近年、様々な企業がディープラーニング技術を用いたシステムやサービスの実用化に取り組んでいる。しかしながら現場レベルで課題は多く、本当に有用なサービスとして普及させるにはまだ時間がかかるのかもしれない。そうした時、壁を乗り越える原動力となるのは、エンジニアの熱意と未来を描く力ではないだろうか。オムロンでは、若手を中心としたエンジニアが主体的に社会課題解決に挑んでいる。同社の外観検査システムを実用化させ、「世界中の工場で役立てたい」と未来を描く丸山氏に話を聞いた。《理系ナビ19秋号 掲載記事》
国際学会で発表された論文の勉強会の様子
オムロンは世の中の変化をいち早くとらえ、そこから生まれる社会課題の解決に向け、世界に先駆けたイノベーションを創出してきました。当社のディープラーニングエンジニアは、数十年先の社会課題を予測し、その解決にはどんな技術が必要なのかを発想し、具体的に作り込む役割を担っています。研究開発の中核拠点は京都にありますが、2018年には新たに東京にAI技術の研究開発を行う拠点ができました。私も働く東京拠点には、AIの研究を続けてきた中途入社の社員や、私のように新卒で入社して画像処理の研究をしている社員など、若手を中心に様々なバックグラウンドを持つエンジニアが所属しています。基本的に1テーマに対して1~2人という小さい単位で、ロボットや外観検査など、最先端かつ多様なテーマに取り組んでいます。
AIの技術は加速度的に進化しているため、アンテナを張って自ら新鮮な情報を取りに行くことが重要です。当社には国際学会に自ら手を挙げて参加をしたり、論文勉強会を主催したりと、若手が積極的に動ける自由な風土があります。また、東京の研究開発チームの月次チームミーティングでは、テーマの垣根を越えた議論が行われているほか、それぞれの領域の第一人者にも参加いただき、新たな視点や発想のヒントを得ています。
日本国内では少子高齢化の進展により労働力減少が顕著で、ものづくりの現場では製造された部品などの欠陥を検出する目視検査員の不足が問題になっています。一方、海外の工場では労働力は潤沢なものの、検査員ごとに検査精度のバラつきがあり、製品の品質が安定しないという課題があります。背景は様々ですが、世界中の工場で目視検査の自動化に対するニーズが高まっているのです。しかし、既存の画像センサでは必要な検査の一部のみしか実現できていませんでした。そこでオムロンでは、多種多様な材質や形状に対して熟練工のような精度で検査の自動化ができるよう、ディープラーニングを用いた外観検査技術の研究開発を進めています。
外観検査でのディープラーニング実用化において、ネックとなるのは画像データの収集です。AIに製品の品質を判断させるには、多くのデータを準備し、それを学習させてモデルを作ります。しかし基本的に不良品の発生率は非常に低いため、NGデータを各現場で大量に収集することは現実的に困難です。世界中の工場で発生している課題を解決するには、この壁を乗り越える必要があります。そこで、私たちは事前学習型のアルゴリズムを開発し、ラインごとに学習画像を準備せずとも外観検査の自動化を実現しました。
具体的には、CNN(Convolutional Neural Network)という、画像認識でのディープラーニングの代表的手法で画像を処理することによって、欠損箇所を抽出。従来の画像センサでは、背景の細かな模様と誤認識して見逃してしまっていた微小な傷を検出し、その部分だけヒートマップのように色を変えて、浮かび上がらせるようにしました。実際に性能評価を行ったところ、従来手法では「見逃し(不良品の未検出)」が3・2%、「見すぎ(良品の誤検出)」が6・7%だったのに対して、今回の新手法では見逃しが0・9%、見すぎが3・4%という結果が出ました。実際に、社内の事業部からも高い評価と期待を得ています。
しかしながら、AIを搭載した目視検査システムを世界中の工場に普及させ、現場の課題を解決していくには、まだ乗り超えるべき課題があります。そこで私は現在、専門知識を有していない人が現場で簡単に設定を行えるような、より使いやすく、より現場に特化した形にする研究を進めています。
ディープラーニングエンジニアにとって、プログラミングスキルは大切な力です。しかし、それは課題解決の1つの手段にすぎません。より重要なのは、解決すべき課題を発見するスキルです。そのためには、アンテナを張って新鮮な情報を仕入れていくことが不可欠です。また、私たちに課されているのは速度や大きさといった明確な数値目標ではなく、最先端の技術で、まだ世に出ていないものを創造すること。だからこそ、常に「何のためにこの研究をしているのか」と本質を見据える力を養うことも大事です。
学生のうちにぜひ意識してほしいのは、広い視点で色々な情報を集めることです。日本だけではなく海外の論文を読むことや、SNSで技術者が発信している情報をキャッチすることも有用です。これは私自身の反省も含めてなのですが、教授から与えられたテーマだけではなく、そこを越えて視野を広げてほしいですね。与えられた仕事をそのままやるのではなくて、自分で課題を見つけていくのがディープラーニングエンジニアなのですから。
丸山 裕(まるやま・ゆう)
オムロン株式会社 技術・知財本部 研究開発センタ
京都大学大学院 情報学研究科 社会情報学専攻 修了
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