データサイエンスや生成AIの活用が当たり前となった社会において、数学の重要性がますます高まっている。通信や金融、メーカー、IT、官公庁といった様々な業界でその基礎理論を支えているのが数学といえるだろう。
数理系学生に産業界で活躍できるフィールドの広さを認識してもらいつつ、アカデミックと民間での双方向の知識共有の場として、2025年10月25日に開催された『数学・数理科学専攻若手研究者のための異分野異業種研究交流会2025』。
本イベントは、日本数学会・日本応用数理学会・統計関連学会連合が主催となり、武蔵野大学(有明キャンパス)にて、博士課程を中心とした数理学生と企業・省庁など22団体が参加。学生と企業合わせて170名が参加し、数理分野の注目度・期待の高さを示す賑わいとなった。
数学を活かした社会貢献、活躍フィールドを知るイベント
開会にあたり、主催者である日本数学会理事長 石毛和弘氏、日本応用数理学会会長 伊藤聡氏、統計関連学会連合理事長 青嶋誠氏が数学と産業界のつながり、また数学・数理科学への期待を述べた。様々な分野での理論的基盤、社会基盤を担っており、専門性の異なる立場の人との共通言語となりえるといった数学・数理科学の魅力を語った。
続けて、文部科学省 研究推進局 基礎・基盤研究課長の中澤恵太氏が来賓挨拶として登壇。「数学・数理科学の期待と重要課題~最近の話題から~」と題して講演を行った。中澤氏から、最近発表されたアーベル賞の事例から考える基礎研究の魅力、ひいては本質や構造をとらえる力のある数学が産業界の仕事と結びつくことを紹介した。
「他分野との掛け合わせにより新たな価値創造につながる」。そのような数学のポテンシャルを用いて社会イノベーションを起こしてほしいというメッセージを送った。
数学と社会の架け橋の1つであるアクチュアリーの世界
第一部の締めくくりとして、日本アクチュアリー会 理事長 渡部仁氏による基調講演が行われた。保険や年金分野で高度な数学的知識を駆使し、将来のリスクを評価して社会の安定に貢献する専門職であるアクチュアリー。
不確実な将来状況の下でのキャリア設計、数学の応用先の一つであるアクチュアリー、その活躍領域の広がりなどを解説。異なる立場の人と真剣な議論をする中で、数字やデータに基づいたすり合わせに数理的素養や論理的思考力を持った人材が必要であることを自身の経験に基づき強調した。
また、気候変動やAI、データサイエンスといった新しい分野に広がるアクチュアリーの魅力も発信した。最後に、東京で50年ぶりに開催される国際アクチュアリー会議(ICA2026)にも触れた。数学の応用範囲を広げ社会に貢献する姿を会場の参加者も感じたようで、講演後も同氏への個別質問が相次いでいた。
数理系が活躍できる企業による会社紹介
続いて、参加企業22社(一部省庁などを含む)による企業説明会が行われた。各企業の持ち時間は3分と限られていたものの、各社の魅力が存分に盛り込まれていた。
プレゼンターには数理系出身者が多く、学生にとって多くの企業が魅力的に映っただろう。
数理系学生によるポスターセッション
午後には学生67名によるポスターセッションが開催され、参加企業からも熱視線が注がれた。参加企業にも数理系出身者が多く、研究内容への活発な議論が交わされていた。
続いて企業ブースが設けられ、訪問学生に対して各企業が自社の業務内容や数学系学生への期待、活躍している数理系の先輩社員の紹介などを行った。
数理系学生と企業との懇親会
最後に懇親会では会場投票に基づきベストポスター賞が選出され、表彰式が行われた。
また、企業と学生のよりカジュアルなやり取りに加え、学生同士で進路や研究内容について意見交換し合う姿も多く見られた。
規模・熱量ともに高く、2014年より築いてきた歴史も感じられた本イベント。多数の大学院生だけでなく、研究室配属前の学部生の参加も見られ、数理系学生同士の交流、また参加者自身の進路を考える貴重な機会となったはずだ。
ベストポスター賞に輝いた学生からの声
伊庭 滉基(大阪大学大学院 理学研究科 数学専攻 D2)
◯研究内容
Lévy過程に対する処罰問題と条件付問題
◯受賞・交流会の感想
図やグラフで表現しイメージしやすくするなど、ポスターの作成、説明には力を入れたため評価いただけて嬉しく思います。企業との交流を通じて、民間企業での数学科の活躍事例が知れたのは大きかったです。中には、数学科の博士がいるだけでなく、数論や幾何など特定分野まで具体的に語っていた企業もあり印象に残りました。
小川 実里(お茶の水女子大学 理学専攻 D1)
◯研究内容
半群理論を用いた 分布型遅延項をもつバーガーズ方程式の研究
