お茶の間から宇宙まで、鉛筆からロケットまで――日常生活の安定や企業活動の発展に欠かせない損害保険

日々の生活から前例のないビジネスまで、様々な事象におけるリスクに対して、最適なリスクマネジメントを提供する損害保険。損害保険会社はリスクコンサルティング会社ともいえるだろう。その損害保険業界においても、数理能力などの理系の素養が求められており、多くの理系出身者が様々な部門で活躍している。損害保険のビジネスや理系人材の活躍フィールドについて、三井住友海上火災保険株式会社 人事部 島村 太朗氏に話を聞いた。


プロフィール

島村太朗(しまむら・たろう)

島村太朗(しまむら・たろう)
三井住友海上火災保険株式会社 人事部

自動車や自然災害など身近なリスクに加え、環境変化に伴い生み出される新たなリスクを先回りでサポートし、経済の発展を後押し

交通事故や火災、地震や台風などの自然災害…私たちの暮らしは、さまざまなリスクに取り巻かれています。また同様に、企業活動にも事故やトラブルなど多様なリスクが伴います。このような偶然の事故や災害に備えてお客さまから保険料をお預かりして運用し、いざという時に経済的な損害を補償するのが、損害保険ビジネスです。

「お茶の間から宇宙まで。鉛筆からロケットまで」という言葉で表されるように、損害保険は自動車や火災・地震といった身近なリスクから、貿易や宇宙事業、企業経営に関わるリスクまで、幅広いリスクを対象にする保険です。不慮の事故や大きな自然災害に遭った時には、新たなスタートに向けた再起の力となることは、損害保険の大きな使命です。

また、企業の挑戦やテクノロジーの発展を支える側面もあります。たとえば宇宙開発や再生医療といった先端技術の進歩、企業の海外進出や新規事業創出など、産業や世の中が動けばそこにはこれまでにない新たなリスク(ニューリスク)が生じます。ニューリスクに対し、損害保険会社は新たな商品・サービスを開発していきますが、ビッグデータやAIを用いた分析を積極的に行っています。また、貿易・物流の事業に対し、ブロックチェーン技術を活用することで効率化を図るなど、企業活動や産業全体の進歩を後押しする役割も担っています。日常生活の安定や企業活動の発展において、欠かすことのできない「インフラのインフラ」といえるでしょう。 生命保険との大きな違いは、まさにこうした対象物やリスクの幅広さ。生命保険は誰もが必ず直面する「人の生死」というリスクが対象なのに対し、損害保険は必ずしも起こるとは限らない、お客さまごとに異なる固有のリスクが対象です。損害保険ビジネスではこのようなリスクをしっかりと洗い出し、最適なリスクマネジメントを提案することが重要です。

今後の損害保険業界に欠かせないキーワードが、「データ」です。大手損保は多様なリスクに対応する保険商品を提供しており、そこでは様々な事故が発生します。我々が持つこの「事故データ」は、他の事業会社では持ちえない大きな武器となります。この事故データとお客さまが持つデータを組み合わせる【RisTech】事業により、企業の課題や多様な社会課題を解決するスキームを創造することが、三井住友海上の存在意義です。

損害保険業界が大きな期待を寄せている理系人材の能力

損害保険業界には、理系人材が活躍できるフィールドが広がっています。顧客データや事故データなど自社が持つビッグデータを分析し新たなソリューションを生み出す【データサイエンティスト】、統計学などの数理的手法を用いて、リスクの発生確率を分析・評価する【アクチュアリー】、新商品の開発に幅広く携わる【商品開発】は、競争力の要となる部門です。また、海外でM&Aを推進するにあたり、ITガバナンスが大きな課題として浮き彫りになってきたことから【IT・システム部門】の需要がとても高まっています。自然災害や気候変動への意識の高まりから、建築工学・気象学・海洋工学といった観点からリスクを計量化する【リスク管理】も注目です。これら理系の学問が直接活かせるポジションだけではなく、【企業営業】でも理系人材は活躍しています。企業営業は単に保険を販売するのではなく、クライアント企業や産業に対する深い知識をもとに、企業を取り巻くリスクについて抽出・算定・評価した上で、ロスプリベンション(リスクの事前排除)を始めとした最適な損害保険プログラムを策定します。提案内容は戦略的かつロジカルに組み立てていく必要があり、理系の強みを発揮できる仕事です。

カバーするリスクの範囲が広い損害保険業界では、常に新しい知識や情報を仕入れていかなければなりません。そこで理系人材が得意とする「学びの積み重ね」や「論理的思考力」が存分に発揮できます。

「産業の発展を支える」「社会に貢献する」――強い使命感を持って働ける

先ほどもお話しましたが、損害保険は日常生活においても企業活動においても、欠かすことのできない「インフラのインフラ」です。また時代が生み出す新しいリスクに素早く対応し、変化・前進を続けていますから、常に新たな発見を得ることもできます。強い使命感と飽くなき探求心を抱き続けられる業界であることは間違いありません。

さらにはグローバル展開も進めていますから、世界を舞台に活躍できるフィールドも広がっています。特に理系の方が胸に秘めている「産業を支えたい」「社会のために貢献したい」というマインドを広く活かすことができる、それが損害保険業界で働く魅力といえるでしょう。


