“ものづくり”に携わりたければメーカーに就職する。そんな“ものづくり”の常識が3Dプリンタやウェブテクノロジーの進化に伴う“メーカーズ革命”によって覆されようとしている。そのメーカーズ革命の先端を走り続けているのが、ネット接続型家電などの企画・開発を手掛ける株式会社Cerevoの代表取締役CEO 岩佐琢磨氏だ。『オンリーワンの製品を作れば、世界へ展開できる』と語る岩佐氏。同社の製品は世界各国のユーザーから注目され、今後もさらなる展開が期待されている。そんな岩佐氏に、仕事・キャリアに対する考え方や、これから社会に出る理系学生へのメッセージを聞いた。
岩佐琢磨(いわさ・たくま)
株式会社Cerevo 代表取締役CEO
1978年、京都府出身。立命館大学大学院情報理工学研究科修了。2003年、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。デジタルカメラ、テレビ、DVDレコーダーなどのネット連携家電の商品企画を担当。2007年、家電のスタートアップ企業として、株式会社Cerevoを設立、代表取締役に就任。インターネット連動のデジタルカメラ「CEREVO CAM」、Ustream配信機器「LiveShell」などにより、国内のみならず海外からも注目を集めている。
ニッチ分野でトップになることの重要性を知った学生時代
Cerevoという社名は、Consumer Electronics(家電)をRevolution(革新)するという思いが込められた造語だ。その名のとおり革新的製品を生み出し、グローバルマーケットにも積極的に展開している同社の代表、岩佐氏はどのような学生時代を過ごしてきたのだろうか。
「人と同じことをするのが嫌いな子供でしたね。小学生の頃、ミニ四駆が全国的に流行っていて、自分も始めたのですが、人と同じなのが面白くなくて早めにやめてしまって。それでまわりの子供は誰もやっていなかったラジコンにはまり、大人たちと遊んでいました。メディアが煽るものは、大人の商業ペースにはめられている気がして反発していましたね(笑)」
そんな岩佐少年は、中学生の時にパソコンに触れてその可能性に強い衝撃を受けたという。「当時はミリタリー(軍事)マニアだったのですが、学校で同じ趣味の人は学年に一人もいませんでした。ですが、パソコン通信をのぞいてみると私よりもマニアックな情報を持っている人たちがゴロゴロいる。これはすごいことだな、と頭を殴られたような衝撃を受けたのを覚えています」
大学生になると岩佐氏は、フライトシミュレーションゲームの攻略法をアップする個人ホームページの運営を始める。更新を続けていたところ、大手出版社から記事執筆の依頼が舞い込み、これをきっかけに岩佐氏はPCゲーム情報誌にコラムを連載し、原稿料ももらえるようになったという。
「この経験を通して、多くの参加者が集まる分野より、小さくても自分が興味を持てる領域を探し『詳しい人』になれるところで遊ぶようになります。好きな分野を突き詰めれば、必ず専門知識と能力がつく。イコールトップになりやすい。しかも目上の人がほめてくれるので、取り組んでいることがさらに面白くなります。小さなことでいいのですが、一つのことを成し得た経験は大切です」
「ニッチな領域でも突き詰めればビジネスになる」というビジネスのアプローチ手法を体感した岩佐氏。結果としてビジネスで勝ち抜くための効率的戦術を学んだといえるだろう。
大企業を離れ、起業した理由は「ゼロイチ」
Cerevoの製品で、いま最もヒットしているのがLive Shell Proだ。PCがなくてもHD映像をインターネット配信できる小型の映像配信機器で、「インターネットで高画質の動画を配信したい」ユーザーから高い評価を受けている。Cerevoは、こうしたネットとの連携をコンセプトにしたユニークな家電製品を、グローバルに展開。現在、Cerevoの製品はヨーロッパ、アメリカなど、23カ国以上で販売されている。
「私たちは、大多数の人がターゲットとなる製品を作っているわけではなく、『マイナーでもいい。オンリーワンの製品を開発し、世界で売る』をスローガンに製品開発に取り組んでいます。我々しか提供できない製品であれば、文化や言語が違う海外でも売ることができますから」
Cerevoのビジネスは、そもそもマーケットが存在しない“ゼロ”の環境に“イチ”を生み出す、いわゆる「ゼロイチ(0→1)」と呼ばれるスタイルだ。一方、大企業であれば、リスクが低く、かつ利益を期待しやすい「ジュウヒャク(10→100)」の事業戦略が定石といえる。岩佐氏が起業した理由は、自分が本当にやりたかったのは「ゼロイチ」だったと認識したからだという。
岩佐氏は起業する前、パナソニックでハードディスクレコーダーの商品開発を手掛けていた。当時、パナソニックのハードディスクレコーダーはトップシェアを誇っていたが、シェア下位だったA社がPCと連動した録画予約機能を有するDVDレコーダーの開発に着手していたことを知り、岩佐氏はインターネットやPCと連携する新機能を上司に提案したという。
「上司はインターネットやPC領域の知識も豊富で、これら新機能の可能性も理解していました。しかし、そのうえで私の意見に反対しました。『トップシェアの企業として取るべき戦略は、マジョリティである50~60代ユーザーに向けてより簡単で分かりやすい操作のDVDレコーダーを開発すること。もし、A社の機能が評価されてシェアを伸ばしてくるようなことがあれば、その時点でリソースを投下して勝負すればいい』と、極めて合理的に説明されたのです。これはトップシェア企業の戦略としては正解で、間違いないのですが、『私がやりたかったのは“ゼロイチ”だったんだ』と、その時に確信しました」