◯受賞・交流会の感想
この度の賞を大変光栄に思います。ポスターに足を止めてくださり、ありがとうございました。私は、交通流を記述するバーガーズ方程式に対し、運転手の反応遅れを考慮した遅延項を導入して研究を行っています。実社会への応用の観点からも多くの方と議論でき、自身の研究に新たな可能性を感じられました。
充実した研究環境に感謝し、社会にお返しができるよう今後も励んで参ります。
松本 洵(東京科学大学 理学院数学系数学コースD3)
◯研究内容
特異点付きアファイン極大曲面の特別なクラスと極小曲面論との関係
◯受賞・交流会の感想
通常の企業説明会とは異なり、数学系の学生向けに話す内容を変えてくれた企業が多く、数学科への期待を感じました。自身の研究分野外の方に数学の魅力を発信する場としてはすばらしい機会でした。また、普段なかなか会う機会のない他分野の学生と交流もでき、有意義な会だったと思います。
海野 哲也(筑波大学 数理物質科学研究群 D1)
◯研究内容
高次元データの幾何学的性質に着目した信号行列の再構築
◯受賞・交流会の感想
ポスター賞を獲得でき嬉しく思います。ポスターの見せ方はもちろん、相手の立場に立って説明の粒度を調整して伝えることができました。企業の方との話では、博士として入社後の流れや業務内容について詳しく聞くことができ、企業での活躍領域の解像度が高まりました。
南 和宏(九州大学大学院 数理学府 M2)
◯研究内容
餌の濃度変化に適応するアリの行列形成の数理モデル
◯受賞・交流会の感想
数理生物学といった分野で研究を進めていますが、今回のポスター賞に選ばれるとは思っておらず、とにかくびっくりしました。ポスターや交流会では、思っていた以上に企業の方から質問をたくさんいただき、数学系の研究への期待の高さを感じ取ることができました。
岡崎 大輝(東北大学大学院 理学研究科 数学専攻 D1)
◯研究内容
粘性表面準地衡方程式の解の一意性
◯受賞・交流会の感想
受賞できたのは意外でしたが、自らの研究ポスターが評価されたのは嬉しかったです。数学科の就職の選択肢は狭く職種も限られているイメージでしたが、様々な業態、職種での活躍フィールドがあることを知れたのは学びになりました。
山内 優太(横浜国立大学 D2)
◯研究内容
特異点をもつ部分多様体の絶対全曲率
◯受賞・交流会の感想
ポスター賞をいただけて大変うれしく思います。学術的な雰囲気が強い交流会だと思っていたが、等身大で企業と数学の関係を知ることが出来ました。持ち合わせている数学素養についても聞いていただき、数学科の活躍領域の広さを感じ取ることができました。
曽我 悠利(東北大学大学院 理学研究科 数学専攻 D1)
◯研究内容
走化性方程式の質量量子化
◯受賞・交流会の感想
企業の方と研究集会で話す機会は珍しく、普段の研究環境では聞けない話が聞けて視野が広がりました。企業においても数学を活かせるフィールドがあることを知れたとともに、他大学の学生との交流もできた有意義な会でした。
参加企業からの声
- 社内外で数理系の研究員が活躍する場が広がっており、デジタルテクノロジーによる社会課題解決に必要な数理的素養を持つ人たちとの出会いの場として本交流会を活用している。
- 本交流会では、求めているスキルや素養がマッチした学生が多くいらっしゃるため、大変助かっている。数理系の学生が活躍していることをもっと知ってほしい。
- 数学をベースとした金融数理の技術展開を期待できる多くの優秀な博士学生と直接対話できる場は非常に貴重であり、今後も積極的に参加していきたい。
- 0から研究を立ち上げて完遂する能力の高さは博士人材ならでは、その中でも数理人材は物事を深く取り組む傾向があり大変期待している。
以下の企業に取材協力いただきました。 BIPROGY、NTTデータ数理システム、みずほ第一フィナンシャルテクノロジー、MiDATA
【主催】
日本数学会、 日本応用数理学会、 統計関連学会連合
【協賛】
大阪大学数理・データ科学教育研究センター、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所、京都大学数理解析研究所、京都大学大学院理学研究科、中央大学AI・データサイエンスセンター、東京科学大学理学院、東京大学数理・情報教育研究センター、東京大学大学院数理科学研究科 附属数理科学連携基盤センター、東北大学数理科学共創社会センター、明治大学先端数理科学インスティテュート、明治大学大学院先端数理科学研究科、早稲田大学基幹理工学部・重点研究領域・数理科学研究所
【後援】
文部科学省、日本経済団体連合会