意外に思われるかもしれませんが、損害保険業界では幅広い分野で理系出身者が活躍しています。数理・理工系のバックグラウンドはもちろん、リスク管理の分野では建築工学や気象学などの専門性も求められています。また、学生時代に研究を通じて培った論理的思考力や粘り強さは、あらゆるポジションで活かすことができます。


●データサイエンティスト

統計学などの数理素養や、データ解析ソフトを用いて、自動車事故や火災事故、その他多様な事故のデータや、幅広い分野の顧客企業がもつデータを解析し、リスクの発生確率を分析・評価するスペシャリスト。事故の発生を防止する新しいサービスや、新たな収益源となるビジネスモデルを創造する等、発想力が豊かな若手社員も大いに活躍できるフィールドです。

活躍している専攻数理、理工学系全般


●損保アクチュアリー

統計学などの数理的手法を用いて、リスクの発生確率を分析・評価するスペシャリスト。商品開発部門では、自動車、火災、傷害、新種など保険種類は多岐にわたり、取り扱う内容やデータも異なります。その他、リスク管理部門、金融サービス部門、経理部門、再保険部門、海外部門などでも活躍しています。海外進出の歴史が長い損害保険業界では、グローバルに活躍できる可能性が広がっているのも魅力の一つです。損保アクチュアリーの業務範囲は広く、若手社員もすぐに活躍できるフィールドが用意されているといえます。

活躍している専攻数理、理工学系全般


●リスク管理

リスク管理は多様なリスクに対して、自己資本との関係を踏まえた管理による財務の健全性の確保と資本効率の向上、加えて業務の適切性の確保による業務品質の向上を図り、持続的成長と企業価値向上の実現に資しています。事業全体としてリスクをコントロールし、収益性を向上させるため、適切なERM(Enterprise Risk Management=統合リスク管理)体制を構築することが必要です。近年はリスクの中でも特に地震や台風といった自然災害に対する危機意識が高まっており、保険事業にとって大きなリスクファクターである一方、備えとしての保険に対する需要はますます高まっています。

活躍している専攻建築工学、耐震工学、海岸・海洋・河川工学、気象学など理工学系全般


●商品開発

商品開発の業務は、コンセプトの決定から、商品内容の検討、保険約款の作成、保険料の算出、監督官庁への認可、各種マニュアルの作成、パンフレットの作成、システムの構築など多岐にわたります。かつて日本の保険商品は、法律や規制により補償内容や価格にあまり差はありませんでした。しかし1996年に改正された保険業法により、保険業界が自由化。新商品の開発や保険料率の競争が激しくなりました。その競争力の要となるのが商品開発の存在なのです。

活躍している専攻数理、理工学系全般


●金融サービス

投資部門は、金融サービス本部において有価証券運用を所管し、債券や外部委託ファンドへの投資、デリバティブを用いた運用などにより、収益獲得に取り組んでいます。ART(Alternative Risk Transferの略)部門では、主に地震デリバティブと天候デリバティブの2種類を取り扱っており、商品の設計から引受までを管理・運営しています。損害保険に関連する業務として、フラット35や職域ローン、401k(確定拠出年金)等のサービスを提供している会社もあり、活躍のフィールドは広がっています。

活躍している専攻数理・理工学系全般


●IT・システム

損害保険会社では、保険料の算出から契約の管理、保険金の支払いまで、様々なシステムが運用されており、その優位性がビジネスにおける優位性につながっています。IT・システム部門では、社内向けシステム、代理店向けシステム、お客さま向けシステムの企画・構築を行います。ITガバナンスの観点から、システムの中長期的戦略の立案、海外システムの監督・監視、システム運用ルールの構築など、国内のシステムを海外向けにカスタマイズすることもあり、グローバルなフィールドで活躍できる可能性も広がっています。

活躍している専攻情報系、理工系全般


●再保険

再保険とは、いわば保険会社のための保険です。大規模な自然災害や事業の損失など、保険金支払額が保険会社自身の負担能力を超えることがあります。そこで、国内だけでなく海外の保険会社に保険責任の一部を転嫁したり(出再)、逆に引き受けたり(受再)します。再保険の役割として、経営の健全性の維持、保険引受利益の安定、資本効率の向上、があげられます。国内だけでなく海外の自然災害リスクを考慮し、効率的かつ安定的なスキームで決定する必要があります。

活躍している専攻数学、理工系全般


●海外部門

日本や欧州、北米では損害保険が十分に浸透しマーケットも大きいですが、高いGDP成長率を誇るASEANを中心としたアジア諸国はまだ保険の浸透度が低く、今後、保険市場が急拡大する可能性を秘めています。こうした中、国内の大手損害保険会社の多くは、海外の現地保険会社との業務提携やM&Aなどを通じて海外事業基盤の拡大を図っています。海外展開は収益機会の拡大だけが狙いではありません。地震、台風といった自然災害リスクが引き続き大きな不安定要素である中、国内だけではなく海外に事業を展開することで、事業リスクを分散させるという狙いもあるのです。

活躍している専攻理工学系全般


●企業営業

お客さまとなる企業や団体に対して、リスクコンサルティングや、各種損害保険の引き受けを行います。お客さまの事業を取り巻くリスクをすべて洗い出し、リスクを算定・評価し、最適な損害保険プログラムを策定。お客さまの環境を理解し、情報収集し、リスクを分析した上で、コンサルティングを行います。提案内容は新しい知識や情報を基に、戦略的かつロジカルに組み立てていく必要があり、論理的思考力や分析力、創造力が必要とされます。

活躍している専攻理工学系全般