この出来事を受け、岩佐氏は『ゼロイチ』にチャレンジできる環境がないか探したものの、他のメーカーでもそれほど環境は変わらないことを知り、起業を考えるようになる。
「ちょうど、オープンソースの組み込みソフトウェアが普及したり、小ロットでも製造を委託できるEMS業者や起業を支援するベンチャーキャピタルが増えてきた時期でした。インターネットの普及も進み、世界に向けて直販ができるようになっていたのも大きかったです。そんなハードウエアベンチャーの立ち上げ環境が整い始めたこともあって『それなら自分でやってみよう』と、起業を決意しました」
OTTO 8個口の電源ポートを内蔵し、上部カバーでACアダプタを覆い隠すことができる電源タップ『OTTO』。インターネット経由での通電オンオフ操作に対応しており、スマートフォンなどで外出先から操作が可能。
オンリーワンの製品をつくれば海外展開できる
製品を開発したら、まず国内で発売するのが定石だ。しかし、岩佐氏は起業した当初から世界をマーケットとしてとらえ、早期に海外販売を展開している。「むしろ英語は大の苦手で、海外に精通していたわけでもない」という岩佐氏が、なぜ早期から積極的に海外展開を推進したのだろうか。
「国内だけでやっていれば、コストが高いうえにマーケットも十分ではありません。電子機器の世界はボーダーレスで、お金がない人ほど海外でうまくビジネスを展開していきます。製品をつくる工場はみな海外にありますし、部品もほとんどは海外製です。当初は周囲も『国内でもまだ在庫が残っているのになぜ』と海外展開に批判的でした。しかし、実際に海外の展示会に製品を直接持参すると、『この製品は世界でもここにしかない。ぜひ購入したい』と喜ばれます。オンリーワンの製品を作れば世界でも通用するという手ごたえを感じ、積極的に海外に出ていこうと考えるようになりました」
国内外で評価される革新的な製品を生み出してきたCerevoだが、製品企画について「特別なスキルを持っているわけではない」と岩佐氏は言う。
「新製品の企画は私と社員で行っています。『アイデアが斬新ですね』とお褒めの言葉を頂きますが、特別なスキルやノウハウがあるわけではありません。むしろサラリーマンが新橋の飲み屋でしている『こんなのあるといいのにね、何でないんだろう』といった話と同じです(笑)。単純な話、我々がやっていることを誰もやろうとしないだけです。どこの会社でも話題に出るアイデアを、当社は愚直に実現化していっています。カギになるのは、むしろ実際に製品を開発する実現力です。また、どの製品も実際に商品化していく際には、ディテールというか、細かな工夫が不可欠。このあたりは商品企画の発想力や実際と全く別な点ですが、大切です。
製品のアイデアは数多くありますが、実際に開発するかどうかの判断基準は『グローバル・ペネトレイト(世界を串刺しにする)』です。マーケットの捉え方は様々ですが、例えば耐久消費財の場合、各国ともドメスティックな企業が幅をきかせる傾向にあります。歯磨き粉であれば、日本にもアメリカにも特定のメーカーによる定番商品がありますが、そうした商品はどの企業でもつくれるものです。また、地域差なども関係する場合があります。
我々の製品は、地域差や文化に左右されず、グローバルに利用されるもの。製品開発は、このような見通しのもとに考えていきます。どちらかというと決めるというより、いまのような観点から、多くのアイデアをふるい分けていく感じですね」
LiveShell PCがなくても高画質な画像をインターネットに配信できる『LiveShell』。ビデオカメラとHDMIケーブルで繋ぎ、電源をONするだけの簡単操作で映像配信が可能。海外市場からの注目も高く、23カ国以上に出荷している。
好きなことを突き詰めて
理系ナビの読者にはこれから就職、もしかしたら起業を考えている方もいるかもしれない。これから社会に出る理系ナビ読者へのメッセージを岩佐氏に聞いた。
「起業を考えている方に言いたいのは、市場規模を世界的な視野で考えること。例えば、日本でそれほどシェアを取れない製品でも、アメリカや中国で同等のシェアを獲得できればマーケットの規模は数倍になります。挑戦する領域としては、インターネットやPC関連ビジネス、コネクテッド・ハードウェアの業界がいま間違いなく昇り調子です。トレンドは変わるものですが、伸びている分野に飛び込むのは面白いですよ。
就職を考えている方は、まず自分はゼロイチを目指すのかジュウヒャクを目指すのかを明確にすべきです。ジュウヒャクが好きな方がベンチャーにきて『ゼロイチやるぞ』ということになると、『自分のやりたかったことと違う』という話になる。どちらがいい、悪いということではなく、これは向き不向きの問題です。
そして何より、好きなことがあるなら、徹底的に突き詰めてほしいですね。趣味でも、遊びでも何でもいいんです。そこで小さくてもいいので成功体験を作り、他者から評価されるという経験が就職活動やビジネスで活きてくるはずです。学生のうちにそういった経験をしてほしいですね」
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