため、アクチュアリーが適切なものであるか確認を行うのだ。
「アドバイザリー」では、監査業務を通じて得た知見をもとに、企業にアドバイスを提供する。保険会社では、2025年に導入予定の新資本規制(経済価値ベースのソルベンシー規制)への対応が進んでいる。また、国際会計基準(IFRS)の導入や、リスク計測の高度化などの多くの相談を受けている。他にも、M&Aにおけるデューデリジェンスでも、アクチュアリーの専門性が求められる役割が大きくなっているのだ。
ここからは「生命保険」「損害保険」「年金」、それぞれの領域について紹介していく。
経済価値ベースの新規制、国際会計基準、商品開発など生保領域の最先端のトピックに対応
超長期にわたるリスクを適正に評価する生命保険領域。ここで活躍するアクチュアリーは、生命保険会社の監査業務においては責任準備金(将来の保険金や給付金の支払いに備えて会社が積立ておくべき負債)の確認を行う。また、国際会計基準では現行の会計と比べて極めて複雑な数理要素が含まれるため、かなりの部分をアクチュアリーが担当して監査を行っている。
アドバイザリー業務においては、国際会計基準の導入、M&A、リスク管理、データアナリティクスなど多岐にわたる領域を担う。会計基準も資本規制も急速に複雑化が進む中で、生命保険会社各社は対応に追われている。
例えば、経済価値ベースの指標のみならず、現行会計の基礎利益なども含めて中長期的な経営計画を策定する際、将来予測を行いたいというニーズがある。すると膨大な計算が発生することから、効率的な計算方法の確立が求められる。また、様々なシナリオ下での将来予測を行いたいというニーズもあり、その際にも膨大な計算が発生することから、測定・検証体制の構築や計算プロセスの効率化および自動化が求められる。
さらに、新商品を開発したり、既存商品を改定したりする際には、コンセプトの企画段階から保険料の算定、収益性分析、リスク測定といった実務的な段階までトータルでコンサルティングを行う。
経済価値ベースの新規制や国際会計基準(IFRS17)など、これからニーズが膨らむ最先端の領域に若手社員であっても早い段階から携われるのが特徴だ。かつ、一つの企業のみならず多様なクライアント、そして幅広い業務フィールドで経験を積めることは大きな魅力といえるだろう。
組織体制構築や業務効率化、複雑化するリスク計測など、損保会社の健全性確保に貢献
損害保険領域のコンサルアクチュアリーは、損害保険会社や共済等をクライアントとし、多様化・複雑化するリスク分析などの数理的な支援をはじめ、様々な支援を通じて保険会社の健全性確保に貢献する存在だ。
損害保険会社はアクチュアリーの人材不足という深刻な課題に直面している。2025年以降は経済価値ベースの新規制や国際会計基準の導入などを控えており、火災保険や自動車保険の参考純率改定による保険料見直しの必要性などにより、アクチュアリーの存在がますます重要になっている。従来は、火災保険や自動車保険の参考純率改定に伴う保険料見直し等、伝統的なアクチュアリー業務について、クライアントと連携して対応を進めるようなケースが多かったが、昨今は数理計算に留まらない様々な領域の高度化に関する相談が増えているという。
また、リスク管理の重要性が増す中で、保険会社にそのノウハウを持つアクチュアリー人材が不足しているケースもある。そのような場合には、コンサルアクチュアリーがリスク管理体制や内部リスク測定モデルの構築支援を行っている。特に昨今の自然災害の激甚化により、自然災害リスクの管理に頭を悩ませる損保会社が多く、コンサルアクチュアリーの知見が求められている。
損害保険は様々なリスクに対応するため、商品を非常に幅広く取り揃えている。自動車保険、火災保険だけではなく、賠償責任保険をはじめとした新種保険や傷害保険といった第三分野などがある。クライアントによって販売している商品ラインナップやそれらの特性は異なるため、業務経験を通じて幅広い知見を得ることができる。また、経営陣と商品の方向性について議論する場に若手アクチュアリーが同席するケースも珍しくなく、経営に近いフィールドで活躍できるチャンスも非常に多い。
企業の従業員一人ひとりに影響を与える年金制度や退職金制度を数理的側面から支援
生保・損保領域が主に保険会社をクライアントとするのに対して、年金領域のコンサルアクチュアリーは保険や金融に限らず、退職給付制度を実施する企業を対象とし、退職給付債務の監査業務や、企業年金制度の設計支援、法改正対応などに係る課題解決を支援する。
企業の退職給付制度は、従業員一人ひとりの老後の支えとなったり、就労のモチベーションの一部になったりするものだが、世の中の動きに影響を受ける制度でもある。例えば、定年の延長に伴って人事制度の改訂を進める中で、退職給付制度を見直すケースもある。また、2024年12月には確定拠出年金の拠出限度額が見直され、これに対応する動きも出てくるものと考えられ、監査業務やアドバイザリー業務の中で、そのような動きに対処していくこととなる。
また、M&Aや会社再編等が増加する中で、「年金制度から一部の事業部門を切り出したい」「グループ会社の制度を整理したい」といったニーズも増加している。IFRS移行も確定給付型の退職給付制度がある企業にとってはインパクトの大きなトピックであり、その対応にコンサルアクチュアリーの知見が求められている。
クライアントの担当者が人事や総務など数理や年金の専門家ではないことも、年金領域のコンサルアクチュアリーの特徴だ。そのため、単に計算を実施したり確認したりするだけではなく、相手に分かりやすく説明をするスキルが求められる。各企業で退職給付制度がどのように使われているのか、どのような心配事があるのかを捉え、会計士やその他の多様な専門家とひとつのプロジェクトを完遂することに、大きなやりがいを感じられるだろう。
まとめ
監査法人ではプロジェクトベースで業務を進めるため、様々な業務やクライアントの案件を短期間に複数経験できるチャンスがある。また、プロジェクトは各領域の専門人材で組成されることから、アクチュアリー以外の多様なプロフェッショナルと協業する機会が多く、最先端の知見を広げることができる。
また、監査法人は生保、損保、年金のすべてをカバーしていることが多く、近年はデータアナリティクスの分野での業務への広がりも見せている。どの分野のアクチュアリーになるか迷っている学生にとっても、キャリアの選択肢を広げられる可能性が高いだろう。好奇心と向上心が強く、アクチュアリーとして早い段階から成長やキャリアの広がりを望む理系学生はぜひ検討してほしい。
生命保険領域
○Y・G
東京大学大学院 数理科学研究科 修了
○R・I
東京大学経済学部 金融学科 卒
損害保険領域
○K・K
東京大学大学院 工学系研究科 修了
○S・O
東京工業大学大学院 情報理工学院 数理・計算科学系 卒
年金領域
○H・M
慶應義塾大学大学院 理工学研究科 修了
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